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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
永禄年間(〜1570)
184/505

第183衝 具申の鑑連

 予定通りの行程なのに、予定を変え速度を落として消化する戸次隊。道中、多くの隊に先行され、今や大友軍の最後尾を進んでいる。それを訝しむ戸次隊の将兵たち。


「戸次様はどうしたんだ。これでは功績のたてようがない」

「まだ集落の焼き討ち一つしていない。本隊はあんなに景気が良さそうだってのに」

「チッ、戸次様がこんなに消極的な方だとは知らなんだ」



「あの、その。ほ、報告は異常です」

「クックックッ」

「……」


 隊に流れる噂の把握と報告は備中の役目である。恐怖に震え実態を伝える家来を前に、鑑連は腕組みして曰く、


「誰が義鎮に知恵を授けているかはワカらんが、なかなかやるな」


 評価の言葉が出た。少し意外に思った備中、思わず勇んで提案をしてみる。


「た、対策が必要かと」

「ほう、どんなだ」

「た、例えば敵を誘い出し迎撃するなど」

「佐嘉勢は出てこない。前の城攻めの通りだ」

「では、その、周辺の村の焼き討ちを兵に命じるなどは……」

「義鎮傘下の兵がやっていることと、同じことをする必要がどこにある」

「……」

「貴様は余計なことを考えんでよい。今は動かん。先行した連中の戦果を眺めているとしよう」


 いつもなら絶対に激怒しているはずの脆く儚い鑑連の堪忍袋の尾がまだ保たれていることに備中は仰天するのみだが、鑑連には何か狙いがあるのだろう、そう思うしかないのであった。


 戸次隊がゆっくりと進軍している一方で、先行する隊は見事な連携を示していた。


 まず先頭を進む吉弘隊は一番に嘉瀬川を渡り、迂回してさらに川を渡って佐嘉城の西に到達。佐嘉城表に展開していた敵勢はこれに恐れをなし、城内へ引き上げてしまった。


 二番手につけていた臼杵隊は城攻めの後、佐嘉城の東から進軍し、やはりさしたる問題なく陣を張った。


 大友勢本隊を率いる義鎮公の大軍は城の北から迫る。無駄を感じさせないその動きに、備中は感心し、心配のあまり鑑連を振り向いて曰く、


「と、殿。義鎮公の御采配から巧みなもの感じます」


 鑑連は無言である。


「このままでは活躍できないままに、この戦役終わってしまうのかも……」


 鑑連は無言である。


 本隊の後ろに位置する戸次隊。本隊よりも隊の規模は小さいのだから、もっと速度を上げて良いはずなのに、と将兵らから不安の声も上がっていた。


 彼らの不安は無理もない。鑑連が義鎮公と上手くいっていないことは知る人ぞ知る事実であったが、戦場にあって義鎮公と戦略上の意見の不一致があることは広く知れ渡っていた。戦場での働きのみが、鑑連の権勢を支えている。それが失われてしまえば……豊後最大の武門の誇りは消え失せてしまうだろう。


 が、鑑連は不安の全てを黙殺する。それが為せるのは鑑連が強烈な個性の持ち主であるからこそだ。己の不用意な発言を恥じ、鑑連に不明を詫びる備中を見た内田が一言。


「私は殿を疑ったことなどないがね」

「くっ……」


 久々に同僚の嫌味を感じた備中だが朗報が入る。工作中の増吟が合流し、笑顔で報告をする。


「先方は快く殿の依頼を引き受けてくれました」

「そうだろうな。で」

「今、降伏はできない、とのことでした」

「理由は」

「安芸勢へ救援を求めているから、とのことです」

「よーし、上出来だ」


 立ち上がった鑑連。


「義鎮の陣へ行くぞ。増吟、来い」

「承知しました」

「と、殿」


 不安な声を出した備中を振り返った鑑連は目で射止めてそれ以上何も言わせずに、


「確かに後背は安全だが、そのさらに後方は隙だらけだ。それを義鎮めに思い出させるだけだ」


と意気揚々と出かけていった。出がけの増吟は備中へ向かい、


「こんな名誉ある仕事ができるなんて。何もかも備中殿のおかげです。では」


と感謝を述べて去っていった。一連を横目で眺めていた内田が口を尖らせて曰く、


「備中貴様、あんな怪僧との付き合いは辞めた方がいい。いつ殿に害を為すか知れたものではない」


 内田は増吟と鑑連が共有する秘密を知らないが、それでもこの意見である。怪しい僧侶であるというのは衆目一致するところのようだ。が、先のこともあり、備中やり返す。曰く、


「でも殿のお気に入りだからね。いや、私も頼られて困っているんだが。でもなんなら今度一席作ろうか」


 内田は全てを聞く前に席を立ち去ってしまった。しまった、怒らせたか、と追いすがって同僚に謝罪する備中。そこに新手の使者がやってきた。


「筑後柳川の水軍衆、有明海沿岸に展開していた佐嘉勢を襲い、これを打ち破りました!」


 佐嘉城の南には干潟が広がるが、無理に兵を進められなくもない。佐嘉勢はついに、東西南北全てにことを構える苦境に陥った、ということだ。この報告からも、改めて義鎮公の戦略の冴えを感じずにはいられない備中。


「義鎮公は実は……凄いのかな」


 だが内田は厳しい。


「柳川勢を動かす件については殿が義鎮公へ何度も念押ししていたがな」


 確かに問本城表で鑑連は義鎮公へそのことへ留意するよう伝えていたような気もする備中。そうなると、鑑連の行動が首尾一貫していないようでますます理解できなくなる。


 鑑連が絶対無謬だとすれば、その戦略は余りに複雑で備中の理解を超えているのだろうが。いや、時に単純なこともある鑑連だ。


「殿は義鎮公を勝たせたいのか否か……あるいは自分を蔑ろにするのは許さない、ということかな」


 考えても仕方のないことだが、思考を続けたい備中。それは、自分が仕えている人物が只者でない、ということを再確認したいという己の欲求に拠っているのだろう、との自覚がある。これはきっと鑑連への愛であろう。



 鑑連が戻らないまま時間が過ぎる。義鎮公への説諭に時間をかけているのだろうか。戸次隊の本陣には幹部連が集まり、主将の帰陣を待っている。


「申し上げます!」


 やって来たのはまたも使者だった。が伝えてきた情報は、より重大なものであった。


「佐嘉勢が出撃しました!」

「なに!」

「城の西から佐嘉の頭領自ら打ってでたとのことです!吉弘隊と戦闘状態に入りました!」

「……我々は戦場から最も遠い。では公の本隊と東の臼杵隊は城に攻め寄せているか」

「本隊は城門に近づき始めていますが、東については情報が無いためよく分かりません!」

「ワカった。戻ってよい」


 威勢良く返事をした使者は去っていった。


「あれは吉岡殿のお使者です」


 備中には門番と共にいたその男に見覚えがあった。


「……老中筆頭殿のご嫡男か」

「戸次隊へ連絡を寄越すとは、見所がありますな」


 内田の論評を聞いて、もしかすると、吉岡家の父は、いざという時は鑑連を頼れ、とでも言っているのかもしれない、などと妄想する備中だが、可笑しさを感じたのは自分だけではあるまい、とも思う。


 鑑連不在時の副将由布もその一人に違いない。静かなる男は立ち上がった。


「……殿はご不在だが隊を展開する。内田」

「はっ」

「……殿ご判断の通り、背後からの敵襲はあるまい。が、私や隊の大半はここを動けない。よってそなたの隊が城の西へ進み、吉弘隊を援護する」

「承知しました!」

「……備中も同行せよ」


 不意に話しかけられて驚いた備中だが、当然二つ返事を返す。


「は、ははっ」

「……そして目と耳で感じたことを、殿に報告するように。それこそつぶさにな」


 由布らしからぬ言葉の使い方に思わず備中は微笑んだ。それは敬愛する由布の稀なる愛嬌だった。そして内田も由布を尊敬している。異存は無かった。

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