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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
永禄年間(〜1570)
185/505

第184衝 気長の鑑連

 佐嘉城の北西辺り。


 戦場に駆けつけた内田隊は五百名にも満たない小隊であるが、戦闘に飢えてもいた。よって内田、義鎮公の手前もあったが、遠距離からの騎射ではなく、集団での突撃の選択をした。文系武者の備中はついて行くのがやっとである。


 すでに本隊派遣の援軍も到着し戦闘状態に入っている。


「左衛門、やはり我々は遅れて到着しているようだよ」

「なに、取り戻すさ」


 強気に笑う内田、嘉瀬川を右手に臨みながら戦場へ突入する。戦が始まった。



 由布が託したように備中の専門は情報収集にある。よって戦場の周縁部を回りながら吉弘隊の現状を見なければならない。この戦場における大友方の主役は彼らなのだから。


 備中の目に映っていた戦場の姿、それは佐嘉勢の捨て身の勢いを前に動揺する吉弘隊であった。急襲を受けたことによるのだろうが、それにしても押されていた。やはり鑑連の言う通り、吉弘は戦下手なのか。あるいは何らかの問題が発生しているのか。


「備中!」


 果敢な指揮を執る内田の声が聞こえた方角を向く備中。と唐突に投げ槍が飛んでくる。馬上で思わず頭を下げた備中、背後で上がった悲鳴に振り向くと、斬り込んできた佐嘉武士の首に、内田が投げた槍が見事突き刺さっていた。血飛沫を浴びながら礼を伝える備中。


「さ、左衛門、ありがとう」

「貸しだぞ」


 鑑連を真似て噴、と鼻を鳴らした内田。備中は所見を伝える。


「ねえ、吉弘隊の動きがおかしいよ。防戦一方で攻勢の気配が無い。何かあったのかも」

「吉弘隊には近づかない方が得策か」


 確かに混乱と動揺がこちら側へも伝染する危険があった。しかし備中は、吉弘という武将の器量はともかくとして、臆病風に吹かれるような性質ではないとも確信していた。


「ワカらないけど異常なのは確かだよ。吉弘隊の支援をしよう」

「なんだって」


 驚いた表情の内田、激しく曰く、


「吉弘隊がこのまま瓦解すれば、混乱の巻き添えを食う。殿から預かったこの隊、無事に戻さなければならん!」


 それでも食い下がる備中。


「義鎮公の股肱の臣だろう!吉弘様を支援することは、殿のお立場を守ることにもなる!」


 戦場で凝視合う内田と備中。なんとなく過去の門司攻めを思い出した備中だが、もしかすると内田も同じなのかもしれない。共に同僚として、性質や能力は全く異なるのに良き同僚として死線をくぐり抜けてきたのだ。無言で通じる思いがそこにはあった。


 歓声が上がった。佐嘉勢がこちらへ向けて疾走してきている。敵の方面へ馬首を向けた内田、号令する。


「あの敵を撃破する!行け!」


 まだまだ力の有り余っている戸次武士の集団が怒涛の勢いで佐嘉勢へ向かって行く。それを横目に内田は備中へ言い放つ。


「ワカったよ!これが功績の足を引っ張るようなことがあったら恨むからな!」


 笑顔で頷いた備中、馬の腹を足で叩き、疾走する内田の後を追う。



 敵勢との衝突は容易に決着がついた。内田隊が精強というよりも、佐嘉勢は寡兵で多勢を相手にしているため、より重要な戦場へ流れて行く傾向があったためだ。そして内田隊も吉弘隊の支援に回るという目的のため、すれ違い様の剣撃を交わすに留めた。



 吉弘の陣が見えてくる。そこでは佐嘉勢の本体らしき部隊が壮烈に武具を振るっており、吉弘武士たちは出血を強いられていた。内田は勢いよく先頭を切る。


「突入だ!」


 いきなり側面を攻められた佐嘉勢は怯みを露呈する。作戦が上手く行き喜色満面の内田は備中へ叫んで曰く、


「備中!吉弘様の陣へ行け!戸次隊の内田左衛門丞が助太刀に来たと大声で叫べ!」

「ワ、ワカった!」


 その指示通りに備中はテキパキと動くことに専念する。背後で内田の嬉しそうな声が響いている。


「おお!あれにあるは賊将龍造寺隆信!この戦の元凶だ!首を狙うぞ!かかれ!」


 この戦いを満喫しているなあ、と同僚の幸運を神仏に願いつつ、備中は喚きながら吉弘の陣へ滑り込んで行く。


「も、申し上げます申し上げます!戸次隊の内田ご助力のため参上いたしました!」


 が、本陣の前では吉弘武士が通せんぼしている。


「援軍のこと承知いたした。感謝する。が、火急の時ゆえ、戸次隊へお戻りを」


 その武士の振る舞いを訝しむ備中。それに由布の指示を完徹するには吉弘と会わねばならない。この不甲斐ない戦い振りの原因を知らねばならなかった。


「よ、吉弘様に直接お伝えしたく!」

「お戻りを!」


 食い下がる備中の前で鏡合わせをする吉弘武士。首を伸ばして奥を除くが、大きな図体で塞がれる。


「わ、私は吉弘様とは旧知の仲です」

「お、お戻りを」

「大切な話があるのです」

「だ、誰も通せんのです、まだ」


 戦場でなに気長なことを、といよいよ訝しむ備中だが、


「……もしや森下備中か」


と奥からささやかな声が届いた。間違いない、吉弘の声であった。


「はっ、森下備中参上いたしました!現在、当方の部隊が佐嘉の賊将と戦闘状態に入っております!」

「入ってくれ」

「殿、しかし……」

「大丈夫だ。備中は信頼できる」


 国家大友の重鎮が口にしたその言葉、怒号悲鳴が飛び交う地獄を背景に、備中は大きな満足と感動を味わっていた。


 喜びに打ち震えながら陣にお邪魔した備中は、目の前に座る吉弘を見て、驚きのあまり息が止まる。その顔色は蒼白で、一目するだけで病魔に取り憑かれていること明白と悟れるほどであった。

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