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夢から醒めない、えいえんに。  作者: 古池 鏡
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 大学の出版社から君の夢日記を本にしたいという話を頂いた。私は快諾して、いよいよ作家になった。私をきちがい扱いした友人たちが俺のおかげだぞ、と鬱陶しいので、きちがいのふりをして追っ払ったら、邪険に扱うことができない微妙な位置として、少し距離を置かれるようになってしまった。いよいよ作家となった私は、いよいよ本物のきちがいの仲間入りをさせられてしまう。


 金物屋で洗濯板を買う。行きつけであった喫茶店が休みの日を狙って、裏表が閉店中の板を取って、代わりに洗濯板をぶら下げてみる。

 怒りで蛸の様に真っ赤な顔の店主を思い浮かべて、可笑しくて仕方ない。

「なにしてるの?」

 驚いて振り向くと、バスの運転士の制服を着た泉さんが立っている。

「ここの店主に頼まれまして」

「なるほど。それは洗濯板?」

「ええ」

「ずいぶんモダーンな趣味をしている」

 と泉さんは感心したように云った。

 そのせいで、私は不安に陥る。もしかしてこれは、店主を、この店の経営を助けているのではないか。潜在的なセンスの良さが現れてしまったのではないかと。しかし今はその心配よりも店主と出くわす方が心配なので、

「芸術的かもしれませんね。僕はもう設置が完了したので帰ります」

 と云うと、

「ぼくも帰るから一緒に帰ろう」

 ということになって断れない。

「そういえば、この前のお婆さん怒ってたよ」

「すみません。まさか入れ歯をはめ直しているなんて思わなくて……」

「なんだと思ったの?」

「僕の顔に何かついていて、それを見て、必死で笑いを堪えているのかと」

「なるほど」

「泉さん、運転士さんだったんですね」

「うん、でもいま辞めてきた」

「え、どうしてですか」

「なんだか、バスは重い」

「なるほど、沢山の命を預かってますからね」

「……いや、物理的にね」

「……なるほど、たしかに。信号変わる度に、老人が重い腰を上げるような唸り声をあげますからね、バスって」

「バスって、そういう所あるよね」


 本の売り上げが思った以上に良いらしい。

昨夜たまたま聞いていたラジオのブックコーナーでも紹介されていた。

「今回の本はなるほど、夢日記ですね。書くと気が狂うというようですが、作者のえーっと竹林道家さん、なんだか物々しいペンネームですが、気は狂わなかったのでしょうか……。

 今回はこの夢日記の一章である「井戸に落ちた夢」というお話を夢の専門家である永田先生に解説していただきました。永田先生曰く、この夢は厭世的な考えが現れてると、そうして作者はひどく気落ちしている事が分かるということでした。ついでに夢占いで考えると、井戸は欲求や目標、そして落ちるということは不安を示すそうですね。つまりどういうことでしょうか。目標に対する不安かな? まあ難しいことは分かりませんが、本日はあなたが見た面白い夢、恐ろしい夢、不思議な夢のお便りを募集しています。今まで私が見た中で不思議な夢はですねえ――」

 なんだか解答を貰ったが、そもそも問題が間違っているので意味がない。

 馬鹿馬鹿しくなって眠った。


 久々に夢を見たように感じて起きると、しかし何もかも忘れてしまっていた。

 雨が降っている。外はしんしんと薄暗い。被さった雲が今にも落ちてきそうで、恐ろしい。

 町中が分厚い雲で封をされたせいか、いつもは聞こえない遮断機の音が鼓膜に絡まって、不安になった。

 ふいに突き抜けるようなカコンと云う音が聞こえた。それからまたしんしんと云う音が聞こえそうなくらい静まり返った。


「貴様は知らないだろうが、この地には俵藤さんと云う地主の家があって、大きな庭がある。そこにある鹿威しが、曇っている時にふいに聞こえる」

「まだこの地も慣れぬものよ」

「実家は何処?」

「東の都のその下である」

「どういう料簡でこの大学を目指した?」

「これと云った意味はない」

 私たちの後ろを女子大生が不思議そうに、奇妙なものを見るように通り過ぎて行った。

「変人に思われたかしら」

「それもまた愉快」

「愉快、愉快、愉しきものよ」

 友人はかっかと笑っている。


 この地では始終水の音が聞こえることにやっと気がついた。歩いていればその横を、水が流れている。

 雨が降った後のその流れは凄まじい。時に落ちてけがをする人もいるらしく、問題視されているようだが、私はこの水の流れが好きであった。

 笹で作った舟を浮かばしてみたところ、すぐに沈没した。

 悔しかったので、研究に研究を重ねために、家に笹を大量に持ち帰る。

 帰り道、行きつけであった喫茶店の扉に掛けられた洗濯板に、開店中と書かれているのを見て、悔しさが倍増した。

 友人から聞いたところによると、私のモダーンなデザインで客を集めているらしい。

「実はさ、あれは僕がやったんだよ」

「君はどうかしてるぜ、危ないよ」

 友人はそう云って私に警告した。


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