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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
永禄年間(〜1570)
106/505

第105衝 劃策の鑑連

 国家大友と安芸勢の間で、ついに和睦が成立した。将軍家を仲介とし、互いの領域を相互的確認が為された。


 和睦の要点だが、豊前について言えば、門司城は安芸勢が、松山城は国家大友が領することとし、その証として、

香春岳城を破却すること

義鎮公の娘が毛利元就の息子に嫁ぐこと

大きくこの二点が定められた。そしてこの和睦は、両国一般及び都に置いて歓迎された。



 正式に和睦が成立してから、備中は不安な日々を過ごしていた。ます、内田の姿を見る事がほとんどなくなった。幹部連の噂では、筑後筑前豊前を頻繁に飛び回っていると言う。無論、鑑連の意を受けての行動で、何が裏企みされているのか……


 そして和睦の後なのに、仕官の途を求めて戸次家の門を叩く者は減らない。鑑連の好戦性を、武芸者や浪人らが歓迎しているからに他ならないだろう。そんな彼らに対して門戸を開きっぱなしの戸次家。もしや主人鑑連は、和睦をぶち壊しにしようと目論んでいるのではないだろうか。


 そう思い始めてから全く落ち着かなくなってしまった備中、いてもたってもいられなくなり、鑑連の部屋に飛び込んで行く。


 その相変わらずの性格を承知しているのか、鑑連は、無礼にも部屋に飛んできた備中を涼しげに眺める。そんな主人を前に、堰を切ったように喋り散らかしてしまう備中であった。


「殿、いけません。内田を使って和平をぶち壊すような真似をしては」

「なんだって?備中貴様、何を言っている」

「いいえ殿、ワカります。私にはワカるのです。殿のなさりよう、考えていらっしゃることがワカるのです。殿はようやっと出来上がった和睦をぶち壊そうとなさっている。確かに今回の和睦も、先行きはおぼつかないものがあります。また裏切られるくらいなら、それを破壊してしまおうと言う殿のお気持ちもワカります。より将来の安全に繋がる可能性が大きいのだ、という事も。されど、国家大友は長く続く戦乱に耐えられるでしょうか。ここいらで矛を倒さなければ混乱が広域に広がってしまうかもしれません。そうなれば一揆も頻発するでしょうし、結果、我々の生活も干上がってしまうかもしれません。どんな豪傑でも、永遠に戦い続けることはできません。応仁の大乱がどのような破滅を都にもたらしたかに思いを致してください。どんな強弓でも、ええと遠くまでは……なんちゃらという言葉もあります。ああ、どんな刀でも幾たびも敵を切れば刃こぼれします。無論これは敵にも起こり得る事です。今、毛利元就は嫡男喪失の落胆の中にいるとの話が広まっています。彼の人物の精神は、相当の打撃を受けたのだと。子に先立たれたのですから、信じるに値する話です。であればこそ。この機会に永続的な和睦を望むのもまた、正しい姿勢ではないでしょうか。和睦を主導しているのは吉岡様です。この吉岡様の殿へのなさりようは、確かに賛同できないものばかり。それでも我慢し、耐えて、ようやっと手に入れた努力と好機の間の子であるこの和睦を大事にしていくのは、恐れながら老中第二位である殿の責任でございます。将軍家への面目もあるでしょう。立花様からの情報によりますと、都を牛耳っていた三好殿は先日この世を去ったとのこと。そして将軍家はこれを密かに歓迎しているようだと。すなわち将軍家の実力が、以後いよいよ増していくことの予兆です。さればこの和睦は、将軍家と近しい大友家であればこそ、絶対に守っていかなければなりません。前回和睦を反故にした毛利元就も、さすがに将軍家には逆らわないでしょう。その毛利家より、大友家は上位の職、九州探題です。押しも押されぬ鎌倉以来の名門!将軍家に唾を吐くような真似をすれば、都から遠いこの豊後にあってもその気配、伝わってしまうでしょう。良い傾向もあります。戦続きであった豊前の国も、田原常陸介様がこれから万全に治めていくことと思います。あのお方は傑物だとの評判です。秋月、宗像といった不平不満土豪らも、これからは不遜な動きはし難いでしょう。西からは、高橋様、立花様がこれはしっかりと監督もされるのです。よって、和睦成立直後の今は、和平を堅守する立場で行動するべきと存じます。重ねて殿にはお願い申し上げます。この戦乱の中を通して、当家は国家大友最強の武門となりました。誰がなんと言おうと、全ては殿のご器量によるものです。これから殿の武名を頼って多くの武者たちが殿の門前に集まる事でしょう。その力を結集し練っていくこと肝要です。そうすれば、風雲が再度国を覆ったとて、これまで以上に対応できる力を得ていくことができるのではないでしょうか。今、きっと義鎮公もこれ以上の戦いはお望みでは無いはずです……心の底から。ご老中衆の皆様が義鎮公をご支援されれば、きっと良い大殿におなりあそばすのではないかと愚行つかまつりまする。どうぞよろしくお願いいたします」


といって長口上の後に備中が平伏した刹那、間髪を入れずに


「馬鹿者」


と、鑑連は備中を叱った。だがそれは比較的静かな声であり、こいつはこんなことまで説明してやらなければならないのかよ、といううんざり感が漂っていた。長々と舌を動かし余裕皆無の為、しまった、と顔にでた備中。


 だがこんな時の低姿勢は、主人鑑連にとっては逆効果になる。それがよくワカっていた備中は、平伏姿勢で顔だけ上げたまま、鑑連の言葉を待った。


 その強気が気に入ったのか、微かに嗤った鑑連は口を開いた。


「どこから話してやろうか……備中、世の中は動いているのだ。豊後と安芸の戦だけが全てではない。知っているか、我らが門司に視線を奪われている間、隣のそのまた隣の肥前で吉岡ジジイの計画が動いていた、小弍家の残党を、勢力拡大著しい佐嘉勢へぶつける、というものだ。見事に失敗し、結果、佐嘉の龍造寺一門はさらに存在感を増した。ジジイのしくじりだ。他にも、あれほど精強であった出雲の尼子家も、毛利元就の執念の前にもはや風前の灯。吉岡ジジイに操作されてしまう事もある戸次家とて、いつそうなるかワカらんではないか」


 どうやら備中の迸る言葉を、ぼんやり聞いていたわけではなさそうだった。


「今は何も話す段階ではない。よって、貴様の代わり映えのしない忠告、情報として覚えておいてやろう」


 退出を命じられそれに従った備中だが、意外であった。激高の末、しこたま踏み付けにされて蹴り出されるかと思ったが、主人鑑連は上機嫌とまではいかなくても、恐ろしげな闘気は放たれていなかった。


 よかった、とため息をついた備中、罰無しに感謝し、直訴したもやもやをすっかり忘れ、廊下を歩き始めた。

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