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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
永禄年間(〜1570)
130/505

第129衝 背振の鑑連

 宝満山城包囲戦は継続している。


 臼杵弟が、吉弘隊に所属していた秋月勢を殺戮するに及んで、その事後処理のために大友方の重鎮達は協議を行うことになった。場所は吉弘の陣にて、だが協議は常より長引いてしまう。


 為に包囲網の西側を担う戸次隊は、大将不在で戦っている。その日は激戦となった。鑑連が戸次弟を連れて行ってしまっているため、戸次叔父が指揮を執る。由布、安東、十時、内田が前線に出て、彼らは鑑連からの基本的な方針さえ出ていればその通りに戦うため、激戦となった理由は戸次叔父の力不足ではない。敵が精強なのである。戸次隊は苦戦を強いられていた。


「備中」

「はっ」


 深刻な顔で備中に近づいて来た戸次叔父。低声で淡々と述べる。


「安東の倅が負傷して戻って来たが」

「……」

「先程、死んだ」

「はい……」


 父に従って出陣していた安東の息子は、父親同士仲の良い同僚である十時の娘を嫁に得ていた。戸次隊を代表する二人の隊長は共に息子を失ったのだ。よって、両隊長の指揮は復讐に駆られ攻勢一方となる。


「やはり高橋様は勁いな」

「はっ、殿もかつて、高橋様は有能だと褒めておいででした」

「そうだな。だが戦になった。戸次隊だけではなく、吉弘隊も臼杵隊も苦戦している。西の山では筑紫勢が斎藤を追撃しているらしいが、きっと高橋様の入れ知恵もあるのだろう」

「……」

「このままでは泥沼だ。なんとか和睦する道はないだろうか。元を辿れば高橋様は一万田様だ。我らと同じ、大友血筋の武士だぞ」

「……はっ」

「備中、門司で見せた冴えを見せてみろ。考えるのだ」

「し、しかし私などは」

「殿がなぜ、刀も弓も鉄砲も馬も下手くそなお前を身辺に置いていると思っている。その能力を見込んでのことだ。でなければ誰がお前などをお気に入りの近習とするか。その点にも思いを致せよ」


 スラリと酷い事を言ってくる戸次叔父に呆然とする備中であった。


 しかし、和睦の道などあるだろうか。手を出したのは大友方、もっと言えば戸次鑑連その人なのである。その意味では、安東の倅の死に、鑑連は責任を負うのだ。そも無謀な戦ではなかったか。


 さらに国家大友家中も、意志の統一を欠いている。大友家督と老中衆の関係は良好でない。老中内ですら、鑑連と吉岡で険悪な仲になってしまっている。また田原常陸と田原民部の不仲は周知の事でもある。臼杵弟は誰に親しいか定まらず、志賀安房守は肥後の統率で手一杯だ。そう悩んでいると、戸次叔父が急かしてくる。


「備中」

「は、はい。で、では……こ、この戦は老中衆の軍事の実質的な筆頭である殿主導で始まっています。ですので殿が止める、とおっしゃらない限りは……」

「そんなことを、我らの殿が言うと思うか。殿は自身の権威の失墜をなによりも嫌う。ワカらんお前ではないだろうが」

「だ、だからこそ、敗北のみが殿を引かせる唯一の道になるのではないかと……」

「なんだと」


 どうにも険悪な空気になる。


「目下、敵は高橋勢と筑紫勢です。反乱はまだ他の土豪らには及んでいません。こ、ここが退き際では……」

「馬鹿な事を!退けば国家大友の弱腰を見て、どこもかしこも謀反だらけになるだろうが!」

「は、はい」

「だから和睦だ!和睦しかない!」

「ほほう、和睦ですって?」

「と、殿!」


 いつも急に戻ってくる鑑連らしく、今回も戸次叔父の後ろにいつの間にか立っていた。仰天して平伏する戸次叔父と備中。鑑連、奥に進みて静かに語る。


「叔父上、和睦などあり得ぬ事です」


 静かではあったが、その声には戦場に似つかわしい迫力が備わっていた。


「殿、安東の倅が戦死しました」


 その言葉を聞き、ピク、と動きを止めた鑑連。しばしの無言の後、


「いつのことですか」

「こちら側に移動する際に生じた陣の乱れを、高橋勢に衝かれた時に酷い混戦となって、致命傷を」

「で、死んだのは」

「先ほど」

「……安東と十時は」

「戦場です。怒りと悲しみの余り、周りが見えなくなっているようですが」

「由布が手綱を握っています。あの二人なら帰ってくるでしょう」

「は……」


 鑑連子飼の隊長一人の嫡男であると同時に隊長一人の娘婿であった人物の死だ。主人たる鑑連も存分に祝福し、将来を嘱望していたはずである。よって、備中は主人が示す哀しみに同情を禁じ得ずにいた。


 しかし、鑑連はその話をすぐに切り上げ、吉弘、臼杵との打ち合わせ結果を通知する。


「宝満山を正面から登った臼杵隊は、待ち構えていた高橋隊に手酷く迎撃された。いつもは物静かに見える臼杵もよほど腹に据えかねたのでしょう。秋月勢内通の噂を聞き、発作的に粛正に走った、という事だそうです。結果、この包囲に参加していた秋月隊は皆殺しになりました。唯の一人残らず」

「殿の読みは正しかったのですな」


 戸次叔父の言葉に反応せず、鑑連は嗤いはじめる。


「クックックッ、常々冷静に振舞っている臼杵でも、衝動に従い人を殺めた。あれも血の通った武士である事がワカったわ!」


 その様子を心配そうに見ていた戸次叔父、話題を進め、鑑連を現実に引っ張り込む。


「で、ですが面倒なことになったのでは……裏切者を始末したのは良いですが」

「そうですな。これで古所山城の秋月次男坊が明確に敵となりましたから。このままでは日田との連絡線を断たれる恐れもある。こうなっては、この山より先に、秋月の城を制圧しなければなりません」


 そこに戸次弟が戻ってきた。


「兄上、吉報です!」

「ほう吉報」

「斎藤殿より!追撃してきた筑紫勢を大いに打ち破っただけでなく、筑紫殿をひっ捕らえたとのことです!」

「……」

「……」

「……」


 微妙な顔つきの一同だ。それもそのはず、鑑連は腹いせ半分、斎藤を不利な形で筑紫勢にぶつけるよう仕向けたのに、勝利してしまったのだから。鑑連の呟きは、


「まずいな」

「はい?」


 懐から恐怖の鉄扇を取り出し、不機嫌丸出しかつ真剣な眼差しになる鑑連。戸次叔父、戸次弟を睥睨し、ついで備中も見た。主人の視線が自分も捉えてくれたことに、ただただ嬉しい備中。未だ言葉までは賜われない備中だが、この時、鑑連の心中を完璧に理解していた。


 筑紫勢を撃破した斎藤隊を編成したのは吉弘である。そして、内通者の秋月勢を、炙り出したのは鑑連だが、始末したのは臼杵弟だ。このままでは速攻で岩屋城を落とした鑑連の功績が霞んでしまう。さらに、高橋攻めは容易には進まない気配。


 備中がそんなことを考えていると、鑑連の目がギラリと光った。どうやら方針を決定したらしい。


「ワシらも古処山城の秋月次男坊を攻める」


 無言の戸次叔父に対し、驚きの声を上げる戸次弟。


「この山の陣は、どうなさるのですか」

「斎藤が筑紫勢を破り、宮司を捕えたのであれば、高橋も容易には出撃できんはず。そうだな、ワシらは内田が率いる筑後勢を残し、その他の全員で秋月の土地を蹂躙する」

「ですが、臼杵様が秋月勢を皆殺しとし、秋月の次男坊も、きっと迎撃体制を整えるはず。奇襲が不可能では、あの古処山を攻略するのは骨が折れるのでは……」

「愚か者。ワシらは十年前、その城を落としているのだぞ。お前もいたではないか」

「はっ……」


 戸次弟の心配は、十年前の攻撃では秋月勢は迎え撃つ体制が不十分だった、ということにあるのだろうな、と備中は考えていたが、もう一つの懸念について、鑑連も戸次弟も自覚が無いのでは、と感じた。すなわち、秋月勢が国家大友に対して抱く、怨恨の感情だ。仮に、ここまでの出来事全てを誰かが予測していたとしたら……


 だが、今の備中は発言権を封じられている。転戦の支度に入った鑑連らを、ただ眺めていることしかできなかった。戸次叔父には知恵を出せ、とせっつかれたものの、やはり相手が鑑連でなければ、脳味噌が大車輪の回転をするには至らないのであった。

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