身バレの危機
城の図書館へ通い始めて数週間経った。
魔法に関する本は見付かったが、保管の仕方が悪かったのか虫食いだらけで、その内容を知ることは難しかった。わかった事は魔法は万能では無いという事。
セラフィーナが石礫を放ったとあったのは土使いだったからだ。大地を切り裂く土使いは訓練次第で何万もの兵に値する戦力となる。他には命を育む癒しの水使い、嵐を呼び雷を落とす風使い、心を惑わす闇使いなどがいる。闇使いでも魅了を持つ者は異性の心を操り堕落させる。闇使いを利用できれば他国を滅ぼすのは簡単だ。しかし、欲深い者が何の知識も無くその力を持てばシャルロッテのようになってしまう。
1000年前でも希少だった魔法使いだもの、今の時代に一体何人残っているのかしら。この国には魔法に関する資料が少なすぎるわね。それに魅了使いに子供が出来ないなんて記述はどこにも無いじゃない。抜けたページに書いてあったのかしら? 塔に残っていた本には魔法に関する物は無かったし……どこかに其々の特性が書いてある本は存在するはずだわ。でもこの図書館で調べられるのはこれが限界みたいね。
どの本も、闇使いについて書かれていたと思われるページが切り取られていた。セラフィーナの日記には「何かで読んだ」とあるように、当時はそれが書かれた書物が存在したと言うことだ。それは彼女の実家にあった本なのか、この図書館にあった物かは定かではない。しかし誰かが意図的にその特性を隠したのは間違いない。
ジークは相変わらず朝から古書フロアに居て、ディアナが来るのを毎日待っていた。シーラの言っていた、午前中はアデルハイトと過ごしていると言うのは完全に間違いだと確信した。一体誰がそんな事を言ったのだろうか。
「ジーク様」
ディアナは遠慮がちに、いつもの閲覧用椅子に腰掛けたジークに声をかける。
「ん? なんだ、わからない所でもあったのか?」
「ジーク様は、いつもここで何をされているのですか? 噂に聞いたのですが、午前はアデルハイト殿下と過ごされているはずなのではありませんか?」
ジークは視線を逸らし、嫌な顔をした。どうやら聞かれたくない事だったらしい。ディアナはすぐ謝罪する。
「すみません。余計な事を詮索してしまいました」
そそくさとその場を去ろうとした時、手首を掴まれ人目に付かないフロアの奥の隠し書庫の前まで連れて来られた。何故こんな所に? と言う思いと、自分の正体がばれてしまったのかという焦りがない交ぜになり、不安な表情になってしまう。ジークはその顔を見て溜息を吐く。
「はぁ……一体、誰に聞いたんだ? 騎士団の誰かと知り合いなのか? それを知っているのはごく一部の人間だけだ」
不味い。シーラからの情報は極秘事項も入っているのだった。迂闊に喋ってはいけない事だったのだろうか。
「国王様から殿下と積極的に交流を持てと言われたんだが、初日でキッパリ嫌われた。以前お前がされたように、俺にも迫って来たんだが、まったく体が反応しなくてな。不能と罵られた。その後も何度か試そうとしていたが、ダメだった。言っておくが、俺はちゃんと機能するぞ。最近、俺は男色だったのかもしれないと思うようになってきたんだ。ディーンにはばっちり反応する。ホラ」
ジークはそこを見て視線を誘導した。ディアナは思わず視線の先を見てしまった。
「な……何を考えているんですかっ。今、そんな雰囲気では無かったですよね? なのに何で……」
「またお前の夢を見た。それを思い出してたら声を掛けられたんだ、仕方ないだろう」
「仕方ないとかそういう事では無くてですね、ちょ……こんな所で何するつもりですかっ。離れて下さい」
ジークはディアナを追い詰める、そこから逃れようと横に移動するうちに隠し書庫の壁のへこみにはまってしまった。ディアナは背後の壁に触れないよう注意して、それ以上さがれない状況に涙目になる。
前回おかしな事になったのはアデルハイトの使う香のせいだったはずなのに。
「ジーク様、もしかして今朝ここへ来る前にアデルハイト様のお部屋に入られたんですか?」
「何故そんな事を聞く? 毎朝の義務で朝食後は殿下の部屋に押し込められるんだ。部屋に入るのを確認する侍従がいるんだが、そいつが去るのを待ってここに隠れているんだ。お前が来るまで誰も居なかったからな。隠れるのに丁度良かった」
その体の反応はあの部屋の香のせいだと言おうとしたその時、顎を持ち上げられ唇を吸われた。左右は棚で前にはジーク、後ろは壁に見えてるだけで何も無いのに、壁に押し付けるように体を寄せて来るから、ディアナは下がれない分、押し返す様に抱きついた。
それがジークの思いに答えたと取られ、口づけは一層深さを増し、二人きりの広い古書フロアには時折り漏れ出る吐息交じりの小さな水音が響いていた。何とか押し返そうと体を押し付けると、今度は腰を擦り付けられた。崖っぷちに立たされたディアナは思わず半歩下がってバランスを崩し、壁をすり抜けた。
支える物が無い二人はそのまま壁の奥に倒れ込む。咄嗟にジークがディアナを庇うように頭を抱えて回転し、衝撃を和らげてくれた。ジークの上にディアナが乗る形でギュッと抱き締められた。
「ハァ……ハァ……何で……ディーンがここに入れるんだ」
「あ……」
口づけの余韻でまだ息の荒いジークは、この状況に戸惑い、ディーンに問いかける。
「ディーン、お前何者なんだ? ここに入れるのは宰相の血筋の者と司書の血筋の者。後は王族だけだ。お前まさか……」
「え、いや、あの……」
ディアナは動揺して言葉が出ない。
「司書の血族か? ディーンは魔女の兄の血筋の者だったのか?」
あれ? 魔女の兄の血筋……間違いでは無いわ。セラフィーナのお兄さんなんだから、血は繋がってるわよね。
ディアナはこくりと頷いた。これは決して嘘では無い。
「そうか、司書のベイジルがやけに気に掛けていると思ったが、それでか。ディーンはやけに落ち着いているが、ここに入ったのは初めてでは無いのか?」
「前に、一度入りました。歴史書を探していた時です」
「ああ、会ったばかりの頃、呪いについて調べていたな。何か分かったか?」
「その前に、ジーク様は、ここの本を読んだ事はありますか?」
自分の知っている情報は宰相の記した物だけじゃない。細かい内容で食い違う場面が結構あったはずだ。下手な事は言えない。
「ああ、家にある歴代宰相の記した書も読んだ。だから、呪いの正体も知っている」
ディアナは真実を知る人が他にも居た事が嬉しかった。自然と顔が綻ぶ。
「呪いなど無かったのですよね」
「そうだな。しかし、実際に子供が出来にくくなっている。伝わっている呪いは嘘でも、何か別の力が働いている可能性も捨てきれない。このままでは、王家の存続は難しいだろう。大体……いや、何でもない」
何かを言いかけて言葉を濁すジークをじっと見る。彼の腕の力が抜けたので起き上がろうとすると、何を思ったのかジークは上半身を起こしながら顔を近づけて来た。太もも当たりには何かが存在感を放っている。
「あ……失礼します」
ディアナは一言断って、ジークのみぞおちに重めの一撃を食らわせた。香の影響を消さなくては、まともに話も出来ない。
「カハッ……」
蹲るジークの上から立ち上がり、少し離れた。
「アデルハイト様の香の影響で、その様な事になっているんですよ。あれには催淫効果があるそうです。ジーク様が……その、発情してしまうのは、そのせいであって、僕に反応している訳では無いと思います」
ジークはジロリと恨めしそうにディアナを見て、腹を擦りながら起き上がる。膝を立てて座り、ガシガシと頭を掻く。
「成程な。今日は特に匂いが濃い気がした、だが殿下には1ミリも反応しないのは本当だ」
「……そうですか」
そんな事言われても、そうですかとしか言えない。
正気に戻ったジークはこの書庫について話始めた。