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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
天文年間(〜1555)
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第14衝 凝視の鑑連

 頃は初秋。入田・菊池討伐隊は府内にて解散した。戦功第一位は、肥後の守護代に任じられた小原遠江守となった。府内町人の格好の話題となる。


「第二位は戸次鑑連殿だろうよ」

「どっこいそうではないらしい。無論、佐伯紀伊守でもない。この両者は戦場で互いに協力的ではなかった、ということでむしろ叱責されたとか」

「へえ、仲悪いんだ」


 市井の声は天の声、とは良く言ったもの、と備中は感心する。


「で、吉岡様が第二位か。でもあのお方は戦場に出ていないだろ。いいの?」

「小原隊に自家の兵を委ねていたから」

「そういうこと。さすが年の功、世渡り上手だね」



 もはや怒り狂ったりせず、笑ってこの話題に触れる戸次鑑連が、備中の前に座っていた。果たして諦めたのだろうか、と首をかしげる森下備中だが、


「クックックッ、吉岡、殿か。なら致し方あるまい。クックックッ」

「左様、殿も存分のお働きでした」

「兄上、次の戦にて我ら死ぬ気で頑張ります」

「……はっ」


 戸次叔父、戸次弟、由布ら実働部隊の責任者たちが、主人鑑連をそう鼓舞する。その間、ひたすら笑顔で応対していた鑑連であったが、備中はその笑顔に不穏なものを感じるのであった。顔は笑っていても、目の奥底の暗い光が明らかに笑って無い。これは不審である。石宗も同じ気配を感じていたようで、いつも笑声のハゲ頭がこの席では一漏らしも笑っていない。勘の良い家臣一同、目線を交わしあう。


 短く切り上げられた会合の後、石宗が呼び止めてくる。


「内田殿がお戻りのようで」


 内田の野郎とは顔を合わせたく無いな、と思いつつも誘われたのだ。嫌々顔を合わせる。石宗は開口一番、


「まずいですな。戸次様の精神が非常に不安定でござる」


 内田も頷く。


「はい……最近のお顔は、怒り狂っている顔です。獣も、襲い迫る時に笑顔を見せると言いいます」

「ああ、方々やはりそうお感じですか」

「由布様は除き、御一門は気がついていないかもですが、と言って彼らに怒りをぶつけるわけにもいかない殿の激情はどこへ激発するか」


 ここで石宗と内田は申し合わせたように備中を見る。


「なんです?私に向かって激発すると」


 聞き返す備中に両名大きく頷いてみせる。


「冗談じゃない。勘弁してくれ」


 大声を上げた備中を石宗が抑えて曰く、


「近々、殿は戦功第二位の吉岡様の下へご挨拶に伺うということ。お供として内田殿は備中殿をご推挙されたとか」

「ええ」

「はッ! な、なんということを」


 悲鳴をあげる備中の口を抑えにかかる石宗。


「今の戸次様に必要なのは、ささやかなる開放を繰り返すことです。辛抱なされ」

「嫌だ」

「備中よ。今のご不興をひっくり返す絶好格好の好機とはこの事だぞ。観念いたせ」

「なんなんだよ。辛抱とか、観念とか。ふざけるな」


 抵抗し、叫びに叫んだ備中だが、気がつけば鑑連に侍り、吉岡邸に来ているのだ。近習の身とは辛い。思えば、大友御先代の近習達はほぼ皆殺しにあっているのだ。陪臣とは言え、自分自身いつそうなるか知れたものではない。


 そんなことを考えていると、主人鑑連が懐より扇子を取り出し一、二、三、死、と手を繰った。その鈍い光に目を疑った備中は思わず訊ねる。


「と、殿。それは……」

「扇子だ」

「で、ですが、て、鉄で出来ていませんか?」

「ほう、貴様にしてはよくぞワカったな。これから妖怪と対面するのだ。これでも足りないくらいだ」

「妖怪」

「あのジジイだよ」

「吉岡様が……ですか」

「ところで、見て鉄扇とワカるか」

「はい、そりゃもう」

「そうか、今後のために改良が必要だな」


 主人鑑連が吉岡と面談している間、客間で待つ備中は鉄扇を振って大暴れする主人は想像しない。むしろ、隙を狙って鉄扇を一閃させ、何事もなかったかのように帰邸を命じる鑑連の雄姿が目に浮かぶ。懐に手を置き、虫けらでも見るかのような視線で、


「備中、帰るぞ」

「ははは、そうまさしくこんな感じ」


 鬼のような表情に変わる鑑連の威圧を前に、一気に現実に引き戻された森下備中。


「扇子の出番は無かったようでなによりです」


 愚か者、という眼力が下りてきた。余計な口を開くな、という無言の行により緊縛された備中は、鑑連の後ろに控える翁を見た。しまった、まだ誰かいたのか。


「おっ、例の文の草稿をしおった者。久しいね」

「はひっ、ははっ」


 興味深げに笑みを浮かべて目の奥を覗き込んでくる老人に気圧される。


「吉岡長増だ」


 あの時の翁が大友家の大幹部だったと知り、驚愕する備中。


「では吉岡殿失礼する」


と無理に会話を遮った鑑連に引きずられるように退出させられなかったら、緊張感を伴いつつ心地よい何かがあったかもしれない、と主人を密かに恨めしく思う備中。どしどし廊下を歩む主人の背を睨んでいると、その後ろ姿からは、生気のような瘴気が放たれ独特の雰囲気を醸していた。これはあの時と同じ、乱の前触れだ、と備中は動乱の気配を敏感に感じ取っていた。

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