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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
永禄年間(〜1570)
144/505

第143衝 臍堅の鑑連

 山隈城の秋も深まり、冬の気配も見えている。筑前および筑後のあちこちから使者が頻繁に出入りする。そして彼らは口々に報告を上げ、また出て行く、を繰り返す。


 戸次隊が危機にあるのは変わりないのだが、差し迫った攻撃の恐怖は去りつつあった。


「引き続き、高橋勢、秋月勢に動きはありません」

「こんな好機に、敵は何を狙っているのだ」

「……」


 首をひねる鑑連の問い掛けに、幹部連は誰も答えを出せない。皆が頭を悩ませていたその時、小野甥が広間に入ってきた。


「その件について、ご報告申し上げます」


 小野甥は相変わらず吉弘、臼杵と戸次を結びつけるために活動している。今日はどうやら高橋勢、秋月勢が沈黙の謎を解き明かそうとしているようだった。


「その前に」


 小野甥を鑑連が止める。夜須見城での騒動、まだ根に持っているのだろうか、ハラハラする備中。


「大した働きだ」

「おかげさまをもちまして」


 おや、険悪ではないのかな、と居並ぶ諸将がみな興味津々で二人の会話に耳を傾ける。鑑連が小野甥を攻撃した一件、知らぬ者はいない。


「そなたのお陰で、ワシらは今ここにいるようなものだ」

「……」


 無言で顔を下げる小野甥。主人鑑連と義鎮公の近臣が和解した。それだけで、幹部連はみな心の平穏を得た気になったが、鑑連は急に低い声を発した。ゆっくりと。


「我が隊の十時は……みなの為に命を落とす機会を貴様のお陰で得たのだ」

「はい」

「死んでしまった十時に代わって、礼を申す」

「はい」

「ワシの部下を犠牲に供した貴様の傲慢を、ワシは決して許さん」


 なんと。鑑連は先の戦いを恨みがましく評価していたのか。険悪でないどころではなく、鑑連は小野甥を憎悪している。見れば鑑連、悪鬼面になっている。驚愕に続き、不安が再来した幹部連。だが小野甥は、


「はい」


と淡々とするのみ。相変わらずだが、ちょっと異様過ぎる。恐怖心が麻痺しているのだろうか、と訝しむのは自分だけではあるまい、と備中。


「で、報告とは何」

「高橋勢も秋月勢も取り戻した領地を確保する方向へ舵を切りました。宗像、原田、麻生らが蜂起した事で、我らとの戦いはしばらく彼らに任せるつもりでいる様子です」


 鑑連の言葉の上からおっかぶせる小野甥。うーん、この若武者も鑑連に対して怒っているのかもしれないな、と備中は感じる。イラついた様子の鑑連だが、それでも忍耐とともに思考をしている。


「季節もこれより冬に入ります。謀反勢にとっては安芸勢が来てからが本番、ということでしょう」

「安芸勢任せか。ならば切り崩せる」

「その通りです。よって我々は冬も、軍事活動を継続するべきです」


 その発言に幹部連は驚いた。生きて戻れると思っていた豊後に帰れないのだ。抗議したい者もいる。だが、それらの声を集約して上手く発散させていた、戸次叔父はもういない。小野甥の独壇場となる。


「筑前から手を引けば、この国はあっという間に安芸勢の領国へと成り下がるでしょう。関門海峡は完全に安芸勢の支配に収まり、豊後は干上がり、繁栄が失われます」


 つまり、今の生活を守るためだ、ということか。安東も内田も黙っている。では、今は亡き戸次叔父の役割を少しでも自分が……と備中は発言を試みる。


「お、恐れながら」

「どうぞ」

「以後、我々ほ秋月勢の領域へ攻め込むのでしょうか」

「合戦に持ち込めれば結構なことですが、敵はそれを徹底して避けるでしょう。よって、焦土作戦を続けます」

「そ、それはつまり」

「そうです。村々にどちらへ帰属するか判断を突きつけ、少しでも動揺があれば略奪と焼討を徹底するということです」


 鑑連に代わり周囲を睥睨する小野甥。その顔つきから、この人物は大物だ、と再確信の備中。残酷な作戦を述べているのに、口調に躊躇いがないためか、若いのに華を感じさせる。


「高橋勢へも同様の処置を行います。そして我が方に進んで従う者には処遇物資の面での優遇を強める……」


 だが、戸次叔父の立場の踏襲を決断した備中だ。まだ放つ言葉は残っている。


「で、ですが、強硬策を続ければ安芸勢の再来が現実となるかもしれません。多数の将士を討ち取られた現状で、その時、太刀打ちは可能でしょうか」


 小野甥は笑顔を備中へ向けた。備中の記憶にある笑顔とは、少し異質なもので、自分の背筋が寒くなるのを感じる。


「もう安芸勢は動きつつあると考えなさい。十年前は立ち上がらなかった筑前の土豪らが、今ついに立ち上がったのには理由があるのです」


 理由。理由とは……と考え始めた備中へ言葉を畳み掛ける小野甥。


「思えば、十年前に古処山城を落としたのは高橋殿でした。あの時彼は、秋月種実を始末しなかったのか、またはできなかったのか」


 ああ、もしや小野甥は承知しているのか。自分が戸次叔父の真似事をしていることも。つまり、小野甥は備中が代弁している戸次家の面々に向かって、説諭しているのだ。


「秋月にとって、高橋殿だって父の仇の一人の筈なのに、です。元々親交はあったとみなすべきでしょう」


 だが備中は燃えていた。自分は戸次叔父の上を行ってやる、と。その活路が見えた。


「田原常陸様が臼杵へ呼び出された真意も、そ、そこにあるのでしょうか」

「え?」

「た、田原常陸様は、秋月と血筋の童を養子に迎えられたと。秋月家と繋がっている、と田原民部様は考え、さらに秋月家を介して田原常陸様は高橋殿とも、安芸勢とも繋がっていると……」

「そういえば、田原常陸について石宗に依頼する話、止まっていたな」

「使者だけは送っていますが、角隈氏からの返事はありません」

「クックックッ、義鎮でさえ、このワシに文を寄越したというのにな」

「おお、存じませんでした……公は殿を気にかけて……」

「ククッ、尊大で横柄に構えた虚飾に満ちた戯言が並んでいたよ」


 文を見ていない一同、何も言えなくなる。


「このままでは田原常陸様の戦線復帰は……」

「無理だ」


 言い切った鑑連。随分とあっさりしている。


「で、ですが、豊前方面の安寧は、このままでは……」

「維持できなくなるな」

「豊後に残っている人物に任せる他ないでしょう。故に、来たる安芸勢との戦いに備えて、戸次様は筑前筑後で力を蓄えるべきなのです」

「国家大友のためか」

「豊後のためでもあります」


 豊後。他国で死んでいった仲間を思うと、途端にその国が恋しくなる。特に戸次家の所領のある南部では風光明媚でいて、幽玄なる深山も感じることができる。そこに住む父、母、妻子を思うと、暖かな祖国から離れた土地にいると痛感し、目元が熱くなる備中。他の将士も同様の如し……鑑連を除いて。


 嫌な顔をした鑑連が、刎と鉄扇を振るった瞬間、広間を包む懐かしき憧憬は消失した。そして、恐ろしげに喉を震わせて曰く、


「これより焦土作戦を開始する」

「はっ」


 方針は定まった。


「いいか、裏切者とその仲間には一切の加減無用!ワシらに逆らう者、これを許さず!死、あるのみだ!」


 居並ぶ諸将、みな迫力に圧倒され、承知の声を返すしかなかった。

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