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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
永禄年間(〜1570)
109/505

第108衝 油揚の鑑連

 立花殿に乞われるがまま、事態打開のため急ぎ豊後臼杵へ戻った備中。


「立花様には謀反の意思はございません。大友の旗も翻っておりましたし、疑いが晴れない場合は人質を差し出す、とも仰せです」

「ご苦労。吉岡ジジイと協議しよう。無駄かもしれんがな」


 主人鑑連はできる限りの事をした、と備中は思った。最初は伊達振りがいけ好かない、次いで朴訥振りが悪くないかも、と再評価した立花殿に対して、かつてない厚遇だ、と。鑑連と立花殿の間での友情の成立に期待する備中であった。


 が、騒動は不思議なほど呆気なく終着した。



「備中来い」

「はっ」


 呼び出され主人の部屋の一つに入る。そこには明らかに不機嫌な鑑連が鎮座していた。時折、気障に体を揺すりながら、口を開く。


「立花山城の騒動は解決した」

「おお!それはよろしゅうございました!」

「それがちっともよくない」


 見れば鑑連の顔が悪鬼面になるかならないか、といった気配だ。備中、自重して、主人の言葉を待つ。


「……貴様が立花山城を出た数日後、吉弘隊による包囲が始まった。さして激しい攻勢にはならなかったそうだ。死者もおらん。そこに豊後からの使者が入ったが……そいつの名は田原民部」

「田原民部様……義鎮公が勧告のために派遣されたのでしょうか」

「ふん、どうであれ、ぬるい包囲と申し合わせたかのようだな。で、田原民部が城に入った後、立花山城は開城した」

「勧告を受け入れられた、ということでしょうか」

「あれほどの騒動になったのに、なにやら処分もぼかされたまま、許された立花は城主の地位を認められた。誰に?義鎮にだ。嗤えるのが田原民部はすでに安堵状も用意していたという」

「と、殿。いつ連署されたのですか」

「するかたわけ!」

「ははっ!」


 急に激高した鑑連にビクつきながらも、備中は考えを整理する。つまりは最初から最後まで義鎮公脚本のイカサマだったということか。兵を送るのも義鎮公ならば、和睦を勧めるのも義鎮公で、領地を安堵するのも義鎮公。


「な、成程」

「ようやく理解できたか。貴様の脳髄に刺激を加えてやろうか」

「ご、ご勘弁を……しかし、何の為か、ワカりかねますが」

「田原民部の老中就任が決まった」

「えっ!」

「家柄血筋、これまでの戦績に加え、立花の謀反を防いだ功績によってな」

「……そう言えば殿に限って申せば、謹慎明けに門司城を攻めるに際して、義鎮公とその件に関する取引をなさってましたが」

「頭を丸めた時に、義鎮から希望は聞いていた。理由を付けて引き延ばしていたのだが、もはや時間稼ぎは許さん、という意思表示だろうな」

「そ、そうですか」


 そんなことをしてたんですか、そりゃ義鎮公も怒りますよ、とは口が裂けても言えない備中。


「今回の謀反騒動は、義鎮の陰謀で決まりだ。この問題を田原民部に解決させ、奴を老中へ昇格させる。老中衆一同文句を言えない状況でだ」

「最初から仕組まれていたのですね。しかし……」


 慌てふためいた老中衆、わざわざ筑前まで出陣した吉弘隊の兵ら、急な出陣に従った高橋殿らは振り回されただけ。そして一番の被害者、


「立花様に汚名を着せて、あまりの仕打ちではありませんか」

「立花はダシにされたのさ。ヤツは宗家には歯向かわないだろうとの計算だろう」

「そんな……」


 遠因は主人鑑連にもあるのかもしれないが、義鎮公は目的の為なら手段は択ばないのだろうか。それとも忍耐の限界だったのか。疑問が湧いてくる。


「何故義鎮公は、このような手段を選択されたのでしょう」

「家督を奪い取り十余年、そろそろ実権を握りたくなったのかもな」

「孤独のためでしょうか」

「何だと?」


 備中の頭の中で、義鎮公に関する情報が急速に結合し始める。そして何かの力の突き動かされるように、口を開き始めた。


「父と義母と弟殺め、傅役の入田様も犠牲にし、さらに結果的には叔父を始末した形となり、今一人の弟を見殺しに。どれほど臼杵の城が繁栄に輝いていても、大友家はどこか血生臭い。姉妹は政略のため他家に嫁ぎ去って行き……悪行や孤独に対して、義鎮公がどこまで本気であったかはワカりません。もしかしたら流されていただけなのかもしれません。妻の兄である田原民部様に唯一手元に残った姉妹の夫である吉弘様を重用するのは、人情故致し方ないのかもしれません」

「流されていただと?嘩ッ!何にだ?」

「国家大友の意志の流れに」

「ふん、であれば義鎮はワシや吉岡を憎んで止まないのだろう。田原民部がワシに対して融和と非難を綯交ぜてくるのはその為かな」


 備中の話を聞いてイライラが募り始めた様子の鑑連。だが、話をやめろとは言わない。罪悪感を一抹とは言え感じているのだろうか。


 しかし、とも思うのだ。鑑連は家名名声を高めるために必死であったのだ。大友家はそれを叶えるための舞台。力あるものが晴舞台に上がる事は自然ではないか。それは非難をされるような事ではない。


「義鎮公はこれまで自分を苛んできた運命を覆そうと必死なのかもしれません、南蛮人、強き将軍家、新しき臼杵の城、親しい家族、どれも義鎮公には心安らぐものだったのでしょう。しかし安芸勢の攻勢がその平和を乱そうとする。昔ながらの老中臼杵様は過労で斃れ、田北様は討ち死にしました。強烈な個性と才能で他者を圧倒し全てを牛耳る殿と吉岡様を、信じられなくなったのでしょう。無論、それらの全責任を御二方が負うものではありますまい。ですが、御二方は先代義鑑公から家督を奪取するために最も功があった両輪です。衰えたのでは、とお考えになったのかもしれません。あるいは、自分ならもっと上手くやれるのでは、とか。その為には、殿と吉岡様に替わる新たな両輪が必要です。それが、義弟吉弘様であり、義兄田原民部様なのでしょう。そして殺戮した一族の生き残りである高橋様、橋爪様、朽網様、斎藤様。殿ほどの実力があるかはワカりません。戦場では使い物にならないかもしれない。しかし、彼らに恵愛を施す事で、義鎮公の心の傷は癒され、孤独もまた」

「やかましい!黙れ!」

「ひっ!」


 凄まじい怒号が響き渡った。備中久しぶりに拝見する悪鬼面である。裂けたような口、真っ赤な顔、真紅の瞳の強烈な凝視、全身が痺れ、備中気づけばその場にへたり込んでいた。鑑連忍耐の臨界点に達したか。立ち上がり鬼の形相で備中に鉄扇を突き付ける鑑連。


「貴様、何もかもワシが悪いとでも言うのか!おい備中、答えろ!ワシか!ワシの行いが悪かったとでも言うのか!おい!おい!おい!答えろ!」

「ひっ、ひっ、ひっ」

「いいか武士の習いはな、やるかやられるかなのだ!その覚悟が持てずしてどうして武士の一派を率いておれよう!能力覚悟が足りないから戦場で果てるのだ!田北をみよ!その子や兄弟は老中衆を引き継げず、没落しているではないか。対して臼杵を見よ、狡智に通じたあの男は、兄の地位を盤石に引き継いでいるではないか。義鎮が自身の待遇や命運に不満があるだと?ならば戦え!戦えば良いのだ!ワシらの如くな!」


 ビシ!と突き出され振り下ろさる鉄扇に怯えつつも、鑑連の言論を衝く隙を見出していた備中。そして主人鑑連のためにも、これを言上しなければ死ねない、とそんな近習の鑑の誇りを胸に、あと一歩、踏み出そうとしていた。


「そ、それですよ、それ!そのために、今日という日になっているのです!」

「なんだと!!」

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