第171衝 縁結の鑑連
「という内容で、話はトントン拍子にまとまりつつあります。如何でしょうか」
「備中」
ゆらりと備中を向く鑑連。いくらなんでも年増ではダメだとくるか、とヒヤヒヤする備中だが、
「貴様にしては上々の出来だ」
と珍しくお褒めの言葉を授かる。
「問註所一族には確かな実績と信頼がある。そうだな」
鑑連に促され、由布も意見を述べる。
「……一族は割れているものの、問註所様は筑前筑後を巡る戦いにおいて、常に殿の側に立っておりました」
「おや、過去の話だったか?裏切者集団に混じっていたかな」
「いえ、筑紫勢との戦いで先代は命を落としておりますので」
「ああ、そうだったか」
すっかり失念している様子の鑑連に、疑念を覚える備中。いい加減なものだと思いつつ、補足を入れる。
「今回の話の姫は、現御当主の妹御です」
「そうかそうか」
再婚相手そのものにはまるで関心のない様子の鑑連。これは相手の姫も苦労しそうだ、と備中、責任を感じ始めてしまうが、鑑連は上機嫌である。
「戦死した男の娘を迎え入れるというのは、如何にも外聞が良い。それに豊後国境沿いに所領を持つという点も良い。何もかも申し分無い」
鑑連の目がよくやった、と言っている。これは奇跡だ、と備中は思った。
「あ、ありがたき幸せにございます。ひ、一つ、仲介をした僧は、問註所様と長く親しいとのことですので、報酬を与えねばなりません」
「今回は時間が何よりも大切だ。好きなようにしてやれ」
白紙委任状をもらった備中、主人鑑連の太っ腹に感心して曰く、
「はっ!では私はこれより長岩城へ参ります。祝言の日程を定め」
「とっとと既成事実にしてしまうぞ」
「はっ!」
「それから、ここより南の赤司城に拠点を移す。山隈にいてはどうも吉弘や義鎮を刺激するようだからな」
この意見、備中は照れ隠しなのかも、と考えてみる。多少は筑後川に近く、前線から遠い拠点に移るということは、問註所家に配慮しているとも言えるからだ。主人がこのような人としてあるべき配慮を示すと、強い喜びを感じる備中。少々気は早いが、家臣としての想いを伝える。
「殿、おめでとうございます」
「それは祝言が済んだ時に、聞くことにしよう。早く行け」
「はい!」
それが対誰かのためであっても、慶事に居てもたっても居られない森下備中。自分でもふと失念しがちな主人への愛情を再認識し、急ぎ問註所領へ向かう。
その後の打ち合わせもすらすら進む。特に、問註所殿は鑑連の指揮下での軍役が長く、妹の再婚先として申し訳ない、と恐れ入る始末だった。
鑑連が問註所父の死をほぼ忘れかけていたとは口が裂けても言えない備中、言葉を選んで話を詰めていく。問註所殿は妹思いの好人物で、
「近々、妹の子供二人も家を出されるということで、これを引き取ろうと思っています」
同情を誘っているのかもしれないが、すっかり同情してしまう備中。その子二人共を戸次家で引き取ることが正義に叶うはず、という気になる。祝言の日が決まり、それを鑑連に報告した時に、打診してみる。
「先方の条件ではあるまい」
「も、もちろんですが、問註所様に恩を売ることにはなるかと存じます」
「まだ、幼いのか」
「そのようです」
「なら、戸次の先兵として養育するか」
「は、はあ」
鑑連の言い方は相変わらず無遠慮だが、こんなことはどの家でも行われていることなのだろうとも思う。
「いいだろう、貴様の言う通りにしてよい」
「はっ、ではまた、早速」
「いや、事務方の動きはここまでで良い。あとは別の者を遣ることにする」
「……はっ」
より身分が高かったり、地域に関係のある人物がおいしいところを持っていく、こんなこともよくあるものだ、と婚儀までの折衝についてはあきらめる備中。あるいは母と子らを引き離さない、というのは代償で、鑑連の本音はこれ以上先方の言いなりになってはいけない、ということかもしれなかった。
筑後赤司城(現久留米市)で本業に戻った備中。情報収集、祐筆、総務等がそれにあたるが、義鎮公への婚姻の報告文書の作成も終わり、いよいよ輿入れの日が近づいてきた。
発端に関わっただけあってその日を想像して感無量の備中だが、そこに急な来客があった。問註所家を紹介してくれた例の僧侶である。
「森下様」
「これは増吟殿。後任の方とのお話ですか」
「いえ、森下様にお話がありまして」
「私?」
だいぶ焦っている様子だ。
「後任の方も呼びましょうか」
「いえ、それではダメです!森下様でないと」
と、相当な狼狽ぶり。何事ならんと森下備中、
「で、では客間へ」
「……できれば人払いが徹底した客間が」
「は、はい。承知しました」
婚儀に関わることでないと良いが、と思いながら城の隅にある部屋へ案内する備中。そこで驚愕の話を聞いて、内臓の痛みに神経を削られる羽目になろうとは、まだ知るよしもない森下備中であった。