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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
永禄年間(〜1570)
145/505

第144衝 遊撃の鑑連

 勢いを取り戻さんと、筑前筑後を股にかけ、軍事活動を再開した戸次鑑連。精力的に命令を発する。


「筑後には斎藤を行かせるがあれは義鎮に近い。だからワシからではなく、お前からそう伝えてこい。吉弘の指揮下には入らせるなよ」

「はい」

「秋月の領域へは……安東」

「はっ。ありがたきしあわせにございます」

「皆の仇だ。存分に暴れてこい。やりすぎても構わん……内田はいるか!」

「ははっ!ここに!」

「臼杵隊へ伝令だ。志摩郡に侵入した原田勢対策へ行きたければ行くがいいと伝えてこい。ご遠慮めさるな、とな」

「承知しました!」

「あの戦下手は居ない方が良いのだ。備中」

「は、ははっ!」

「直ぐに立花山城へ発て。現在の戦況にいささかの問題はあるが挽回作戦を開始した、と立花に伝えてくるのだ」

「はっ」

「隠さず、偽らず伝えろ。そして宗像勢との戦いの様子を見てこい」

「ははっ!」


 備中には主人鑑連が自分に何を求めているのかワカった。国家大友に恨みを持つだろう立花が裏切る気配が無いか、探れとのことだろう。


「では行ってまいります」

「早く行け」


 その前にどうしても一言進言したかった備中。今は一人の鑑連の前に片膝つく。戸次叔父も戸次弟もいなくなり、鑑連の周りに誰もいない時間が増えたようだった。


「早く行けよ」

「も、申し上げたき件が」

「なんだ」


 聞く耳があった。


「夜須見山で撤退命令を出された義鎮公を、そのままにしてもよろしいのでしょうか」

「どういうわけだ」

「軍中に、大敗は現場を知らない義鎮公の命令のせいだ、との風評が広まっています」

「フン、事実だな」

「ですが、これもまた、殿を本国召還する口実を田原民部様へ与える事になりはしませんか」

「田原常陸のようにか」

「はい!」

「……」

「……」


 一瞬の沈黙が流れた。ふと、鑑連の表情が寂しげに見えたのは間違いなかったが、次の瞬間には元通り、いつもの傲岸な顔つきに戻っていた。


「もう義鎮はワシの統制から外れたな。無論、吉岡の統制からもだが」

「……」

「以後、あれは田原民部の統制下に入るはずだ。よって、対策は無意味だ」

「義鎮公が、じ、自立されるということもあるのではないでしょうか」


 備中をせせら笑うが如き形相で、糞!と鼻を鳴らした鑑連。口を真っ赤に開いて、実際にせせら嗤った。それは田原常陸の振る舞いに似ていた。


「馬鹿か貴様は!」

「ひえっ」

「クックックッ!これまで誰かの統制の下で生きてきた男が、自立できるはずがないだろうが」

「さ、左様ですか」

「あいつはもうそろそろ四十にもなろうかというのに、昔のまま全く成長しておらん。貴様だって幾らかは成長したが、それ以下!貴様以下なのだあれは!いいか、貴様以下!」


 自分を批判のダシにされ、備中は傷ついたか。いや、身分違いにも義鎮公と比較され、嬉しさがこみ上げていた。


「……仮に自主独立を志したとして、誰かの影響下にある事を望むだろう。自覚の有無は関係ない。よってこれは性癖のようなものだ」

「はっ……」

「今はお気に入りかつ血縁で結ばれた田原民部にご執心だが、それに飽きたら、また誰かの統制下に喜んで入るだろうさ。だが、その時もう一度ワシの下に来ることはない」

「そ、それはなぜ」

「それはもちろん」

「……ゴクリ」

「おい、大した話ではない。ただ単に、あれが飽きっぽいというだけのことだよ。なんといってもボンボンだからな。というよりも、貴様早く行け!はしはし働け!立花山城へ向かう任務は重要なんだぞ!貴様、取り上げるぞ!」

「はっ、はい!失礼しました!それでは!」


 怒鳴られ、広間を追い出されながらも、備中は鑑連の言葉を聴き漏らさなかった。立花山城へ向かう任務は重要なのだという。間違いなく本音だろう。こんな瞬間に、長年、理不尽な主人に仕えてきた甲斐があったというもの、と喜びを噛みしめることができる。数年に一度有るか無しかとはいえ。



 筑前国、立花山城。


「森下備中にございます」

「おお備中、夜須郡では大変だったようだな……亡くなられた戸次隊将士の面々は気の毒な事だ。かつて門司で共に戦った連中はみな、そう思っている」

「恐れおおいことでございます」


 広間に迎えてくれた、相変わらず奇抜な色を身にまとった立花殿。毎度感じる事だが、田舎者がおのぼりさんになる時の下品な色とは異なり、どこか唐風だ。博多の衆が見立てているのだろう。


「無論、私もだ。お悔やみ申す」


 備中は無言で頭を深く下げる。家臣らの備中への対応から判断するに、立花家は戸次家へ良い感情を抱いているように感じられた。そう感じつつ、本来の仕事を瞬間忘れてしまった備中。言葉が出ないが、


「……」


 その様子を見た立花殿は話を向けてくれる。この心遣い、やはりこの方は良い方、と感じ入る。


「それで、戸次殿がそなたをここに寄越したということは、その後の戦況連絡だな」

「は、はい!」


 備中は鑑連が命じた通りに伝える。険しい顔つきになる立花殿。


「……大損害だな」

「はっ」

「高橋殿の裏切により宝満山城は失われ、その後、夜須・上座郡も蜂起した」

「……」

「今やここより西の志摩郡でも原田勢が暴れまわっている。一進一退というが、互角の争いというのは如何にも良くない」

「はい。立花様も、大都会博多のご統治と宗像勢への対処、その心労お察しいたします」

「はは、ここは大丈夫だ。宗像殿だけでは、立花山の防衛は抜けない。ここは険しい山ではないが、その分、築城は堅固だからな」


 口調からも、宗像勢と立花殿は親しいのだろう。それが今、敵対関係になった。心労もあるだろうが、立花殿の戦いぶりを確認する事も、重要な任務のはずだった。


「戸次殿の事だ。そなたに戦場をしかと確認せよよ、と命じられたのだろう」

「はっ」


 そんな上品な言い方では無いが、概ね当たっている。


「今、怒留湯主水殿が指揮を執っている。存分に見てくると良い」


 すごい名前の人物がいる、とそちらに驚いた備中。


「戸次殿にはどうぞよしなに」

「はっ、主人鑑連も、国家大友が今の危機を乗り切るため、立花様の御威光が欠かせないと申しておりました」

「そうか、まだ頼りにして頂けるとは名誉な事だ」


 そう呟いた立花殿の顔にふと、暗い影が差した。田原民部による陰謀の犠牲者、という判断が正しければ、彼もまた国家大友へ大いなる恨みを持つ者であるはず。


 備中は違和感と共に危機感も感じた。立花殿が真に要であると主人鑑連が考えているのならば、配慮なりをしなければならないはずであった。そのために自分が送り込まれた……ということはあり得ないだろう。鑑連はそこまで考えが至っていないはずである。将来的にそれが的中するかはともかく、備中の予感では、立花殿は危機を抱えているに違いなかった。



 備中は、変わった名前の隊長が指揮する現場をほどほどに眺め、観察し、報告内容をまとめると、急ぎ筑後へ引き上げるのであった。

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