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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
永禄年間(〜1570)
102/505

第101衝 先行の鑑連

 義鎮公と主人鑑連の会談は、翌日の朝まで続いたということか。雉鳩の鳴き声と共に、一見仲良く屋敷から出てきた両人に、なにやら異様な空気を感じた橋爪殿や近臣、備中ら待ちぼうけ組。義鎮公は終始無言であったが、鑑連は備中の目には上機嫌に見えた。


 では臼杵での再会を、と主君へ恭しい挨拶を行った鑑連は歩みだした。相変わらず何事も言わない義鎮公をそのままに。



 一人去り行く主人に追いついた備中。二人きりで歩く主従もまた、無言である。府内の町の中心部の方角へ歩み続ける。


 何も言わない主人を前に、備中は考えを広げる。夜通し続いた義鎮公と鑑連の時間、その蓋になり続けた石宗。退館時、沈黙を続けた義鎮公。機嫌の悪くない鑑連。どのような出来事を連想しようか。


 強訴か、あるいは主君押込か、その両方か。どうのような形であったとしても、老中吉岡の意に適うものであったことは間違いない。主人鑑連が、自身の名声に泥を塗る危険を冒してまで行った行為に、何も意味が無いなどという事はあり得ない。


 鑑連は備中へ義鎮公を呼び寄せろ、と命じ、備中は命を果たした。結果、何も言わない鑑連。恐らく何事も計画通りに上手く行ったのだ。無言が証明している、と判断してよいはずだ。


 確信的にそう考えていると、いつの間にかに戸次叔父邸に着く。ここで鑑連は初めて口を開き、


「備中」

「は、はっ」

「これより急いで臼杵へ戻るぞ。そして老中衆を招集する。貴様はその為の文の案を考えておくように」

「ぜ、ええと、全てのご老中へ?」

「そうだ。名前を全員言えるか」

「も、もちろんです」

「安芸勢への交渉実務役は吉岡ジジイにやらせてやるが、義鎮の内諾があるこの機会に主導権を奪取するぞ」


 やはり何かの内諾を得たのか。今回の調整は戸次家志賀家合作の美技だ、と備中もじもじする。


「なんだ」

「志賀様へのご返礼は……」

「貴様が考える必要はない」


とピシャリ。自分にはお楽しみのおこぼれは無いようで、肩を小さく落とす備中。とは言いながらも、ああ、いつもの主人鑑連だ、と安心もするのであった。女遊びの悪癖は、やはり無縁のものであったのだと。



 臼杵城内。


 その日、鑑連の主導によって、老中衆が全員集合することになっていた。戸次主従はすでに広間にて待機している。備中は事務取扱及び書記として出座を許されており、広間に入ってくる大友家の大幹部たちを一人一人、観察する機会が与えられていた。


 まず来たのは吉岡長増。老中筆頭で国の内外問わず万事を担当している。鑑連を見ると、恭しく礼を述べる。


「はあああ、鑑連殿が義鎮公を説得してくれたおかげで、我ら老中衆の威厳を保つことが出来そうだ。礼を言うよ」


 なんの、と礼を受け流す鑑連。この押しも押されぬ国家大友の実力最長老は、十年近く見てきた所、軍事的な手足が伴わず、家臣に傑出した武者も居ないようだ。また、安芸勢との折衝では黒星が続いており、義鎮公からの信頼も損なわれ始めている可能性もあるのでは、とも思える。しかし、重要なことは、


「吉岡様は、義鎮公擁立の立役者である。主人鑑連とともに」


 この事実が持つ意味は重く、それを思えば義鎮公も吉岡を切る捨てることは容易でないのだろう。無論、主人鑑連も。


 大友家督と老中衆の間には、確かな緊張感がある。さらに鑑連と吉岡長増には軍事的な志向に明確な相違がある。しかし義鎮公と相対する場合には、妥協と共栄が期待できる。共栄に影が差すとすれば、力の均衡が崩れた時、だろう。


 そうしみじみ思いに耽っていると、目がさめる程にすらりとしたる美丈夫が入ってきた。老中第三位の臼杵鑑速である。交渉能力に長け、軍事能力にも一定の信頼が置け、経験にも不足していない、という高い評判があり、さらに同じく大幹部であった臼杵兄が卒中か何かで急死した後の混乱を、速やかに収拾した度胸と実績の持ち主である。常に漂う物静かさが、その佇まいをより洗練させている。良く言って吉岡が人を信頼しているとして、軍務は鑑連、折衝は臼杵弟に分担委任しているのだろうが、その状況を鑑連はどう考えているのか。


 鑑連にとって臼杵家はただの権門ではない。亡き父の後妻の実家であり、義母の兄弟に当たる臼杵弟は嫁入りする妹の代父になってくれていたりと、深い関係にある。だが、鑑連には自身の立身をこれまで実力で切り開いてきた自負がある。故に、先代義鑑公の時代から権勢を維持する臼杵家を信用していない。もっと言えば、戸次家不遇の時代に、臼杵家が鑑連を抜擢することは無かった。


「鑑連殿」

「うん」


 こんな事情があるのだろう、と備中は思う。その証拠は、鑑連も臼杵弟も互いに極めて簡素な挨拶しか交わさない。鑑連からすればすでに下位の臼杵弟に遜る必要もなく、臼杵弟からすれば鑑連は危険な挑戦者であるはずであった。現状、この静かなる老中は鑑連から遠いと言うしかない。



 次に広間へ来たのは田原常陸介である。備中を見て笑顔を示してくれたこの武将には贔屓目にも華があった。豊前の制圧、水軍の編成、撤退行の指揮を成し遂げた功績が名声を高め、彼の自信を裏打ちしているようだ。そんな彼の弱みと言えば、田原一門と大友宗家を血に拠って結びつける役割を持つ者が今は分家筋にあり、それが義鎮公の義兄であるという点だろう。


 主人鑑連がどの箇所で義鎮公と妥協したか、備中はまだ知らされていない。だが、寵臣である田原民部をさらなる高位につける事は、交渉されているはずだ。そして田原常陸はそれを決して許さないはずだ。今回の老中衆の寄合がどのような進展を示すのか、想像しただけで恐ろしくなる備中である。



 最後に、志賀安房守が来た。名門の子息らしい落ち着いた振る舞いの人物、という点以外はこれといって心に文言は浮かばなかった備中だが、この人物も義鎮公とは血縁によって強く繋がっている。ましてやあの志賀前安房守の嫡男だ。吉岡、戸次、臼杵、田原に比べて派手な所が無くても、主人鑑連は決して蔑ろにはしないのだろう、と思う。


 こうして現在の老中衆が一同に会した。


 吉岡長増 万事、調略担当

 戸次鑑連 粛正担当

 臼杵鑑速 筑前、筑後担当

 田原親宏 豊前担当

 志賀親度 豊後南郡、肥後担当


 この寄合に同席できるということは、貴重な体験だ、と前向きに考えるほどには、森下備中も成長していた。会議が始まった。

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