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大先生、雷撃す。   作者: 蓑火子
天文年間(〜1555)
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第9衝 通塗の鑑連

「殿、隈本城が見えて来ました」

「なんだ、攻めやすそうな場所にあるのだな」

「菊池の殿が防衛よりも統治を主目的に入られた場所ですからねえ」

「築城したのはかの鹿子木翁です」


 阿蘇のあらくれに負けじと博学を披露した備中だったが、これは余計な一言だった、と後悔する。病的に負けず嫌いの主人を前に、かつて大いに尊崇された肥後の盟主の名を出すべきでは無かったと。だが鑑連は意外にも怒らなかった。さらにいつもの様に無視するでも無く、


「ふん、もう死んどる。死ねばそこでお終いだ。貴様は死人をありがたがるのか、ん?」


と、うそぶくに留まった。これは奇跡だ、と備中は肥後の中心で奇瑞に触れた気がした。


「よし、攻城支度だ、キッチリやれよ」

「殿、阿蘇家から御使者が」

「備中、聞いておけ」


 南からやってきたその使者は大いに慌てていたが、報告を受けた備中はそれ以上に動揺し、千鳥足で鑑連の下へ走る。


「た、大変です!肥後南郡の衆が、菊池の殿の呼び掛けに応じて兵を挙げました」

「何!」


 嚇怒する主人鑑連が叫ぶ。


「南郡の衆とは誰だ!」

「はっ、八代城主の、ええと、その」

「相良しかいないだろうが!」

「はっ!すでに阿蘇家の兵も松橋付近で襲われ、敗退した模様!」

「うふ、それは早いな!」


 このセリフは阿蘇のあらくれへ向けての物であると、備中は確信をした。そんなどうでも良い事をいちいち考えつつ、鑑連へ向き直る。


「殿、如何いたしますか!」

「へえ、こんな時はワシを頼りにするのだね」

「いえ……その……はい……そんなっ! いつも頼りにしてますとも!」

「致し方ない、竹迫城まで引くぞ。寡兵で敵地に孤立するのはいかにも不味い……坊主の見立てはなんだったのか、確かめよ」


 すでに控えていた石宗は陣幕の外側から明るく声を発した。


「はっはっはっ! 戸次様、まだまだこれからです!」

「クソ坊主め……」



 残念ながら隈本城(現熊本市)から離れる事が決まった戸次隊。来た道を無事に引き返す。騒がしい城が見えてきた。


「殿、どうやら竹迫城はまだ落ちていません!」

「ははっ、だろうね」


 これは石宗のちゃちゃである。


「おい、紀伊守はどこだ」


 陣から出迎えに来ていた佐伯紀伊守、鑑連の前で片膝をつく。


「おかえりなさい、戸次様」

「肥後南郡で阿蘇の兵が相良の兵に敗れたぞ」

「なんと」


 感動少なく、なんと、と言う。反応が鈍いなあ、と嘆息する備中。


「どうするね」

「……」

「……」


 黙考の紀伊守にイライラを募らせる鑑連。ちょっと長い思考時間が過ぎて紀伊守曰く、


「現状維持で行きましょう。敵に弱みを見せるわけにはいきません。包囲は続け、迎撃可能な体制は整えておきましょう」

「なんだと、無策でか。今のうちに敵本拠地を襲うべきではないのか」

「はっはっはっ、紀伊守様はワカっていらっしゃらない」

「あなたは?」

「戸次様の軍師だ。何度でも言いますが、紀伊守様は戦をワカってはいらっしゃらないご様子」


 いつからアンタ軍師になったの、とツッコミたくてしょうがない備中。佐伯隊の将が色めき立つが、紀伊守の反応は鈍い。石宗が天地の利について熱弁するさまを居心地悪げに、聞いているのかいないのか、陰鬱な表情を変えすらしない。


「紀伊守様のなさり方は、天が与えた好機を見過ごすもの。咎めがあるでしょうぞ」



 方針はまとまらない。その内に、本国豊後から義鎮公から書状が届いた。


「肥後の叛徒討伐皆ご苦労。佐伯紀伊守の知略すこぶる頼もしく、諸将方々はその指揮指示を遵守すべきこと、早期の終息に必須だろう……」



 戸次の陣に、鑑連の怒声が響く。


「なんだありゃ!」

「まあまあ……」

「なんだと!ゆ、許せん……おい先生、天の咎めとは一体いかなるものか!」

「はっはっはっ!」

「笑ってんじゃないよ、弁解いたせ!」

「天の鞭が振るわれるのはこれからですよ、これからです」

「……これからだあ?」

「なるほど、紀伊守は討伐の責任者になりはしました。ですが、肥後南郡が反大友に立ち上がった以上、長期化は必至。夏まで終わらんでしょう。すると、あの短気で評判の義鎮様が我慢できるか……というわけです」

「ほう……」

「この場合、後のカラスが先になる、の好例でしょうな!はっはっは!」

「はっはっは!そうかそうか?本当に?」



 佐伯紀伊守が堅実な戦いを堅守するなか、戸次隊の指揮官は批判を止めない。


「いつまで悠長に構えているつもりか」

「城を囲んでいるだけでは功績を稼げぬ。パアッと平野の一戦に及べる知恵を、大将には期待したいの!」

「佐伯のグズめ!殿のご寵愛にあぐらをかくな!」



 そんなある日、ついに竹迫城が降伏した。


「えっ、もう?」


 強い者が弱い者を、一方的になぶる。戦国とはそういう時代である。

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