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彼女の聖域

 長い夢でも見ていた感覚に、ディアナはその場に座り込む。手に持った本は開かれたままだ。それはセラフィーナの日記だった。初めの数ページは思いのたけを書き殴った心の叫び、筆跡や文面から彼女の悲痛な心情が伝わってくる。その後は日々の出来事を書きとめていた。

 

『やっぱりシャルロッテにも魔力があったのね。魔力の豊富な私を羨んでいたけれど、15を過ぎた頃から魅了を使って男性を思うまま利用している事に気付いていたわ。父も兄も知っていながら何も出来なかったのね。異性には抗えない力だもの。婚約が決まってからはルークと対面させないよう細心の注意を払ってくれていたのに、強くお願いされてしまったら城への滞在を阻止できなかったものね。私も油断していたわ。扉を守る衛兵が姉を部屋に通すわけがないと信じていたから。

それにルークの事を信じていたのよ。会えば優しく抱きしめて、甘い言葉を囁いてくれた。突然変わってしまったのは、姉に会ってしまったからよね? 姉に心を操られてしまったのだと思わなくては耐えられない。

 魅了使いは子供が出来ないと何かに書いてあったわ。その影響はパートナーとなった男性にもおよび、子種が減ってしまうとも。王家の跡継ぎを生まなければならないのに、このままでは王家は滅びてしまうわ。


 シャルロッテ、自分の欲望の為なら他人を貶める事も厭わない非情な姉。私が王子の伴侶に選ばれた事が悔しかったのよね。双子として生まれ、裕福な侯爵家で何不自由なく育った人。でもあなたは知らない。私に強力な魔力があるせいで、血を吐く思いで訓練を受け、死にかけながら魔法の精度を上げさせられてきた事を。この国を守れとこの小さな体に期待されて生きてきたのよ。好きな人と幸せに暮らす事だけが私の望みだったのに』



 魅了の力……多分アデルハイトにもあるのではないかしら? 私、シーラにも言ってないけれど、魔力がある。たまに力が湧き上がって体が熱くなるから湖に飛び込んで鎮めるのだけど、今この国で魔力持ちが居ると知れたら大変なんじゃないかしら。まぁそんな心配しなくても、誰も私の存在を知らないのだけど。

 

 その次のページには自分を利用する父や王家に対する恨みが綴られて、それ以降はディアナが見せられたルークとの初体験の事を書き連ねてあった。この時の彼女の心情は知っているだけに胸が苦しくなった。


 最後のページには、死ぬ原因となった毒の菓子について書いてある。


『兄の名前でお菓子が届いたけれど、これは兄がくれたのでは無いわね。きっと毒が入れられているのでしょう。たまに食事にも入れられているけど、私に効果は無いわよ。自分を生かすためにどれだけの訓練を積んだと思っているのかしら。そんなに死んで欲しいなら、自分で終わりにするわ。ルークとの約束は破られてしまったけれど、私の意地でこの国だけは守ってあげる』

 

 え? 毒殺じゃなかったの? 他の本にはそう書いてあったのに、真実は自分で死を選んだの?


『この塔で永遠に国を守護します。残した子供と、その子孫のために』


 全てを読み終わったディアナは、この狭い空間を出ようと、回れ右して透明の膜を張った壁に向いた。そして、その時見つけてしまった。


「ひっ……」


 氷に閉じ込められたように時間を止めたセラフィーナの姿が、側面の壁の中にあった。入った時には台の上の本しか目に入らなかったが、彼女はクリアなガラスのような物に閉じ込められ、ただ目を瞑って立っているように見える。何かを祈る様に胸の前で手を重ねる姿はとても神秘的だ。


「これも魔法の力なの? 本人が亡くなって1000年もの間、結界が切れなかったのはこのせいだったのね。私、たぶんあなたの子孫だと思うわ。こんなに姿が似ていては、とても他人とは思えないもの。目の色はわからないけれど、髪の色が同じだし、顔はお母様にそっくり。ここでひっそり国を守って来たのね」


 ディアナは彼女の聖域を出て、机を元に戻した。


「ディアナ様? 今、いったいどこから……?」


 目を丸くしたシーラが室内を覗いていた。壁をすり抜けて出て来たのだから、驚いて当然だ。


「シーラ、ここに私達のご先祖様が眠ってるわ。あなたも会ってみる?」

「魔女の骨が有ったんですか?」

「違うわ、見たら驚くわよ」


 もう一度机をずらし、怖がるシーラの手を引いてセラフィーナと対面させた。


「ひゃっ、王妃様? に、しては若いですね。眠っているだけで、今にも目を開けて動き出しそうです。本当に亡くなっているんでしょうか」

「そこに彼女の日記があるの。全部読ませてもらったわ。シーラも読んでみたら?」


 シーラは恐る恐る日記を手に取り、読み始めた。


「魔女の呪いなんて無かったのよ。彼女は1000年前の戦争でこの国を救った魔女で、今でもこの地を守り続けている優しい女性だったわ。この塔の結界は、彼女自身を守るために張ったものだと思う」


 暫くして、鼻をすすり目元を赤くしたシーラが出て来た。


「セラフィーナ様がお可哀想で……こんな王家は滅びれば良かったのです。あんな目に遭ってもまだ国を守ろうだなんて。悪いのは魅了を使って男を誑かす姉の方ではありませんか。鎖に繋いででも家から出すべきでは無かったのです。この話は王妃様にもお伝えしましょう。この国を変えるきっかけになるかもしれませんから」

「シーラ、アデルハイトに魔力はあるの? 前に男性を侍らせていると言っていたでしょ。もしかして、魅了を使えるのではない?」

「まさか、それは無いと思いますが……今は魔力を持つ人なんて居ないに等しいのですよ」

「それはそうなんだけど、可能性として考えたのよ。違うならその方が良いわ。1000年前の出来事を繰り返したくないもの」


 シーラと二人で彼女の聖域を机で封印する。


 シーラに図書室の隠し書庫の話をして、そこにあった歴史書のことや、家系図の事を教えた。


「ではもう、図書室へは行く必要が無くなりましたね」

「え? 何で? 行くわよ、まだ知りたい事いっぱいあるもの」

「お知り合いになった男性に会いたいだけではありませんか? 王妃様とも話していたのですが、お年頃になったディアナ様を、いつまでも塔に縛り付けているわけにはいかないので、国へ帰そうかと言っておられました」

「国って? 私の国はここよ。どこにも行くつもり無いから、その話は金輪際しないでちょうだいね」


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