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天然タラシはどっち

 ディアナは自分が来た方向の人の流れを見ていた。前を通り過ぎる女性達が頬を染め、やたらと瞬きしてくる。そんな中、二人の女の子が近づいて話し掛けて来た。


「ねぇ、あなた暇なの? 良かったら私達とお茶でもしながらお話ししない?」


 同年代の女の子と話をするのは初めてだ。ディアナは嬉しくなり、満面の笑みで答えた。


「良いですよ。連れとはぐれて困っていたんです」

「まぁ、そうだったの。どのあたりで離れてしまったの?」


 ディアナはその方向を指差した。すると女の子の一人が腕を組み、ディアナの示した方向にあるカフェへ連れて行った。通り沿いにあるオープンカフェの一番目立つ席に案内され、まるで見世物にでもなった気分で席に座った。通りを行き交う人達は美しすぎる少年を見て溜息を吐き、余所見していた者同士で何人もがぶつかっていた。

 女の子たちは紅茶を注文する。ディアナが自分はお金を持っていないと女の子達に話すと、この少年は客寄せになると判断した店員はサービス致しますと言って紅茶を運んできた。女の子達の他愛もないお喋りは楽しく、終始笑顔で相槌を打っていた。ディアナの周囲にはいつの間にか人だかりが出来ていて、カフェは女性客で満席となり、入りきれない女の子は順番待ちの列を成していた。


「コラ、俺を置いて何一人で女の子達と楽しくお茶してるんだ? こっちは散々探したんだぞ」


 肩に腕を回され振り返る。

 ジークの登場に店内はさらに黄色い声が飛び交った。儚く美しい美少年と、精悍な顔つきの逞しい美青年の組み合わせは、女性達の心を鷲づかみにした。それは順番待ちの列にいた女の子数名が悲鳴を上げて失神するほどの破壊力を持っていた。


「ごめんなさい、人波に流されてしまいました。途方に暮れていたら親切な女の子達が声をかけてくれたんです。おかげでジーク様に見つけてもらえました」


 悪びれず、屈託の無い笑顔でそう言われると文句も言えない。ジークはガックリと肩を落とし、軽く睨んで頭を小突いた。すると「イヤァ」とか「キャッ」とか、周囲から声が漏れ聞こえる。頬を染め期待に目を輝かせた女性達の視線に耐え切れず、ジークはディアナの腕を掴み店を出た。


「あ、ありがとうねー」


 ディアナは手を引かれながら振り返り、女の子達に手を振った。キャーという、悲鳴に似た黄色い声が響き渡る。


「お前、あの状況でよく平然と茶なんか飲めるな。人だかりが出来てたから、まさかと思って覗いて見たらその中心にディーンがいてビックリしたぞ」

「女の子達とのお喋りが楽しくて気にならなかったです。同年の女の子と話をしたのは初めてで。なんであんなに話題があるんでしょうね。次々違う話に移って行くんですよ」

「お前は天然のたらしだな」


 ジークはディアナがまたはぐれてしまわないように、腕を掴んだまま屋台へ向った。パンの間に色々な野菜とソーセージが挟んである食べ応えのありそうなサンドイッチを三つ買い、城へと戻った。


「どこか静かに食える場所はないかな。さっきの女共の黄色い声がまだ耳にこびり付いてる気がする」


 ディアナはジークを湖に誘う。塔の近くに行けばシーラに飲み物を用意してもらえる、と短絡的に判断したが、結界があって他の人はその先には進めない事を思い出す。仕方なく遠回りして結界を避け湖の畔に向った。 


「よくこんな場所を知っていたな。静かで良い場所じゃないか。誰が使うのか知らないが、ベンチとテーブルまであって、ここで昼寝したら気持ち良さそうだな」


 ここは塔から程近い、ディアナが水遊びするために用意した場所だ。ベンチとテーブルはディアナの手造りで、いつもここでシーラに待っていてもらうのだ。


「ちょっとここで待ってて、近くに人が住んでるから、飲み物をもらってくる!」


 ディアナは塔に向って走り出す。ジークは森の管理小屋にでも行ったのだろうと気にも留めず、ベンチに座りサンドイッチにかぶり付く。




「シーラ! 大きい水筒にお茶を入れてちょうだい」

「まぁまぁ、どうされたのですか、そんなに息を切らして。調べ物はお済になったのですね」

「いいえ、それはまだよ。図書室で知り合った方と湖でランチを取る事になったの。サンドイッチを買って来たから、飲み物を取りに来たのよ。水筒と、外用の割れないカップを二つちょうだい」

「ディアナ様、まさか殿方とご一緒なのですか? あのような人気の無い場所で二人きりなど危険です。私もご一緒します」

「大丈夫よ。だって私は今男子学生のディーンなのよ? 男性が男性に襲い掛かるわけが無いでしょ」


 シーラは納得いかないが、自分が出て行ってディアナの正体がばれてしまうのも避けたいと思い、渋々水筒を渡した。男性の危険性について、きちんと説明しておくべきだったと後悔しながら見送った。



「お待たせしました。お茶をどうぞ」

 息を切らし戻ってきたディアナはジークからサンドイッチを一つ渡され、隣に座り食べ始める。パンの間には具がたくさん挟まっていて、こぼさず食べるのは一苦労だった。対してジークは既に一つ完食していて、二つ目も大きな口を開けて豪快にかぶり付いた。端正な顔立ちに似合わぬ食べっぷりだが、男同士の気安さで、まったく警戒していない事が窺える。

 普段はシーラと二人きりの食事だが、今日は見知らぬ女の子達とお茶をしたり、ジークと湖でランチも取っている。いつもと違う人との食事はドキドキして、ほんの少し緊張するけれど、いつもよりも格段に美味しく感じた。


「ディーンは食うのが下手だな。こういうのは大きい口を開けて豪快に食うのがいいんだよ。ほら、こうやって」


 ジークは最後の一口を大きな口を開けて頬張った。口の端にソースをつけて、まるで子供の様だとディアナは思った。ポケットからハンカチを取り出し、ジークの口を拭ってあげる。


「お前だって付いてるぞ」


 ジークは親指でディアナの唇を拭い、その指を舐めた。


「お、こっちも美味いな」


 ジークは何も気にする様子も無く、お茶を飲んで喋り始めた。

 ディアナはジークの行動に固まる。



 男同士ってこんなものなの? 私の口に付いたソースを舐めたわ。シーラだってそんな事しないのに、ビックリするじゃないの。それに直接唇に触れるなんて……。




 ディアナは恥ずかしさに耐え切れず、ジークとは反対を向いて食べる事にした。さすがに大きすぎて全部は食べきれず、半分残して紙に包み直すとジークに取り上げられた。


「食わないなら俺が食う。貸せ」

「あ、でも食べかけ……」


 構わずペロリと平らげて、ジークは満足そうに笑った。


「やっぱりこれも美味かったな。次は俺もこれにする。ディーンは明日も来るのか?」

「あ、うん。まだ調べたいし、読んだ事無い本がたくさんあるから」

「今日は? また戻って調べ物するのか?」

「気になるところがあるから、戻るつもりだよ」

「そうか、俺は行くところがあるから、もう行くな。学生達には気をつけろよ? じゃ、また明日」


 ジークはここへ来る時に通った道を走って戻って行ってしまった。


「また明日」


 ぽそりと呟く。誰かとまた会う約束をしたのは生まれて始めての経験だ。胸の奥がくすぐったい。勝手に頬が緩み、足取りも軽く塔に戻る。

 シーラは上機嫌のディアナの様子に男と何かあったのではと勘ぐるが、聞けば明日も会う約束をしただけだと言う。まだそんな心配をするような段階でも無い事に胸を撫で下ろした。


 ディアナは図書室に戻り、古書のフロアに下りる。学生達はまばらで、朝見た数の半分以下しか残っていなかった。古書のフロアに誰も居ない事を確認して、奥にあるという王族しか入れない書庫の入り口を探す。すると不自然に書棚と書棚の間に人一人分くらい壁が剥き出しになっている場所があった。

 何気なくその壁に触れてみた。


「へ……?」


 しかし壁だと思ったそこは手がすり抜けて、ディアナはバランスを崩し壁の中に転がり込んだ。振り返ると壁だと思った部分には薄い膜が張っているだけで、向こうが透けて見えていた。中は20畳ほどのスペースがあり、低い書棚に巻物や相当古そうな革張りの本が詰め込まれていた。そして一冊だけ、他の本とは明らかに扱いの違う貧相な本が、赤いクッションをひいた専用の台の上に乗っている。わかりやすく大事な本だと主張しているので、それを手にとって中を見た。


「1000年前の戦について書かれているわ……」




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