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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
永禄年間(〜1570)
101/505

第100衝 偽装の鑑連

 備中と門番による橋爪殿の説得は、意外なほどに上手く行った。


「どうぞ宗麟様へお取次をお願いいたしたく……」

「戸次様と吉岡様の御家来に頼られるとは。光栄です。任せなさい」

「ありがとうございます」

「その代わりではありませんが、お二方へどうぞよしなにお伝えください」


 義鎮公に近づく橋爪殿の背中には、直向きさが輝いていた。


「あんたの見立て通り、あっさりと上手く行くとは……」

「拍子抜けだがまあ、一門を率いるとは大変な事なのさ。ほら、ペコペコしてくれてる」

「それでもともかく、感謝いたしましょう」


 主人鑑連がイヌと呼ぶ橋爪殿だが、事情はともかく、まず良い方なのだ。田原常陸が先の戦いで、その苦労を評価していた事を備中は思い出していた。



 南蛮寺の休憩室。


 正面に義鎮公が座り、悠然と構えている。その近くに、橋爪殿が座る。そして下座の森下備中。門番は、吉岡の家臣はいない方が良い、と言ってせっかく掴んだ好機を備中に委ね、席を外してくれた。


 せっかく掴んだ好機。それには間違いなかった。森下備中、生まれて初めて拝謁する義鎮公に緊張の度合いが激増である。


「森下……備中。伯耆守の家来じゃな」

「は、ははは、はっ」


 これは橋爪殿の言葉である。義鎮公と橋爪殿が、橋爪殿と備中が、それぞれやり取りをする形で言葉を交わしあう。これは貴人と下々の対面なのだ。


「森下備中は、先の戦いで田原常陸介様が賞賛を惜しまなかった戸次家の武士です、備中そうだな」

「お、お、恐れ多い事です」


 いきなりの直球にビビってしまう備中。橋爪殿は満面の笑顔であるため、善意からに違いない。


「ほお、あの田原常陸がのう。人を褒めるとは」


 義鎮公の尊大な話しぶり、その言葉に険を感じたのは備中だけではあるまい。橋爪殿が方向転換を図る。


「本日は、巷に流れる噂の件を、伯耆守様のご家来に確認してみようと愚考仕りました」


 早速来た。さらに緊張する備中。


「おお、あれじゃな。儂も聴いている。ふは、ふははは……」


 義鎮公が笑う、皮肉な乾いた笑い方をする方だ。しかし備中は驚いた。橋爪殿は知っていて然るべきかもしれないが、自分が撒いた情報がもう義鎮公の耳に入っているとは。府内といえ狭いのか。


「森下備中、今、この府内には、伯耆守様に関する噂が流れている。ご存知かな」


とこれは橋爪。元気良く返事をする備中だが、


「あ、あっ!」


 声が掠れてしまう。さらに緊張。橋爪殿は明らかに備中に配慮して、優しい口調で伝える。


「緊張する事はない。誰も咎め立てているのではないのだ。ただ宗麟様は武勇絶倫の伯耆守様が、よもやの放蕩三昧という話に、興味をお持ちなのだ」

「そうじゃ鑑実。あの無骨者がなあ」

「どうなのかね」


 ようやく入り口に入った備中。このまま首尾よく行くだろうか、と不安一杯でたまらないが、懸命に懸念を振り払う。説得と言っても、お目に欠けたい面白い出し物を、主人鑑連がすでに用意しているのだから。


「お、恐れながら申し上げます。橋爪様ご下問の巷の噂につき、それは事実でございます」

「ふは、ふははは!あ、あの戦争以外に関心がない鬼が、花街に?それが本当なら、大変な事だ。ふはふは!」


 義鎮公の馬鹿笑いが響く。橋爪殿も喜色を示して曰く、


「はっ、伯耆守様近習の森下備中がそう申しております」

「どこの花街だね、もしかして北にある……」

「森下備中、どこだね!」

「はっ!こ、この南蛮寺より多少北の寺町の手前です」

「鑑実、儂も今、堺の芸者に畿内の風俗を学んでいる所である。豊後のそれと比較検討してみるのも一興だな。伯耆守はまだ居るのか」

「森下備中、伯耆守様はまだご逗留中か」


 来たぞ来たぞ、ここは自然に、元気よく。


「はっ!」

「よし、すぐに参ろう」

「ははっ、この森下備中が案内するでしょう」



 南蛮寺から三十分程。場所が場所なだけに、それほどの人数ではない。橋爪殿他、義鎮公の近臣ばかりだ。ちゃっかり門番も付いて来ている。


 やはり、大友家当主が花街に直行するのはいかにも外聞が良くないので、寺町の僧侶へ挨拶をする建前を取って、そのついでに鑑連が篭る館へ向かう。道中の会話の中で、


「ほう、志賀前安房守の行きつけの。そこに伯耆守が」

「はっ、森下備中はそう申しております」

「両名さほどに仲が睦まじかったかの」


 本当は、大友家専属の咒師の角隈石宗様もそのようですが、と言いたい備中。それは我慢する。


「こ、こちらです」

「ここか。ふはは、ふは。緊張するのう。あ、そなたらはここで待て。伯耆守に会うのは儂だけでな」

「はっ」


 背徳の館の中へ、義鎮公は消えていった。


「……」

「……」


 ふいに無言になる一同。中で何が展開されるのか、興味が無い者は居ない。橋爪殿が来る。


「備中、何が行われるのかな」

「お、恐らくは……」

「恐らくは」

「会食……?ではないかと。少し芸者が舞を踊るような」


 備中の妄想ではこれが限界である。橋爪殿、苦笑いして曰く、


「その程度なら、宗麟様はご満足なされないかもしれませんぞ」

「そ、そうですか」

「ま、まあ今回は、あの戸次様が花街にいる、というのが興味の根幹にあるわけで。それくらいでも良いのかもしれませんが」


 だが、義鎮公は中々出てこない。


「遅いな……」

「はっ。ご様子見て参りましょうか」

「だが、宗麟様の言葉、あれは付いて来るな、とのことだったからなあ」

「で、では牛太郎を行かせましょうか。お、お牛!」


 石宗の真似をして牛太郎を呼ぶ備中。あ、この通で小粋な感じ、快感かも……と増長していると、不機嫌そうな牛太郎が現れる。


「なんざんしょ」

「我らが主人の様子を見て来てほしい」

「そんな不躾な事、できませんよ」

「そう言わずに」

「ダメですって」

「そ、それならこれで」


 こっそり銀子を握らせる備中。無論自腹である。


「えへっ、しょうがねえな。行ってきますよ」


 踊るように向かう牛太郎だが、直ぐにトンボ帰りしてきた。


「ど、どうだった?」

「いやなんか、部屋の前に立ってた御坊の旦那が気にすんなって。追い返されたよ」

「な、なんだと」

「森下備中、御坊の旦那とは?」

「つ、角隈様です」

「あの方が居るのか、なら安心かな」


 そういう橋爪にびっくりの備中。意外と信任を得て居るのか、あの怪僧は。上手く取り入りやがって……


「くっ、仕方ない。おいお牛、銀を返せ」

「御坊の旦那が、備中はそう言うだろうが返す必要は無い、と仰せでしたぜ」

「うぐっ」

「へっへっへっ、失礼しやす」


 備中らの前から去り、客引きを再開する牛太郎。憎々しげに睨む備中へ、橋爪殿が慰めるように、


「森下備中、角隈様がいるのだ。それに戸次様は立派な御仁。何も心配はあるまい、私の取り越し苦労だったようだ」


 おや、と備中は思った。思えば橋爪殿は、父と叔父を義鎮公と主人鑑連に粛清されている。どこに原因があったにせよだ。それなのに、義鎮公はともかく、実際に手を下した鑑連にも害意が無いようだ。


「煩わせてすまなかったね」


 これはある種の達観なのだろうか。しかし、それほどの苦労をしている人物が自分如きに親身にしてくれるのだ。この方の恩義に報いるために、多少の恥は我慢しよう、と備中は牛太郎への復讐を心の水に流すことにした。

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