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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
永禄年間(〜1570)
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第99衝 虚飾の鑑連

 府内は豊後最大の町だったが、大友家の当主たる義鎮公はそれより南東の地、臼杵の城を住居としていた。城は海によって隔てられた閉鎖的な島にある。府内で続いた謀反騒動に心を痛めているのであれば、確かに身の安全を確保できる場所であった。しかし、府内に比べれば不便極まる場所であり、府内の民衆は、


「義鎮公がまた府内に出てきているらしい」

「海っぺりからか?また南蛮寺へ行く為かな」

「熱心に良く続くね。町に戻って来ればいいのに」


と噂しあう。


 臼杵は豊後一の都、府内に代わり得ず、南蛮の僧侶たちも豊後における活動の拠点を府内から変えたりはしない。この町には相当数の信者がいるのだ。南蛮寺に用がある場合は、豊後国主と言えども自ら出向くこともある。



 府内の各有力者の館へ赴いた森下備中は、そこで主人鑑連の新たなる趣味であるとして、放蕩三昧について大いに喧伝する。


「はっ、義鎮公もとい宗麟様と話題を共有したいと……」

「しかし根っからの傾奇者ではないため、教えを乞うべきか、としきりに悩んでおりまして」

「とはいえ事が事だけに、家臣一同心配をしておる次第で……はい」


 備中は各当主に目通りが叶う身分ではないが、吉弘邸、朽網邸他あちこちで、義鎮公に近く南蛮寺にも顔が利く人々へ、つまりは鑑連がイヌと呼ぶ類の家へ噂をばらまく。このような工作活動に従事しながら、考えてみればもう鑑連に仕えて十数年、元来社交的でない自分も変わり、慣れてきたなあ、としみじみ感じ入る瞬間がある。橋爪家の関係者に面会した時、顔だけは知っている武士に会った。田原常陸による撤退行の時に命拾いしたというその武士は備中の事もよく覚えており、


「宗麟様は明日、南蛮寺へ到着されるそうですよ」


と教えてくれた。蒔けるだけの噂は蒔いた。後は、義鎮公が面会謝絶を解いてくれるかどうかにかかっていた。義鎮公との面会後の案内を考え、頭の中で地図を描きつつ歩む備中。


ーーー

          湾


花街             大

               分

   南蛮寺         川

        大友館跡


ーーー


 府内、南蛮寺。


 鑑連が籠っている花街からもそう遠くない場所で、おあつらえ向きである。顔立ちの深いと言う南蛮人の僧侶は……今はいない。聞けば、肥前に行っているそうで、では義鎮公はただ視察に来ただけなのだろうか。


 境内に人だかりが出来ていた。間違いない。その中心にはかつて燃え盛る府内で主人鑑連と見た、さらに言えば、主人鑑連と別府の湯を堪能していた人物がいた。大友義鎮公である。さらに備中は取り巻きの中に、橋爪殿が居るのを見出した。噂話は届いているだろうか。特別に話しかけることが出来る用事を抱えていない備中は、その周辺を徘徊するしかなかった。


 離れて義鎮公の行動を見ているうちに、ある事に気が付いた備中。これはお参りである、と。寺や神社に大切な願い事をもってそれを神仏に相談するために足繁く通うのと、これは同じ行動である。そこにお邪魔するのは余りに不躾か……悩みぬいた備中、もはや目力で訴えるしかなかった。ろくに話したことも無いが、戦場で負けてばかりの橋爪殿が自分の事を覚えてくれていたら……懇願するが如き視線でじっと凝視してみる。だが、効果は無かった。そもそも森下備中は影の薄い文系武士であるのだから無理もない。


 どうしたもんかと考えていると、正面に見知った男が立つ。間違いない、この男を私は知っている。


「門番殿」

「備中殿」


 吉岡家の門番であった。嬉しそうに話しかけてくる。


「ここで会うとは奇遇だな」


 そう言った門番は、ふと思い出したようにいきなり周囲をキョロキョロし始める。


「へ、戸次様はどちらに?」


 どうやら恐怖の対象を確認しておきたかったようだ。今はいないと伝えると、ホッとした様子で、一呼吸着いた。


「それより、さっきから宗麟様を見つめているな。確かにお目にかかることは少ないからな、禍福と思うべきなのかな」

「門番殿はどうしてここに?」

「私は……まあいいか。ご存知の通り、私は吉利支丹門徒だから。主人吉岡の指示もあるがね」

「へえ、どんなです?」

「大した内容では……あるようでないな。宗麟様のご機嫌を取れるようなネタを拾ってくることだよ。私はこの南蛮寺にも通じているからな」


 義鎮公が吉岡にも面会を拒否していることを思い出した備中、


「なるほどね、それで収穫はあったかい?」


 任務に対し少し誇らしげであった門番だったが、成果は無いようで、


「いやあ、ダメだね。宗麟様とお話しする機会はあったけど、まるでダメだ」

「そりゃ残念だったね。吉利支丹びいきでも、公私の線引きを怠らない、ということかな」

「いや……というよりも、宗麟様は利益と幸運を求めて吉利支丹を保護しているだけだからな。それ以上でもそれ以下でもないよ」

「そうなんだ。てっきり、吉利支丹宗門の教えに詳しいのかと思っていたけれど」

「そういう訳ではなさそうだね、残念だけど」

「利益と幸運か……」

「そうそう」

「……」

「どうした?」

「利益と幸運……」

「?」


 備中、頭脳に閃きを覚えた。


「利益とは何かな。金とか、鉄砲とか」

「まあねえ、あとは南蛮の珍品名品とかかな……」

「なら幸運は?」

「宗麟様なら子宝じゃないか。御曹司ご誕生の時は、吉利支丹を保護したおかげ、という事でさらに南蛮寺を手厚く処遇したという話だぜ。三年前にもうお一人男子が産まれているし」

「幸運……それは稀有な事……」


 鑑連の指令をこなす為の名案を構築できた備中。門番に向き直り、超真剣なまなざしを投げかける。門番はちょっとだけ照れた。


「うん、その線で行くか!」

「きゅ、急にどうしたの」

「門番殿、お願いがある。どうか義鎮公に取り次いでくれ」

「ええっ!」

「あんたならできるよな。だって吉利支丹なんだろ」

「簡単に言うけど、大変なんだぜ。橋爪様に掛け合わにゃならんが……あっ」

「どう?」


 門番も何やら閃きを得た様子で、


「あんた確か田原常陸介様と親しかったよな」

「ど、どうかな」

「橋爪様は先の戦いで命を救ってくれた田原常陸様に感謝しまくっているらしい。その線で攻めれば取り次いで貰えると思うぜ」

「めんどいなあ」

「あのなあ……私から宗麟様へ直は無理だぜ。そんな身分違いな事したら、主人に叱られてしまうよ」

「橋爪様なら?」

「まあイケるよ」

「いいかい。この作戦は義鎮公の吉岡様への面会謝絶を解くためのものなんだ」

「……そうなの?」

「吉利支丹の神に誓って。だから協力してほしい」

「……まあ、我々は古い付き合いだ。いいよ、やってみるか」

「やった!感謝するよ!」

「上手く行ったらホント、頼むよ」


 こうして共同作戦を約束した備中と門番は、じりじりと橋爪殿に接近していった。

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