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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
天文年間(〜1555)
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第15衝 擬態の鑑連

「功績を立てすぎたのが拙かったか」

「いや、単なる目立ちすぎでしょう」

「だが、溢れる才気は天賦のもの。どうしようもない」

「ははっ、はっはっはっ!」


 鑑連、石宗、そして備中の三名が座している。いつも通り、石宗のバカ笑いが響く。


 備中は不公平を気に病んでいる。扱いが悪い、という事ではない。それは今に始まった事ではないし、半ば諦観の域に達している。そうではなく、


「なぜこのクソ坊主は落し穴の如き際どい会話を展開しながら、殿に首打たれずに済むのだろう」


 自分ならばとっくに現世とおさらばしているだろうに。そもそも、鑑連から指示を受けている最中に、無遠慮にやってきて割って入ってきた坊主なのだ、これは。許しがたい。そんな備中の様子を見てニヤリと笑った石宗、


「殿。悪目立ちせずに、武者の道を進む方策を、どうやら備中殿が見つけたご様子」


 何を言うのかこのハゲは、と悲鳴をあげそうになる備中。


「ほう、備中が、か」


 鑑連にジロリと流し睨みされ、思わず縮こまってしまう森下備中。


「ほらほら備中殿。ご披露遊ばされよ」

「構わんぞ備中、遠慮は無用だ」


と言って、遠慮をしなければどのような仕打ちを受けるかは余りにも明白であった。大して関心が無さそうな鑑連が恐ろしいのに、余計な水を向けてきやがった石宗の嫌らしい笑みに、本当に吐き気がする備中。ああ、息子が早く成長してくれれば、とっとと隠居できるものを。


「……あ」


 ふと、視界の何処かに虹がさした。が、瞬けば、いつもの二人が居るだけだ。疲れているわけではない。むしろ、頭が明瞭を得ている。


 どうやら死中に閃いたらしい備中。やはり閃きを得るには、危機にあってこそだ。少し照れながら、名案を口から運ぶ我らが備中。


「左様ですな。ご隠居すれば、警戒されないんじゃないでしょうか」


と言って胸を張ってみせる。しばし沈黙が流れ、虫の鳴き声が響く。気まずい空気だ。拙かっただろうか。隠居しろなど、最前線から去れ、と言っているようなものだが、ああ、しくじった。殿が最も嫌う様ではなかったか。クソ坊主、早く何か言って助太刀せよ、という目を石宗の向ける。


 備中の血走った眼に気がついた石宗だが、


「なるほど、確かにそれはありますな。さすがは備中殿」


と自然な形で調子を合わせてくれた。あり得なさそうな助け舟に、歓喜の汗をかく備中。これが天道のお導きか。


「ふぅん」


 どうやら鑑連も満更無関心というワケではなさそうだ。が、投げやりに口を開く。


「ワシには嫡男がおらん。が山奥の城館を相続させる程度の戸次の家督など、誰が継いでも構わんとも思っている……祖父や父が功績に恵まれなかった以上、やむを得ないだろう」


 すると、いきなり鑑連に向き直った石宗、姿勢を正し、天道を語り始める。


「いいえ。家の勢い強ければ警戒され、弱ければ軽く見られるのが人の世の常。しかし戸次様は才能に恵まれてここまで来たのです。飛躍するために必要なもの。それは主君の支持と、下々の信仰。全てを兼ね備える条件を、戸次様は満たしておいでです。これは天道のご加護があればこそ。そう、それは天を鳴らし地を揺るがす伏龍が如し」

「伏龍か……」


 鑑連の感情に親しくない者ではワカらない微妙な機微を、備中は確実に捉えた。


「よ、喜んでいる……!うさんくささでは豊後一のクソ坊主のおべんちゃらに……!」


 間違いない。小さく、ニヤ、とした。目眩を覚えた備中だが、石宗の弁論術に関心しもした。伏龍とは、伏竜鳳雛の故事からだろう。武威張った鑑連だが、病弱な父親から唐の古典については良く学んでいるのだ。それを知っていたのだな……


「……心をくすぐりやがった」


 したり顔でお澄まししてみせる石宗の表情を見る。悔しいかな、教養を駆使した知的な弁論術が大当りした勝者の気が充満し、常よりも凛々しく見えてしまう。口角を僅かに上げたその笑みすら高貴なものに……いけない!


と頬を叩いて正気を揺り起した森下備中。主人の篭った声を受ける。


「何か、訂正でも、あるの、かね?」


 殺意が秘められている、と感じた備中は、全てを肯定してみせた。卑屈なまでに。我ながら石宗の振る舞いとは真逆である、と恥の思いを深め、自己嫌悪に陥ってしまった。


 鑑連と石宗はそんな落ち込む備中を無視して、話をどんどん展開させていく。そして、


「あいワカった。ワシは隠居するぞ」

「それがよろしゅうございますとも!なに、形だけの事です。しかし、人間とはその形だけの事にどこまでも弱いものでござる。はっはっはっ!」

「クックックッ!」


 こうして、戸次家の家督は、鑑連の手から、弟の子、つまり甥に渡った。いとも軽く、簡単に。



「義鎮公はお許しになられたのか」

「無論ですとも。確かに、鑑連は四十の坂を越えていたな、と」


 備中は石宗を詐欺師だと確信している。故に、石宗の凄腕もさることながら、貴人達の無邪気さにあきれ返ってしまうのだ。


「解き放たれた殿の動き……やはり乱の気配がする……」

「それにしても、誰も戸次様をご隠居とは呼ばないのですな」

「あの元気さ、絶対にご隠居じゃないからな」

「甥御殿は損を引きましたねえ」


 人ごとのようにのたまう石宗の無責任さに、やはりペテン師の姿を見る備中であった。

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