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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
永禄年間(〜1570)
103/505

第102衝 睥睨の鑑連

 鑑連、老中筆頭の吉岡を差し置き、口火を切り、


「諸君、登城ご苦労。本日の議題を申し上げる。

 一つ、安芸勢の近況について。

 一つ、安芸勢との和睦の進捗について。

 一つ、筑前豊前の安芸勢について。

 一つ、宗麟様のご懸念事について。

主としてこの四つである」


 一拍置いて他の老中を睥睨し、続ける。


「ワシらには各自専念してきた任務がある。よってこの寄合は全員の合意を得る事を目的とはしない。各々が行う予定に基づき、どう動くのか、を互いに承知しておく。国家大友ではこれが重要である……では、安芸勢の近況について述べる」


 はっきりと述べる口調で続ける鑑連。膠着した門司の戦線は縮小している事。しかし、戸次の分隊が企救郡に張り付いている事。敵の総大将だった毛利隆元の死について確認が取れた事。それでも出雲攻めは継続されている事。他の詳細の事。無論、備中の知らない事情も数多く、普段見る主人の姿とは異なって見え、新鮮であった。


「安芸勢の首魁、毛利元就にとって嫡男の死は堪えたろう。それでも出雲は解放されず、今や、数万の軍勢が白鹿城(現松江市)を囲んでいるというから、もう城が助かる見込みはない」

「我らが安芸勢と和睦をするには今を置いて他には無いということだな」

「仲介役へは長年無駄金を払ってきたが、ようやく活きてくるのだな」

「その将軍家の動きは?」

「将軍家の動きは活発です。毛利家と我らの間で、実に引きが強い」

「将軍家が活性化しているということは、そのうち足元を掬われるんじゃないかね」

「かもしれん。だから、和睦を結ぶなら早く始末をつけねばな」


 すでに周知であるが、鑑連は和睦には反対の立場だ。だがもはや、鑑連はこの場でそれをしのごの騒ぎ立てたりはしない。


「交渉にあたり堺から来た芸者の他、懸案となっているのは?」

「鑑連殿のおかげで芸者はもはや問題ではないよ」

「草の者はいたかな」

「はあああ、万が一の用心さ」


 鑑連と吉岡、笑って弄り弄られる。そこに、各方面への交渉を務める老中臼杵弟が割って入る。


「門司城(現北九州市門司区)、香春岳城(現香春町)、松山城(現苅田町)の帰属を巡って、折り合いがつきません」

「だろうな。そなたまさか、安芸勢が門司城を手放すとでも?」

「さすがにそれは。しかし、香春岳城、松山城は取り戻さねばならんでしょう。示しがつかん」

「示しって誰へ?」

「決まっている。秋月、麻生、宗像、筑紫等の連中だ。連中の横暴に、我が方の土豪衆からの苦情が凄い。やれ言う事を聞かない、やれ不誠実だの。それでも今は表向き服従したフリをしているが……」

「安芸勢の動きが低調ですからな」

「クックックッ」


 吉岡と臼杵弟の会話は、鑑連が嘲笑いによって切られる。


「随分と嫌われたものだが、ところで田原殿。松山城を落とすことはできるかね、和睦中の今」


 いきなり話を向けられた田原常陸だが微笑みを浮かべて発言する。備中の目には楽しんでいるようにも見える。


「ダメです。海から兵も物も補給が続いている。和睦交渉に汗をかいたほうがなんぼもマシです」

「なら杉一族の安全を認めた上で、当方への引き渡しを求めるしかないな」

「同感ですね」

「落ち着かない連中の列に杉が加わるだけでは?」

「今はやむを得ないだろうよ。それで、香春岳城については?」


 鑑連も無闇滅法に雷を落としたりはしない。普段、落とされているのはやはり自分に至らない点があるからなのだろうなあ、等と考える森下備中。彼は、並み居る老中たちを前に、堂々たる姿で寄合を進行させる主人の姿を美しいと思いはじめていた。


「今回の和睦は将軍家が入るのだ。流石の毛利元就でも、こればかりは簡単には破れない。破ればその名声に傷がつくし、嫡子が死んだ後、安芸勢内部で混乱もあるだろう。今度こそ、長期的な和睦になる」


 自信たっぷりの老中筆頭吉岡の発言だが、鑑連は辛辣だ。


「保証が将軍家だけでは信頼できん。諸君はどうかね」


 これに臼杵弟、田原常陸、志賀安房守の順に、


「信頼に足ります」

「きっと破られますよ」

「まあその時に考えればいいじゃないですか」


と発言。和睦維持二人、破綻二人、どちらでも一人、という具合で、全員の視線が志賀安房守に集中する。


「そんないい加減な事で、安房守」

「老中職にある者として、もっと熱心に考えもらいたいな」


 珍しく吉岡と鑑連、それぞれが苦言を述べる。これに一番年若い志賀安房守が狼狽すると、臼杵弟が曰く、


「安房守は可能性としては、どちらが大きいとお考えかな」


 田原常陸すかさず、


「志賀安房守殿は肥後方面に通じているのだ。豊前事での問答は、筋が違うでしょう」


と割って入る。


 それでもしばし考えていた志賀安房守は、若壮年らしく答える。


「四年……いやもう五年前、阿蘇の大宮司が亡くなりました。六十いくつの年齢故、別におかしい事はありません。今、安芸の毛利元就は幾つでしたか。やはり六十の坂を越えている。であれば、誰もが次を予感せざるは得ないでしょう」


 ずい、と出てくるのは老中筆答吉岡。


「ほら、志賀安房守も和睦は守られる、と考えている」


 が、訂正したのは他ならぬ本人で、


「待ってください。順当に行けば、次の後継者は死んだ息子の嫡子のはず。しかしまだ若く、若すぎると言って良い。なら、孫に安定した強い領国を残すため、むしろこれから戦に奮闘するのでは?」


 黙ってしまう吉岡と臼杵弟。比して笑みを浮かべる鑑連。常に微笑を湛えている田原常陸が彼らの心中を代弁する。


「思えば、先代義鑑公も若くして大友家督を継がれたが、義長公、親治公の補佐を受けて国力を充実させました。幼君を戴くという事は、その幼君を守るために周囲が攻撃的にならざるを得ないのかもしれません」

「それは……その可能性もあります」


 臼杵弟がそう同調してギョッとする老中筆頭吉岡。和睦は堅守されるとするのが自分のみとなってしまった。やや不機嫌に、


「将軍家の保証はそれなりの重さを持つだろう。それこそ前回の和睦よりもな。で、香春岳城の話だったな。あの城をどうするのか、だが……」


と話を戻した。そう、この寄合は行動を変えさせるためのものではない。互いの行動の再確認のためのものなのだ。


「すでに香春岳城主は自害して果てている。よって城を破却して、それを持って松山城引き渡しの材料とするつもりで安芸勢へも話を進めている」

「香春岳城を破却ですって?」


 異論を唱えたのは田原常陸である。


「豊前を守る常陸殿には不満かね?」

「不満というより心配です。田川郡、嘉麻郡で何か事が起こった時、どうなさるのですか」

「西に立花殿と高橋殿がいる事をお忘れかな」

「ご両名に負担を強いることになります」

「致し方ないじゃろ。その代わりに、いくらか権限を分与すれば、文句も出まい」


 だが、筑前筑後は管轄外の志賀安房守が口を開く。


「これまで安芸勢はかなりの調略を仕掛けてきたはず。肥後土豪衆に流れる噂の中に、安芸勢が高橋殿としきりに文書を取り交わしている、と言うものがあります」

「単なる噂だ。それこそ毛利元就一流の調略というもの。高橋殿は我らを裏切ったりはしないよ。安心なさい」


と、言い含めるように話す老中筆頭吉岡、鑑連を見る。すると全員が鑑連を向く。その見解を待っているのだ。備中は、主人鑑連が如何に強力な存在になったか、思い知るのであった。


 四人の同僚を前にふんぞり返った鑑連は厳かに口を開いた。備中はふと思う。鑑連の家臣たる自分が同席を許されているのも、その権限の強力なるためなのではないか、と。

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