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狭い世界が自分のすべて

 ジークは書庫の奥へ移動して、壁を背にして座り直すと、隣をポンポンと叩きここに座れと視線で指示した。

 ディアナは少し警戒しながらも、二人分の空間をあけて隣に座る。


「何だよ、警戒してるのか? もう大丈夫だ、お前のお陰で正気に戻ったからな」

「……もう治まりました?」


 チラリと視線を向ける。視線の先に気付いたジークは気まずそうに答えた。


「お前だって男なんだから、気持ちはわかるだろうが」



 わかりません。ルーク王のを見たことならありますけど。簡単に治まるような代物では無さそうでしたよ? だって一晩中……



 ディアナはセラフィーナの聖域で見たあのシーンを思い出し、目をぎゅっと瞑って激しく首を横に振り残像を打ち消した。


「はぁ……お前はまだまだ子供なんだな。悪かったよ」


 ジークはその行動を自分に向けた物だと勘違いし、謝った。


「この書庫の事、どこまで知ってる? 司書のベイジルからは聞いているのか?」

「ここに1000年前の王家の記録が残されていると聞いただけです」

「では、なぜこんな場所があるのか知らないんだな。まぁ、直系の者以外関わる事もないからな。お前は偶々歴史に興味を持って入っただけだろう。関わってしまったからには、きちんと理解して口を(つぐ)め。良いな?」


 ディアナはコクリと頷いた。


「この場所は、ルーク王の御世に宰相だったローゼンバーグ公爵の意志を継いだ息子が、魔女と言われたセラフィーナ様の兄、ナヴァロ侯爵とその息子の手で作った場所だ。

 その血族にしか入れない結界が張られている。これはセラフィーナ様の兄が施した物だ。セラフィーナ様は異例だが、代々長子が魔力を持って生まれる家系らしい。それは今でも続いていて、こうして結界を張り続けている」

「あの、ナヴァロ侯爵の息子って?」


 ジークは横の棚からナヴァロ家の家系図を出して見せた。セラフィーナの日記に書かれていた子供の名前がある。ディアナが見た物とは別の、ナヴァロ家の家系図の写しのようだ。子供の欄には男の子が2人書かれていて、その長子を指差す。


「この方の子孫がベイジルだ。

 そして、この次男となっている方は、セラフィーナ様とルーク王のお子様だ。ご本人にはそのことは伝えず、ナヴァロ家の次男としてお育ちになり、他国の姫と縁を結ばれた。

 その後もローゼンバーグ家とナヴァロ家でその存在を見守って来た。

当時の宰相は后となったシャルロッテ様の異常さにいち早く気付き、ルーク王に進言したが駄目だったらしい。世継が出来ない事を嘆き、妹のせいだと騒いでセラフィーナ様に毒を盛った。お前もここの歴史書を読んだんだ、知ってるだろ。

 その後塔には結界が成されてしまい、誰も入る事が出来なかったが宰相の判断で毒殺により亡くなったとされ、それ以上の追求はさせなかった。恐らく塔の中には亡骸が眠っているのだろう」



 正解です。セラフィーナ様は当時のままの姿で塔に眠ってますよ。それにしても、シャルロッテの異常に気付いたのに、誰も手を打てなかったのかしら? 宰相様には魅了の力は効果なかったのね。耐性のある人も居るということか……ルーク王に耐性があれば、何て考えても意味ないけど、シャルロッテに操られなければ子孫繁栄間違いなしで、誰も悲しまなくて済んだのに。



「この書庫には本来王となる筈だったセラフィーナ様とルーク王の血を受け継ぐ方々の記録が残されている。現王妃ベアトリス様は二人の子孫だ。

今の王を廃してベアトリス様を女王としてお迎えしたかったのだが、当時、他の派閥が王との婚姻を進めていたらしい。婚姻が成されてしまった後も王に見向きもされずにいたベアトリス様を、何とか女王に据えられないか画策していたら、いつの間にか王の手が付いていた。アデルハイト様は正当な王位継承権をお持ちだが、あの方を次代の王にする事は国を滅ぼすに等しい。

既に300年以上前から王家は機能していない。世継ぎをもうける事だけに集中し、政治にはまったく目を向けない愚王が続いている。国を動かして来たのは宰相と重臣達だ。娘達を側室に差し出しその見返りで懐を潤す一部の貴族は王家存続派として我々と対立している」


 政治的な事は何も知らされていなかったディアナは衝撃を受ける。


「革命をお考えなのですか? 今の王家を廃して、新しい指導者を迎えようと?」

「この国の初代国王は偉大な指導者だったが、二代目国王は跡継ぎの教育に失敗し、ルーク王は花嫁の選択を間違え国を窮地に追いやり、その後も現在に至るまで影響を残す呪い等とふざけた事を言って国を惑わせ続けている。後に続く王家の者も同様だ。言い方は悪いが屑ばかりだ。まったく新しい血を入れるのでは反発も大きいだろうが、王家の血は継いでいる。今は聖女と言われているセラフィーナ様の血筋だ。国民は歓迎してくれるだろう」


「え? 聖女って何ですか? 呪いの魔女ではなかったのですか?」

「平民の間では、国を守った聖女として昔から崇められている。当然だろう、彼女一人の力で4年に及ぶ戦争を終わらせたんだぞ? 夫や恋人を戦地に送り、戦死したと知らせを受けた者が何人居たか。しかも毎年重くなる税に苦しめられて来たんだ。国民は馬鹿じゃない。彼女のお陰でその後も守られているとわかっている。この数百年の間に聖女セラフィーナとして貴族にもかなり浸透している。彼女を呪いの魔女と呼ぶのは王家に擦り寄る寄生虫だけだ」


 ディアナの中の常識が根底から覆された。王城の敷地内から出ずに暮らしてきたのだ。シーラが仕入れてくる情報が世界の全てだった。シーラも王城内に勤める王族側の人間としか交流は無い。今は王妃付き侍女長として差配を振るっているが、ディアナの世話と侍女の仕事で急がし過ぎて、外の世界に疎いのは仕方のない事だった。たまに会いに来る母は楽しい話しか聞かせなかったし、殆どの時間をもう一人の娘アデルハイトに費やして、ディアナの事はシーラに任せきりだった。


「ジーク様、初めてお会いした時、呪いの噂について話してくれましたよね? 本当の事も含まれていましたけど、よく知らないと言っていたのは何故ですか?」

「お前に本当の事を教えて大丈夫かなんて、あの頃は分からなかったからな。学生が興味本位で調べているだけだと思った。だから噂になっている事をそのまま教えたが、今更どうしたんだ?」


 ディアナは心がざわざわして怒りなのか悲しみなのかよくわからない感情が溢れ出し、ザッと立ち上がると両手を握り締め、これまで思っていた言葉を一気に吐き出した。涙はとめどなく溢れ、書庫の床を濡らす。


「王家に……王家に生まれた双子の妹姫は……しきたりだと言って今まで殺されて来たんですよね? どうして誰も止めなかったんですか? そのお陰で国が安泰だとか、皆本気で信じてるんですか? 呪いなんて無いって、知っている人がいたのに真実を公表しないのは何で? どうして? どうして1000年もの間この問題を放っておいたの?!」


「ディーン、いったいどうしたんだ」


 突然取り乱すディアナに驚きジークは手を伸ばすが、ディアナは早足で出口へ向った。


「ディーン待て、ちょっと落ち着け!」


 図書館を出たディアナは、それから塔に向って走り出した。


「ディーン!」


 ジークはディアナを追って来た。

 しかし結界の森に入り、ディアナの腕を掴みかけたところでフッと姿が消えてしまった。同じルートを進んでも小さな石碑が並ぶ場所へ来てしまう。それから何度繰り返しても、ジークはディアナの居る場所に辿り着けなかった。


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