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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
永禄年間(〜1570)
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第106衝 疑問の鑑連

 あの安芸勢が和睦も守り、戦の気配がすっかり消えたようなある日、臼杵の城にて老中衆寄合の最中の広間に、申次吉弘が慌てた様子でやってきた。鑑連の祐筆として末席に控える備中の目にはそう見えた。


 鑑連は場を弁えない申次の振舞いを咎めようとするが、先に吉弘が口を開いた。


「申し上げます。筑前立花山城城主立花鑑載、我が方に謀反を起こしました!」


 刹那、滇、と静まり返った老中衆。二呼吸過ぎて、


「な、なんだと」

「立花殿が謀反だと!」

「た、立花殿がか?!」


 騒然となる老中衆。鑑連は目を大きく見開いて、吉弘に問う。


「いずれ、安芸勢の手による誘導だろう」

「詳細は不明ですが、立花山城で兵を挙げ、大友の旗を下ろしたという事です。これは宗麟様の元に届けられた情報にございます」


 義鎮公発の情報か、と老中一同顔を見合わせるが、


「立花殿ほどの方が謀反を起こすとして、安芸勢と無関係なはずがないな」


と田原常陸が話を繋いだ。それで目が覚めた様子の吉岡が吉弘へ早口で命じる。


「とにかく詳しく調べろ。一体どういうことになってるのか、早急にだぞ。安芸勢が関わっているとして、門司城に加えて立花山城まで敵方に寝返ったら……筑前方面の大友方は崩壊する」


が、その不安はまだ尚早と、鑑連が似合わないことをする。普段辛辣なくせに、珍しく穏健な意見を吐いて見せたのだ。


「その前に、立花山城に使者を送ってはいかがか。義鎮公が得た情報についても老中衆として精査が必要だし、いきなり兵を送り込むのも、土豪どもの手前良くない。第一、休暇中のこの季節、すぐに動かせる兵がどれだけあるか」


 これに同調するのは田原常陸。


「立花山城は名城と言って良い。立地も良く大規模だ。生半可な兵力では、とても太刀打ちできんでしょうな」


 それを聞いていない風で吉岡が頭を抱えて曰く、


「今は宗像も、秋月も、麻生も、おとなしくしているではないか。和睦成立以来、筑前が不安定になった事はなかった。この一件、取り扱いを誤ると、一大事になるぞ」


 結局、情報が不足している為、義鎮公から情報に接してから行動を策定する、と決まる。寄合はとりあえず解散し、鑑連は戸次邸へ戻った。そして家臣を招集する。



 実戦を生き抜いてきた幹部連も、この謀反話について首をかしげ、直感から腑に落ちないものを感じていた。


「全く訳がワカらん。なぜ立花殿は謀反を起こしたのか」

「殿、この手の事情に最も通じているはずの吉岡様は何と仰せでしょうか」

「心当たりがない、としか言ってはおらんかった」

「臼杵様はいかがでしょうか」

「同じだ」

「筑前糸島(現糸島市)では臼杵様の御一族が城代をお務めのはずです。立花山城に近く、なにがしかの情報があってもおかしくないと思いますが……」

「それが本当に何の情報も得ていないのだとしたら、まず情報の真偽を問うべきだろうな」

「それはつまり……讒言でしょうか」

「可能性の一つだ」


 讒言。それが内から出たのか、外から飛来したのか。


「このまま立花殿の謀反が確実なものと認められれば……」

「当然、我が戸次隊も立花山城を攻めることになるだろう」


 備中にとって、立花殿は気心が知れた、とまでは言い過ぎでも、馬が合う人物である。これまで戸次家の為にも、商都博多に集まる数多くの情報を提供するという形で、協力関係にあった。前回、立花山城をにて立花殿と面談した主人鑑連も、初対面後の悪感情は払拭されていた。となると、


「今回の変事、これは殿は関わり無い事だろう。ではやはり安芸勢の仕業だろうか。しかし、和睦が為った今、安芸勢は雲州で戦いを継続中。こちらに兵を向ける余裕などないはず……」

「備中うるさいぞ、なにぶつぶつ呟いているんだ」


 独り言ちる備中を注意する戸次叔父、発言を促す。


「存念があれば発言せよ。こんな時だ、意見は多い方が良いだろう」

「は、はあ。それでは」


 と。そこに、吉岡家からの使者が飛んでやってきた。案内されてきたのは、備中もよく知る門番の兄であった。


「も、申し上げます」


 前に鑑連にシバかれた記憶が刹那蘇ったのだろう、言葉に詰まった門番兄だが、頑張って報告を続ける。


「さ、先ほど吉弘様の部隊が立花山城へ向けて出発したとのことです!」


 騒然とする戸次家一同。


「馬鹿な!速すぎるではないか」

「義鎮め。独断を決め込んだな」


 腕を組んで不敵に笑った鑑連。門番兄に質問を行う。かつてシバいた記憶はもう失せているのか、なかなか丁寧に尋ねて曰く、


「お使者、立花山城が謀反をしたといっても、筑前のどこかが攻められたわけではまだ無いのだろう。誤報と言う事はありえないか、と老中の寄合でも意見があった。明日にでもそれをお伝えするという事になっていたが、もはや時間が無い。それを義鎮公もとい宗麟様へ、吉岡殿よりお伝えするべきではないかな」

「はっ!主人長増、吉弘隊出発の直後そのようにいたしましたが、宗麟様曰く、真相を確認するために隊を遣わした、とのことでございます!」

「……では、ワシが今さら義鎮公もとい宗麟様に何か申し上げても意味は無いな。立花討伐は既定というワケだ」

「……」



「備中」

「はっ」


 門番兄が帰ったのち、鑑連は自室に備中のみを呼んだ。


「今回の件、不審である」

「はい」

「そこでだ備中。貴様急ぎ立花山城へ赴き、立花の言い訳を聞いてこい」

「はっ……はひっ?!」


 久々に無茶な命令が飛んできたため、脳を揺さぶられた備中。対して鑑連は嗤うばかり。


「結構なことじゃないか、貴様の尊敬する、立花様、にお目通り叶うのだからな。クックックッ」

「……か、かしこまりました、行って参ります」

「ほほう」


 決断が速いではないか、それほど立花が気にかかるのかね、と鑑連の目が言っている。事実ではあるものの、言い返したくなった備中。


「内部の讒言でなければ、外部からの調略の可能性もあります。これを確かめる事、肝要と考えます」


 殿の陰謀かと疑っていたのだぞ、と言ってやった備中。が、そんな蛮勇を鑑連は相手にもせずに忠告をしてくる。


「どうせ行くのだ。先入観は捨てて会ってこい。このまま行けば、立花は破滅だ」

「……はっ」

「かつて貴様は佐伯紀伊守に国外への道を指し示したが、今回も同じことが出来るとは思わぬ事だ」


 佐伯紀伊守の時の事を思い出していた備中に、鑑連の忠告は胸に浸透した。国外に逃げると言っても、もはや安芸勢の側か国家大友の側かしか選べない情勢になっている。


 立花殿を生かすには、降伏させるしかない、ということだ。


「吉弘隊は出発したばかり。今から急げば追い抜けるだろう。で、どの道を取るか、言え」


 鑑連が備中の目を覗き込んでくる。もう付き合いも長いのに、明らかに試しているかのようだ。最短距離の筑後を通るか、やや遠いが吉弘隊が恐らく通らない豊前を通るか。が、ここでの発言は重要な選択である気がした備中、直感に頼り、


「ぶ、豊前路より……」


 と小さく述べると、鑑連はニヤりと笑い、


「結構。よし、すぐにでも発て。ワカってるな。目的は真相を暴くこと。先走った連中に恥をかかせてやることだ。行け!」

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