第152衝 返報の鑑連
備中、鑑連の諮問に答える。
「その……思えばその、立花様は十時様ご嫡男へ弔文を送っておいでででででした」
「それで?」
「何年か前に秋月勢が復帰した際、周辺を警戒していた十時様は秋月勢に追われ、立花様に匿われ辛くも命拾いした事があったと、生前にご本人から伺ったことがあります。その時に知己を得ていらしたのでしょうが」
「ふん」
だからなんだ、という顔つきだが、鑑連は耳を傾けてくれてはいる。それでも先般非道の詫びで、聞く耳を持っているだけには違いない。備中、薄氷の先へ足取り慎重に踏み出す。
「その、そ、想像ですが、十時様への、弔文を認めた、時点、つ、つまり、昨年の、季秋には、謀反を、考えていなかったのかも、しれず……」
「……」
「……」
立花殿が逆心を決意したのがいつか、という考えに関心をしたような声が幹部連から起こった。戦場に生きる武士たちにとっては、想像の及ばない範囲なのかもしれない。
「だが今や明白な裏切者だな」
と言うものの、鑑連の声の調子が変わった事を感じ取った備中。よし、乗ってきた、と自信を深める。
「そ、それでも弱みに付け込むような方では無いはずです。もし前々から謀反を計画していたのであれば、夜須見山敗北の直後に、立ち上がっていたのではないでしょうか。筑前の他の謀反勢とともに」
「……」
「……いい、いかがでしょうか」
「一理ある」
備中ホッとして、続きの勇気をさらに発する。
「あるいは本性、卑劣を好まない性格なのかもしれません」
「想像力が欠如しているだけかもしれん。無能力なら対処は楽だがな。それで」
「な、何故今になって謀反を起こしたかはとりあえず置いておきます……ひっ」
備中がこの怯えは、鑑連がとたんに怖い顔をしたためだが、イラつきながらもまだ忍耐は生きている。備中、何とか精神を残し、続ける。
「そ、そ、そんな性格の立花様ですが、記憶に残っている件がもう一つ。これも永禄の始めの頃なので、何年かな……七、八年前のことですが……し、しばらく、しばらく!」
先にホッとしたのも束の間。だいぶ前の話に鑑連が殺気を放ったので、必死に寛恕を訴えた備中。早口になってしまう。
「宗像勢討伐時に、当時我らが包囲しました筑前亀山城。そこに宗像家当主がいないのでは、とのご見識を立花様は示されました。結果その通りでしたが、攻め寄せる我が隊にはその考えに至った者はおりませんでした。結果、後手に回り、敵に時間稼ぎを許しました」
「……」
「立花様は戦いの見通しも利く人物……です……善良であるとともに。人望もある。あの奇抜ないでたちは博多の衆からの贈り物との事ですが、贈与された品を日々身につける……これもまた、博多衆の好感を得るという目的があるのかもしれず……」
「貴様、それは褒め過ぎだ。あの見栄っ張りせむし装いにそんな計算があるか?」
鑑連の声は苦笑する感じである。よしこれはイケる。備中、畳み掛けに入る。
「えー、そんな方が今や謀反人です。大友家は極めて危機的状況にあると言わざるを得ません!……はい」
決まったか。
「……」
並ぶ武将達の反応は良さそうだ。しかし、全ては鑑連にかかっている。気がつけば、自分の背中がびっしょり汗をかいている事に、備中気がついた。
国家大友未曾有の危機、それは間違いないはずであり、武将らの深刻な表情からもそれは明らかだ。貧相な吉弘殿の顔すら、危機を前に美しく見える。それでもこの件の責任者たる鑑連はうそぶいてみせる。
「確かに見通しだけは利くかもしれんが、どうかな?キレて軽挙に出ただけかもな。だとすれば、浅はかな事だ」
この提言の戦いはまだ続く様子だ。備中は満身創痍の心を奮い立たせて曰く、
「お、お、お、恐れながら。では何に、キレたのでしょうか」
「……何に」
「……」
「……」
「わ、私思うに、衝動によりキレたのではなく、どこかの時点で国家大友の無道に絶望したのではないでしょうか」
「……」
「あっ」
しまった、とうっかり口を滑らせてしまった備中。対鑑連に熱中のあまり、他の連中の存在をすっかり忘れてしまっていた。宗家批判、これは下手したら今度こそ頸を斬られてしまう。
「無道。それは田原民部殿の事かね」
備中にはワカった。これは鑑連が浮かべた助け舟だった。それに急ぎ乗り込む。
「そ、そ、それは……ご容赦ください」
「クックックッ!」
主人が泥をかぶってくれた。あるいは勘違いなのかもしれないが、備中は幸福に包まれた。急に舌の調子の良さを感じて、続けて曰く、
「宝満山から筑前筑後の秩序を守る高橋様は、立花様にとり最も身近な同僚のはずです。筑後が乱れれば筑前も乱れる。よって南から筑前の乱れを防いでくれていた高橋様を、立花様は強く頼りにしていたはずです」
「だから、蜂起したものの手詰まり感溢れる高橋の為に立ち上がったと?」
「はっ」
「友情で?」
「それが一つ。もう一つは秋月勢も宗像勢も筑前の民であるという事です」
「意味がワカらん」
「筑前最高の町は博多です。その博多を守る立花山は、ある意味で筑前の守護所のようなもの。さらに立花様は隣接する宗像家とも親密な関係にありました。えー、もしかすると秋月勢とも……」
「貴様、あのせむし野郎が筑前の民を守る為に、立ち上がったと?」
「結果論かもしれませんが、立花山城が蜂起すれば、安芸勢もきっと進出してくれる、という計算が働いたと考えるのが自然です。それに……」
「それに、立花には義鎮と田原民部に対する個人的な恨みもある、という事か」
「は、はい。思うところは数多く、今の状況があのお方をして謀反側へ立たせたのでは……」
自分でそう発言したのち、考えてしまう。田原民部の老中就任は、それを強く望んだ義鎮公が横車を押した結果である。ならば、立花殿の謀反に関して、道義的にも実質的にも、義鎮公は責任を負うのではないか。
一方、高橋殿討伐を強行したのは鑑連だ。ならば、この件で鑑連が横車を押しまくらなければ、立花殿謀反も無かったかもしれない。
これは政争だ。義鎮公と主人鑑連、どちらがこの騒動の収束に貢献できたかで、以後の国家大友の主導権を誰が握るか、変わってくるはずであった。これを鑑連に自覚させるべきだろうか。それとも、獣のような嗅覚の持ち主である鑑連はもう気がついているだろうか。
「で、結論は」
促された備中、思考の波から意識を掬い上げた。
「今や急を要するのは立花山城です。この城をなにより早く陥落させる。そうすれば、他の謀反勢は、意気消沈するはず。それが筑前安定の契機になります」
そして、立花様が去った後の城には殿がお入りになるのです、と目で強く鑑連に訴えた。鑑連はその意図を感じ取ったのかは不明ながら、備中の伝心に異なる方向から光を当ててきた。
「備中、まだ隠している意見があるな」
「ええと、その……」
「ワカっている。つまり立花を殺せと言う事だな?」
「えっ?」
「もはや立花は生かしておけば危険極まる存在であり、国家大友の為にその頸斬らねばならない、という貴様の意見、しかと伝わった」
「……はっ?」
「伝わったぞ、うむむむ」
険しい顔で額を押さえる鑑連の振舞に、このお方は何を言っているんだろう、と首をひねる備中だが、
「備中控えよ!」
「立花殿は大友血筋の方だぞ!それを貴様死ねと言うか!」
「身の程をわきまえろ!」
突如、居並ぶ幹部連から非難の大合唱が起こる。
「えっ?いや、あの、その、えっ?」
状況が掴めず、右往左往する備中。立花様を殺せなど、自分は一言も言っていないはず……。動揺する中、親しい顔を探すが、由布は俯き、安東は備中から目を逸らした。
「殿のご寵愛を良い事に、増長している!」
「近習風情が、血筋の方の死を願うのか!」
「殿のお気持ちを考えた事があるのか!」
由布や安東が助け舟を浮かべてくれる様子は無い。備中反論をするが、文系武士の声は限りなく届かない。
「そんなっ、あのっ、私は、ちょ、ちょっと!」
小野甥は微笑んだままだが動く気配は無く、吉弘に至っては自分が大友血筋の武士だからか、実に不機嫌な顔をしている。
「殿!」
鑑連に助けを求める備中。だが。主人は険しい顔のまま額を押さえ、微動だにしない。
「と、殿!誤解を……!解いてください!」
鑑連微動だにしない。対して怒罵は暴走の体に至った。
「大友血筋の高貴を軽く見るか!」
「卑しむべき奸臣め!」
「下郎!」
「と、殿!殿!殿……!殿……」
なぜ殿は私を助けてくれないのか……
左右から飛びかかる罵声を前に、取り戻したばかりの正気がピシピシとひび割れていく音が聞こえる備中。そしてそれは、いとも呆気なく割れた。
「うは、うはは、うははは!あー!」
刹那、両の手で耳を押さえ立ち上がった文系武士のその断末魔は、どんな反論よりも大きな響きで非難の声をかき消していく。
「ははは……あうあう、はははは、あああー……!」
声が枯れた時、備中は意識を失って直立のまま倒れた。消えゆく意識の中で、備中の眼は額を押さえた手の向こうでにやにやと笑う鑑連の表情を、しかと焼き付けていた。




