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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
永禄年間(〜1570)
189/505

第188衝 膺懲の鑑連

 佐嘉城の北、西、東から大友勢が退いていく。佐嘉城内からは、


「有明の潮が引くが如しだ」


と死闘が回避された喜びを言祝ぎ合う声が漏れ聞こえてくる。それを聞く備中は複雑な心境だ。


 戦場からは、まず義鎮公の本隊が去った。次いで大将が病に侵されている吉弘隊、そして臼杵隊、肥後勢、筑後勢。それよりも遅く、最後に戦場を離れたのは戸次隊である。和睦の段取りまで行った鑑連がしんがりとなることについて、不満一杯の備中へ内田が言うには、


「今回の和睦は殿斡旋のもの。我らには履行を見届ける責任があるのだろう」


 だが、鑑連の影響を強く受けてしまっている備中はそう捉えない。


「単純に義鎮公にしんがりを押し付けられたのでは……」

「殿が勝って出たのかもしれん」

「公の本隊は最初に川を越えて筑後に逃れたということだし」

「おい、転進だぞ。言葉は正しく使え」

「義鎮公は立花山城どころか筑前に入りもしていない。それでも転進なんてよく言えるよ」


 気弱な同僚の珍しく辛辣な言葉に言葉を詰まらせる内田。備中ほど義鎮公への不満を感じていなかったようで、その行動の弁護に回る。


「逃げてはいないさ。高良山に本陣を置くそうだし」

「ほら筑後川の南側だ。つまりは逃れた、ということでしょ。危険は家臣に押し付けてとことん避けるおつもりなのだとしか」

「おいおい。仮に大友家督の身に何かあれば、それこそ一大事だろうが。国家大友の危機になる」

「安芸勢を率いる毛利元就は戦場でも勇敢だという話だし、佐嘉勢の頭領だって、左衛門が戦った通り前線に出てきてた。なのに、国家大友の家督にはそういう話が皆無じゃないか」

「あの駿河の今川義元公は戦場で倒れた。それから没落の一途、今や東国の華である駿府も隣国に蹂躙されているということだ。備中、お前はそのことにも考えを至らせるべきだな」


 話が思わぬ方向へ広がる中、備中の頭脳も冴えてくる。


「そう考えれば、戦場に当主が出てくるのは成り上がり者が多いのかな。安芸勢、佐嘉勢、そう言えば尾張の織田信長も戦場では勇敢だという話だね」

「大友家だって百年前はそうだったろ。当時の親治公は戦場で勝利と家督を勝ち取った。でもその孫の義鑑公は前線に出ることはなかった。国の形が定まれば、当主が軽々と前線にでるわけにもいかんのだよ」


 備中は首を振って内田へ反論する。


「私は世の仕組みのことを言っているんじゃない。要はそれで、安芸勢に勝てるのか、ということだ。これから戦いに行くのに」

「……」

「ほら、無言になる」

「なんだ備中、私に何か言って欲しいのか?」

「そりゃまあ」

「大丈夫、殿がいるだろ」

「……」

「……」


 備中は何も言わなかったが、安芸勢に勝利するにはそれでは不十分なはず。安芸勢の頭領が前線に出てきているのであれば、こちらの頭領も出なければならないのにそれが常勝大将であっても一武将、代理人とは……。


 内田との会話は未消化ながらそれで終わった。由布との打ち合わせを終えた鑑連が本陣へ戻ってきたからである。


「佐嘉勢との和睦は、正しく実行されたな」

「はっ」

「内田、佐嘉勢が追撃してくる気配はあるか」

「いいえ、ありません」

「よし。ではワシらも行くか」


 その言葉に不安を感じた備中、一歩前に出る。


「と、殿」

「なんだ」

「立花山城へ、でしょうか」


 ニヤリと嗤った鑑連、意地悪く詰る。


「貴様、安芸勢の大軍の前に怖気付いたか?それこそ義鎮のように」

「で、ではやはり義鎮公は……」

「クックックッ、予期せぬ事態を前にしてどう振る舞うか。武士でも下郎でも、人の価値を測るにはそれが一番だ」

「今回殿に預けられた兵力は如何程ですか」

「立花山へ向かった全兵だ。近習どもだけでなく、他国の諸将らを前に言質は取った」


 悩乱する義鎮公を前に主人鑑連が言葉を引き出す図画が目に浮かぶようである。


「無論、門司の時のように反故にされる可能性はあるがね」


 鑑連指摘の通りだが、吉弘は病に伏し、老中筆頭吉岡はその活動を低下させている。その可能性は極めて低いのだろう。鑑連の顔も自信と喜びに満ちているようであり、安芸勢が予想よりも速い進軍速度で来襲したことなど、もはや問題では無いようでもある。


「で、ではついに、殿が待ち望んだ布陣で挑めるというワケですね!」

「クックックッ!貴様、ワシに圧を加える気か!」


 その言葉の通りであれば、門司の緒戦以来、初めて戸次鑑連が全軍の総大将となる戦いだ。鑑連の真価が試されるということでもあるはずであった。


 由布が陣へ入ってきた。


「……準備整いました」

「よし、では立花山城へ向かうぞ。ワシらは筑後川を越えない。整然かつ堂々と、脊振の山を左に眺めながらこの平野を出る。義鎮や吉弘と違う点を、佐嘉の田舎者どもに見せつけてやれ」

「はっ!」


 こうして戸次隊は大友軍の最後尾として、佐嘉の陣を出発。鑑連の宣言通り、佐嘉勢の追撃無く、一切の被害を受けることなく、肥前からの離脱に成功した。


 静かな離脱ないし転進の中、備中は肥前に入り戯れに描いた地図を見る。


山山山山山山脊振の山山山山山山山山山山

    川      勢福寺城

    川 

嘉川川川川            川川

勢      義鎮本隊      筑

川 吉弘隊      臼杵隊   後 

川 戸次隊  佐嘉城       川

川                川


 安芸勢の来襲を前に一時的に和睦しただけである。鑑連はまた、肥前へ来ることになるだろう。そう予測した備中は、地図を大切に折りたたみ、懐へしまった。

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