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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
永禄年間(〜1570)
115/505

第114衝 気負の鑑連

「諸君、戦火が拡大する気配である」


 幹部連へ宣言する戸次鑑連。


「無論、安芸勢との和睦は生きている。表立った戦ではない。此度、土佐勢が伊予勢を攻める」


 驚く一同に対して、戸次叔父が解説する。


「土佐の一条様が、伊予の河野家を討伐する事になった。理由は伊予の諸勢力が土佐領内を侵す事が度々だからである」

「なるほど」

「まあ、お互い様の話だがな。今の伊予守護家は、安芸勢の扶持を受けているようなもの。つまり我らの敵というワケで、先手取りは良いことではある。国家大友の役目は、一条家への支援だ」


 備中は、義鎮公の姫君が海を渡って土佐へ嫁いで行った日の事を思い出す。かの姫の犠牲によって、この政略は存立しているのか、と考えると、あざなえる運命の妙を感じざるを得ない。


「支援と言っても、老中や公近習の兵の現地入りはない。伊予勢と直接戦うワケではなく、そも表立って介入するには下準備が必要で、そのためのものと心得れば良い」

「はっ」


 一同、承知の声を上げるが、どうやら今回戸次家の出番はないようであった。つまり老中衆主導の戦ではない。戸次叔父、いつも通りの発表をする。


「えー、陣容を述べる。北上する土佐勢を支援するために、佐賀関勢が物資補給の水運を担当し、伊予上陸後の活動は薬師寺勢が担当、全てを監督するのは臼杵様だ」

「臼杵様が……」


 備中は、きっと渋いはずな鑑連の表情を見ようとするが、それを避けた。老中衆が割れているなど、発言もそうだが匂わせて良いものでも無いからだ。なのに、


「これで義鎮は田原民部、臼杵と二名の老中を手中に収めた事になるな」


 自分から言ってしまうか、とびっくりした備中。やはりこの介入は義鎮公主導で間違いない。これに戸次叔父が進み出て曰く、


「此度の隣国への介入について、他のご老中はどのようにお考えなのでしょうか」

「叔父上、大友家の縁戚にあたる土佐一条家を支援する、という事は確かに大切だし、重要なことではあります。表立って反対する老中はいないでしょうな」

「はい」


 深く頷いた戸次叔父。この人物ももういい年なのに、鉄の健康を誇っているらしいことは何よりだ、と備中人知れず独り言ちた。


「それに伊予の守護家が安芸勢と結んでいるとあれば、放置するワケにも行きません」


 戸次弟も威勢良く発言する。


「下手をすれば海からこの豊後を攻撃される恐れも出てきます!」

「そういうことだな」

「しかし、一体どうした事でしょう。義鎮公の軍事活動がかつてここまで活発になった事はありませんが」

「……」

「……」


 戸次弟の疑問に無言となる幹部連。この時、微妙に冴えていた戸次弟、続けて曰く、


「田原民部様のご指導によるものでしょうか」


 一同、みな顔を上げる。


「それはあるかもしれん。少なくとも、吉弘の差し金ではないだろうからな」

「確かに」


 吉弘が最前線で戦っていた時も、軍事方針自体は吉岡から発せられていたが、その手足を担っていた吉弘が差し出がましい行動に出たという話は噂ですら流れていない。吉弘は他者を押しのけて出しゃばりをかます性質ではないが、対して田原民部という人物は、また違った個性の持ち主なのだろう。強引も辞さないという点があるに違いない。だが鑑連は更に評して曰く、


「誰の差し金かは知らんが、目の付け所は悪くない。将軍が死んでも和睦は生きている。四国で代理戦争が勃発しそうなのがその証だが、義鎮としてはこの間に、田原民部が主導する体制を、構築したいだろうからな」


 なんと、あの主人鑑連が他者を評価している。それも、これまで常に一段も二段も下に見てきた義鎮公を。森下備中、これを奇跡だ、と考えた。そしてもしや大友家督と老中が融合し得るのではないかとも。だが、その胸中には異物感が揺蕩う。備中、臼杵殿が義鎮公の命令に服したその真の意味と思しきものを、尋ねてみる。


「では、臼杵様はその体制が成立する事を容認されたのでしょうか」

「あれは過労で死んだ兄貴よりも相当に周到深い。敵に回したくはないが、それは向こうも同じはず」

「では付かず離れず、という事でしょうか」

「違うな、付いたり離れたり、だ」


 これまで国政に強く関わりを持たなかった義鎮公が、田原民部という強力な老中を育てる事を通して、表舞台に出てこようとしている。代替りの革命騒ぎから、数えで十六年目になる。その期間ずっと持満を目的に時を過ごしてきたのだろうか。だとすれば恐るべし執念というべきだ。


 だが、備中の考えを読み取った鑑連が、それを否定する。


「言っておくが、義鎮に深い考えなどないぞ」


 鑑連の読心術に恐れ入り頭を下げる備中。


「あるとすれば、飽きだな」

「飽きですか」

「あれは幸福な生き方に強く憧れていた時期があった。それが父親への反発になっていた」

「幸福な生き方とは、理想の家庭などですか」

「クックックッ、貴様にしては的確な事を言う。その通りだ。実にくだらんが」


 理想の家庭像を一蹴した主人に必ずしも賛同できない備中は沈黙を通す。


「美しく賢い妻を得た。そこから嫡男も、多くの子供達も得て、その幸せに飽いたに違いない。次、奴が目指すのは理想の主君かもしれんな。その為に二人の義兄を重用しているところから、理想の主人と理想の主君は等価なのだろう……ククッ、青い」

「飢えておいでなのですね」


 無論備中は義鎮公が、という意味での発言だったが、ふと、鑑連も同じだと感じた。この世には同族嫌悪、という言葉もある。似た者同士が仲良くなれない例は、世の人々が考える以上に多いのかもしれない。


 ふと気がつくと、幹部連がみな深い沈黙の中にあった。戸次叔父もだが、主人鑑連と備中がかくも心の滋味に触れる会話を交わし始め、口を挟めない様子。といって備中を邪険に思うのではない。冷酷無比の戸次伯耆守鑑連がこのような話をするのは、恐らく森下備中一人しかおるまい、と共通の感想を持って、主人の別なる一面を鑑賞していた。


 家臣らのそんな様子に気がついたのか、鑑連は刹那、悪鬼面を披露して全員の目を覚まさせると、仁王立ちして宣言した。


「将軍が死に、しばらくすれば和睦もその短い生涯を終えるだろう。そも平和など次の戦争までの間の幕間に過ぎん。戦いの準備を怠るな。戦はそこに迫ってきている。仮に一条家が大敗すれば、我らも援軍として動かざるを得まい。出雲勢が制圧されれば、毛利元就は必ず門司へ戻ってくる。それを期待する不埒な者共が騒動を起こせば、直ちに出撃して叩かねばならん。その事を忘れるな!我らの如き真の豪傑侍は、行住座臥戦まみれなのだ!クックックッ!」


 それから表皮だけとは言え穏当平和な日々が続いたある日、出雲勢がついに安芸勢に降伏し、その領国を毛利元就が手中に収めるに至った。


 この報告を豊後の人々は悪報として受け止め、風雲迫る予感に武者震いするのであった。

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