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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
永禄年間(〜1570)
104/505

第103衝 精到の鑑連

 季節の割には珍しく暖かいその日、臼杵の城は厳かな雰囲気に包まれていた。義鎮公の息女が輿入れのための儀式が行われているためだ。


 老中臼杵弟の完璧な段取りの下、まだ幼さも残るその公女は、四国土佐を目指して出発し、海を渡っていった。


 九州一の大名の娘が進むのだから無論、きらびやかな船出であった。さりとて君主の子に生まれるというのも、良い事ばかりではない、と独り海を進む船団を見ておぼろげに感じる備中。


「これは将来への布石なのだろうなあ」


 国家大友家は安芸勢と、相変わらずの和睦交渉を行なっている。すでに一年近く経った休戦状態のおかげで大友領国は安定してきているが、それだけに様々な不穏な噂が飛び交っており、備中の手にも飛び込んでくる。


 先般、老中の寄合に出席した事で、森下備中の名声が急に上昇した。老中筆頭吉岡や田原常陸と言葉を交わす関係にある事もその名声を裏打ちし、急増した他家からの挨拶や問合せをさばいていると、気づけば老中らの寄合に自然と出席するようになっていた。


 実態を承知している家中の幹部連は、一人を除いて何も変わらなかったが、


「わ、私が近習筆頭なのだ……」


 焦った内田は、がむしゃらに出世を目指して仕事に邁進していた。体を壊すなよ、と忠告した戸次叔父に対して、


「び、備中だってがむしゃらではありませんか」


と涙目で溢したというから辛い。戸次叔父からは、


「殿のお指図だから気にする事はないが、内田に優しくな」


と忠告されるも、職権を行使することに慣れていない備中には、それも難しかった。どうしたって、内田は侮蔑と捉えるだろう。



 花嫁を乗せた船が海の霧の彼方へ消えるか消えないか、ぼんやり眺めていた備中。


「何を黄昏ている」


 いつの間にか、隣に石宗が同じく膝を抱えて座っていたため、備中は悲鳴をあげる。


「はっはっはっ!」

「も、もう前ほどは驚きませんよ」

「そうかそうか」


 海の小々波が響く中、石宗が問答をふっかけてくる。


「姫の船出に何かを思う?」

「いや、別に……」

「いいから何か言ってみろ」

「……」

「おい」

「そ、そうですね……」

「……」

「一条様は三位少将の地位にある極め付けの名家ご出身。輿入れ先で、きっとお幸せになられるでしょう」

「ははっ」

「なんです。真っ当でしょ」

「確かにな。だが、戸次様の下に居る者としては……失格!」

「え」

「幸せなものか。本当に幸せか?」

「そりゃ、幸せでしょう」

「ははっ。解説してやる。一条様と宗麟様は従兄弟同士なのは知っているか?」

「あ、そうなんですね」

「知らんのか!……まあいい。で、姫は継室として、一条家に輿入れするのだ」

「あ、一条様の前の御台様はお亡くなりに……」

「いや、離別だ」

「え!」

「ははっ、驚くなよ、戸次様も離別者だろうが」

「それはまあ……しかしなぜ」

「戸次様が入田の方を離別したのと同じ理由だと思うがね」

「それってつまり……」

「つまり、なんだ?」

「……用済みになった、という」

「はっはっはっ!」

「うわっ!」

「……大当たり。まあそういう事だ。一条家は屈指の名門だが、大友家の力はそれを凌駕している。国家大友にとって一条家が用済みになれば、姫は豊後へ帰ってくる事になるかもな」

「不吉な事を……天道がそう言っているのですか」

「まあそうだ」

「……そうなんですか」

「そりゃそうさ。天道は嘘つかない……!」

「……」

「おい、どこへ行く」

「屋敷へ戻ります。仕事が溜まっているので」

「そのようだな。貴様、ここに来て急激に名声を高めているようだしな」

「……」

「そうだろ?」

「な、なにか聞いていますか?」

「何かって」

「う、噂とか?」

「傲慢でイライラする、とか」

「え!本当ですか」

「いやあ、これは内田殿の噂」

「あ、そうですか……」

「ははっ!お前は心配しなくても良いぞ。腰が低くて色々やってくれると、良い方での話が多い。近習衆の間でのやっかみは致し方あるまい。どうしようもないものだ」

「ほ、本当かな」

「吉岡様、というより田原常陸様と懇意なのはやはり大きいな。彼の方が主導した例の撤退行。犠牲は出たが、命を落とさず豊後に帰国できた連中はみな、田原常陸様に感謝しているし、好意を寄せている。その方と仲が良いのだ。評判は芳しくもなるわな」

「へ、へへへ。そうですよね」

「と言ってもしかしだ。田原常陸様は政敵も多いからな。田原家に転職などしない方が良いとは忠告しておこう」

「敵が多いのですか」

「誰?なんて聞くなよ。それくらい自分で調べてみる事だ。ほら、さっさと行けよ」



「なんだ、まだいたのか」

「ひ、一つだけ」

「ほほう、なにかね」

「石宗殿は今回の和睦が長続きするとお考えですか」

「知らん」

「知らんって……」

「そんなもの、それがしの感知するところではない」

「で、では天道はなんと仰せですか」

「お前、天道の御導きを信用していないくせにそんな事を聞くのか」

「いや、その……」

「不心得者には教えなーい」

「えー……」

「それがしの意見などよりも、主君がどう考えているか、しっかり把握しておけ。お前はそれなりの地位にいるのだから、そこから転落したくなければな。必死の内田殿は頑張っているのではないかね」

「……」

「はっはっはっ!」



 臼杵、戸次邸。


「備中、どこでサボっていた」

「左衛門」

「そろそろ殿が戻られるのだぞ……我ら近習衆、いつでもその御心に沿う対応ができねば如何というのに……!」

「そ、そうね」

「貴様!近習筆頭は私なのだ!お前がどれだけチヤホヤされていても……」

「あ、殿がお帰りだ」

「殿、おかえりなさいませ」


 備中が意識を向けた方角に、平伏する内田だが、そこには戸次叔父が居るだけだ。


「?」


 首を捻って廊下を去って行く戸次叔父。備中を鬼の形相で睨む内田だが、鑑連の悪鬼面には遠く及ばない。ヘラヘラ笑いながら去る備中。やはり立場は人を強化するものだ、と実感をするのであった。



 その後、本当に帰ってきた鑑連が幹部連を広間へ招集した。そこで鑑連曰く、


「数日前、企救郡の山中で、駐屯する安東隊が門司城兵と交戦した」


 戸次叔父、戸次弟、由布、十時、内田、そして森下備中の全員が驚愕する。


「安芸勢は休戦を破ったのですか!」

「まだ詳細は不明だ。つまり、国家大友家中では、ワシらしか知らない。由布」

「……はっ」

「これより由布隊のみで企救郡へ向かえ。それも選抜して、強行軍がこなせる強者だけでだ。いずれ判明するだろうが、少しでも吉岡の目を欺く。田原常陸にはバレても構わん。安東隊と合流して、敵を門司城へ押し戻せ」

「かしこまりました。すぐに出発します」

「気をつけてな」


 鑑連も由布には優しい言葉を欠かさない。備中は高い地位よりも何より、鑑連の温かみが欲しいなあ、と思うのである。


 由布が出発した後も広間では会議が続く。


「しかし、門司城兵は何故出撃したのだろうか」

「大軍が動いているという報告はありません。備中、そうだったな?」


 戸次弟に問われた備中、すかさず回答する。


「はっ。立花様からの情報によると、安芸勢の軍勢は、出雲国から伯耆国まで展開しているということです」

「吉岡ジジイや臼杵の知らせでも同じだ。間違いはあるまい」


 備中が立花殿の文書を読み上げてもツッコまなくなった鑑連。


「門司城がなぜ血迷ったかは由布と安東が調べるだろう。我々は出陣の準備だけはしておくのだ。春も近い事だしな」


 いずれにしても、国家大友内部の情報戦で鑑連は優位に立っている。備中はこの事実を痛感し、抱えている書状の束に一層の重みを感じるのであった。

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