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孤独

作者: 戦艦大和

 夜更けだというのになかなか寝付けない。慣れた布団でないとやはり感覚が違うものなのだろうか。ベットの脇に置いてあったペットボトルの蓋を開け、水を一口放り込み長い息を吐く。

「なんじゃ、お前さんも寝付けんのか?」


 私の物音に反応したのか、隣のベットから少ししわがれた声で話しかけられた。

「ええ、まあ」

「まあ、慣れん環境ならそういうこともあるじゃろう。なら、少し儂の話し相手になってくれんか?ああ、心配せんでもこの病室に他の患者はおらん」


 ゆっくりとカーテンが開かれる。隣のベットの住人は初老の男性だった。

 特に断る理由もなく、少しは気がまぎれるだろうかと考え、私は返事を返した。

「いいですよ。眠くなるまででいいなら」

「おお、そうか。ありがたい。年を取ると寂しくなるものじゃ。儂はもう長くないからの。おっと縁起でもない話をしてしまったのう」

 もう白髪となってしまった頭を掻きながら、詫びを入れる初老の男性に私は「いえ。そんな」と返した。


 正直どうでもいい。特に興味も沸かない。

 私はこの先が長くともいい未来が待っているとは到底思えない。

 真面目に生きてきたというのに、たった一度の過ちで全てを失った。

「……お前さんのことは隣にいたから少しは知っておる」

 つまらなそうにしていたからだろうか。男性に冗談めいていた口調が真面目なものになった。


「事故、それも加害者だったそうじゃな。それも会社の車で。控えめに言っても災難じゃったな」

 いきなり飛び出してきた小学生ぐらいの女の子を轢いてしまった。しかも車にはドライブレコーダーがついておらず、被害者たち以外に目撃者がいなかった。そのせいで、母親はあることないこと言いたい放題だ。メディアにはとんでもないでっち上げを書かれ、母親は悲劇のヒロイン扱い。警察もすでに完全に私の過失として処理し始めている。幸い血縁者は皆他界しており、迷惑をかけずに済んだ。

 あの時壁に衝突して怪我さえしなければ最悪の事態を回避できたかもしれない。少し右足の包帯を恨めしく見る。だが、それはすでに過去の話。今ではもう犯罪者に仕立て上げられたことに対して憤怒さえ抱かない。どうしようもないことだと言い聞かせ、窓の外へと目線を追いやる。


「ええ、不運ということでは片づけられませんがね。もうどうしようもないことなので、諦めもすぐにつきました」

 窓の外を眺めると、外は月明かりなく静寂に包まれ、どこか寂しさを感じる。すっと遠くを見つめると少しだけ心が和らいでくる。

「諦めか、それはちと早いんじゃないかのう」

「えっ?」


 再び男性の方を見ると、柔和な表情を浮かべていた。

「まだ、君は何も成し遂げていないじゃろう。諦めるような年でもないじゃろうに。」

「ですが、今からでは社会復帰も難しいですし、遺族への賠償金も払わなければなりません。こんな状態じゃあ希望も何も持てませんよ」

「確かに、君はこれからたくさんの苦労をするじゃろう。死に物狂いで生きていかなければならないかもしれないのう。でも、君はそれほど多くの経験をしていない。物事を否定的に考えすぎている。まあ、儂と君じゃあ年が離れすぎてるから考えていることもずれてるかもしれんがのう」

「……」

 言い淀んでいると、男性が続ける。


「それに、君が思ってるほど世間は君を嫌っていないじゃろうし、君が思ってるほど世界は君を拒絶しないじゃろう。ちと悲観が過ぎるようじゃな。まあ、責任はきっちり取らねばならんじゃろうが」

 自分が思っているほど……か。確かに卑屈すぎたのかもしれない。もう少し希望を持ってもいいのかもしれない。

 少し眠気が出てきた。気分が上向きになったからだろうか。

「……すみません。もう寝ます」

「ああ、おやすみ」

 もう少しだけ生きていてもいいのかもしれない。



 朝日の眩しさと騒がしさで目が覚めた。どうやら隣のベットで何かあったようだ。近くにいた看護師に事情を聞いてみる。

「何かあったんですか」

「ええ。ぐっすりと寝ていらっしゃったからご存じないかと思いますが、隣のおじいさんが昨晩お亡くなりになられました」

「え?」

 昨晩?深夜私と話をしていたはずだ。じゃあ、私が見たのは夢だったのだろうか。

 不思議に思っていると枕元に紙が置いてあるのが分かる。手に取ってみると「えほうめさぬ」という言葉の羅列が書かれていた。裏には気持ちの悪い虫の絵柄が描かれている。

「どうしたんですかそれ?」

 看護師に尋ねられたが、自分でも分からない。気味が悪くなったので、看護師に捨ててもらうことにした。



「しかし、奇妙な縁を持っていましたね」

「亡くなった患者さんのことかい?」

 デスクワーク中に話しかけられた医者は、作業を止めることなく看護師の話を聞いている。

「まさか、お孫さんを轢いた人間と同じ病室になっていたとは思わなかったでしょうね」

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