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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
永禄年間(〜1570)
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第149衝 吃驚の鑑連

 永禄の元号が十一年目に入り、大友方の有利は日を追うごとに強化されていた。冬だと言うのに莫大な費用と手間をかけて筑後への駐屯を続けている効果が現れているのであるが、この軍事活動は安芸勢対策というのが本音であったから、毛利元就の動きが無い以上、有利であるのも当然であると言えた。



 由布と安東がそれぞれの任地から帰還したことで、久方ぶりに幹部連が小さな会合を持っていた。


「……みんな元気そうで何よりだ」

「由布様も。安芸勢の動きがないので、戦死する機会も無いと言ったところです。備中も達者かな」

「はっ」


 由布と安東に笑顔を向ける。やはり戦友とは心地よい存在だ、と心を温かくし、備中は報告を行う。


「あの敗北の日から今日までの殿の計画は順調です。一時は危ぶまれた筑後と豊前の動揺はほぼほぼ抑えることができています」

「では春以降、本格的に宝満山城と古処山の攻略に着手しても良いかもしれませんな」

「……そうだな。宝満山城の高橋殿が相変わらず背いていることが、他の謀反人ども拠り所になっているのは間違いない。根本を攻めなければならない」

「謀叛側はもう好機を逸していますが、時過ぎれば我らもまた、同じ轍を踏む事になります」


 積極性を露わにした安東、備中へ武士らしく日に焼けた顔を向けて曰く、


「夜須見山で倒れた仲間の敵討ちもしたい。殿はどうお考えかな」

「はっ。安芸勢は将軍家斡旋の和睦を簡単には破れないはずだと、良く仰せです。つまり、豊前の騒動に対して毛利元就は介入のための口実を探しているはずだ、と」

「高橋殿……いや、高橋勢は」


 安東、高橋殿から敬称を取り除いて曰く、


「高橋勢が安芸勢へ援軍の要請を送っているのは間違いないのだろう」

「……秋月勢も同様だな」

「それなのに動きがないのです。安芸勢は介入の糸口を見いだせていない」

「将軍が亡くなられたとしても、和睦は生きていると言う事で。将軍家のご威光とはかくも大きいのですね」

「そうだな……ということは、噂されている吉岡様の引責は無さそうだな」


 この発言に三人は苦笑しあい、その後に声を出して笑いあった。その時、笑声を割って、不吉がやってきた気がした備中。後ろを振り返ると、小野甥が廊下を歩み現れた。


「方々お集まりですね」

「……東西南北と、そなたもご苦労なことだな」


 小野甥に労いの声を掛ける由布。無口で出しゃばらない実力者がそう礼を述べるのだ。きっと小野甥の調整活動の恩恵を受けているのであろう。


「はい。ですが今年は……いえ、今年も容易ならざる年になりますよ」

「どうした、何かあったのかな」

「もしや、誰か謀叛でも?」


 軽口を叩いた備中に、


「あ、備中殿大当たりです」

「え?」

「今しがた、極めて深刻かつ重大な情報が飛び込んできました」


 すると遠くから雷鳴が聞こえてきた。空は晴れている。と言うことは、それは主人鑑連の歩く音である。まもなく広間に鑑連が現れた。もしかしたら鑑連はその地獄耳で広間での部下の会話を聞いているのかも、と邪推する備中。現れた悪鬼一声、


「極めて重大な情報が飛び込んできた、とは持って回した言い方をする。貴様、戸次武士をからかっているのか」


 爽やかに片膝をついた小野甥。


「申し上げます。立花山城城主立花鑑載、謀叛を起こしました」

「……」

「……」

「……」

「えっ」


 備中の小さな喉の音が不自然なほどに響いた。次の瞬間、怒号が弾け飛んだ。


「なんだと!」


 近年、立花殿の功績を深く認めていた鑑連の叫びが響き渡り、それで活が入った由布、安東、姿勢を整えた。特に備中は、つい数ヶ月前に立花殿と面会した時に感じた嫌な予感が的中した事に、心の確かな高鳴りを楽しんでいた。しかし、ここは鑑連の前。早計は禁物である。


「……また虚報ではないのか」

「残念ながら、事実のようです」

「安芸勢の離間策かもしれない」

「安芸勢の動きはこれからです」

「あ、あるいは田原民部様の策略とか」

「あのお方の及ぼせる力を超えています」


 鑑連が立花の潔白を信じているため、幹部連もそれに倣うのは悲しい性。備中もとりあえずは右に倣え、だ。そして、いちいち爽やかに反論をする小野甥の颯爽としている口調が事の深刻さを奪い去る。


「まず、誰が伝えてきた情報か。これは怒留湯主水殿ご本人です」


 その素晴らしく不思議な名前を覚えていた備中。


「怒留湯様が、こちらへ逃れてきたのですか」

「はい。情報だけ残して、怒留湯様殿は急ぎ臼杵へ発ちました。報告によると、宗像勢との戦いの最中に、背後から立花山城の味方に奇襲され、部隊は瓦解したとのこと。現状ではここまでが判明している事です」

「背後から怒留湯殿を!立花様は……どういうつもりかな」


 驚愕のあまり声を詰まらせてしまう安東に、由布も呟く。


「……まずいな」

「そうですとも、まずすぎる!博多を喪う事になるし、筑前一国が反大友で蜂起する事になれば、それこそ毛利元就が千載一遇になってしまう!」

「……殿、志摩郡に展開している臼杵勢を博多の町へ駐留させましょう」

「しかし、原田勢はどうしますか。その横暴を許す事になります」

「いえ、すでに佐嘉勢が原田勢との戦闘を始めています。志摩郡の大友方は耐えきれるでしょう」


 由布の提言と安東の狼狽の間に、小野甥が入った時、鑑連が苦笑を始めた。


「クックックッ、これは佐嘉勢も一枚噛んでいるな。敵もさる者といったところか」

「はい、私も同感です」

「……」


 そう言う話なの?と驚く備中他二名を余所に、小野甥は鑑連と対等に会話を進める。もしや安東よりも、さらに言えば由布よりも、上手の人物ではないか、と身分違いも忘れて比較をし、自身の存在理由に緊張を深める備中。その気配を感じ取ったのかはともかく、ここで鑑連の意地の悪い性格が備中へ向けられる。


 嫌な予感はまたしても的中する。それにより、備中はこれまで仕えてきた中で、最恐最悪の悲惨を味わう羽目になる。

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