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彼女のそばに居られるのなら~五月雨葉月さんへの『クリプロ2016』参加特典ギフト小説~

作者: 日下部良介

『クリプロ2016』に参加してくれた五月雨葉月さんへの参加特典ギフト小説。

 明かりをつけるのも億劫だった。酔いと疲れでそのままベッドに倒れ込んだ。途端に意識は暗闇の底に沈んだ。



 授業をサボった。喫茶店のカウンター席に頬杖をついて眺めているのは彼女のきれいな手だった。ゆっくりとした時間が流れている。彼女のコーヒーを淹れる仕草が静かに時間を紡いでいく。不意に誰かの手が肩に置かれた。

「葉月、また彼女に見惚れているのか?」

 日下部だった。

「おまえ、授業はどうしたんだ?」

「お前に言われたくはないな」

「そりゃそうだな」

 僕たちのやり取りが耳に入ったのか、彼女がクスッと笑う。

「ところで葉月、お前、今夜は暇か?」

「まあ…」

「じゃあ、付き合え」

「どこに?」

「メンバーが一人足りないんだ」

「また合コンか?」

「いいだろう?よし!決まった。じゃあ、7時にF&Nな」

 それだけ言うと、日下部はとっとと店を出て行った。F&Nは日下部がいつも合コンの時に使う会員制のクラブだ。

「あまり気乗りしないようですね」

 彼女が聞いた。

「まあ、あいつとは腐れ縁だから」

 彼女がまたクスッと笑った。


 重厚な扉を開けると、黒服の男にVIPルームへ通された。

「遅いぞ!」

 他のメンバーは既に揃っていた。5対5の合コンだった。相手の女性は大手商社のOLだということだった。つまり、全員年上ばかりだ。合コンは日下部の独壇場だった。僕にとっては苦痛でしかない時間だった。持て余した時間を手繰り寄せるようにただ酒を飲んだ。日下部は女の子たちを引き連れて二次会へ向かった。既に終電はなくなっている。僕は仕方なくタクシーを拾った。なけなしの金を払って、ようやく部屋にたどり着いた。そして、そのままベッドに倒れ込んだ。



 目が覚めたらひどい頭痛がした。のどがカラカラだった。流しの蛇口をひねって直接水を流し込んだ。渇いた喉が水を含んで生き返る様だった。シャワーを浴びて洗いたてのTシャツを身に付けた。


 カランカラン♪

 ドアを開けるとコーヒーの香りに包まれた。

「いらっしゃいませ」

 彼女の声が心地よく響いて来る。僕はいつものカウンター席へ。彼女が熱いおしぼりを出してくれる。それを顔に当てて酔いと眠気を覚ます。

「合コンはいかがでしたか?」

「疲れた」

「ではこちらをどうぞ」

 彼女が出してくれたのはドミニカAA(ダブルA)。僕が来ることを予測して、焙煎したばかりの豆で淹れてくれたのだと言った。

「これはいい。疲れが一気に取れる感じだよ。それにしても見透かされてるなあ」

「はい。毎日通ってくれるお客さまですから」

 そして、「どうせ朝食も取っていないんでしょう?」とサラダとフレンチトーストを出してくれた。僕は食事を済ませて席を立った。

「あっ…」

 財布の中身が空っぽだった。昨夜のタクシー代で有り金をはたいたんだった。彼女がクスッと笑った。

「出世払いということで」



 大学を卒業して僕は中堅どころの商社へ就職することが出来た。入社と同時に地方の支店へ配属された。日下部は父親が経営する国内最大手の広告代理店に役員待遇で迎えられたと聞いた。支店では会社の独身寮に入った。こっちで借りていた部屋は引き払わずにそのまま契約を継続することにした。いつでも帰って来られるように。

 入社してから12月の中頃までは研修期間で、会社の施設でもある研修センターにほとんど缶詰め状態だ。週末は独身寮に戻ってゴロゴロする生活が続いた。

 研修が終わると、クリスマス休暇と年末年始休暇をまとめてもらえることになっている。そしたら、真っ先に彼女のコーヒーを飲みに行こう。


 カランカラン♪

 ドアを開けるとコーヒーの香りに包まれた。懐かしい。

「いらっしゃいませ」

「えっ?」

「どうかしましたか?」

 僕は店の中を見回す。

「あ、もしかして亜子さんですか?亜子さん、今、入院中なんですよ…。もしかして、五月雨さんですか?」

「あ、はい…。彼女が入院って?」

「虫垂炎で。一週間ほどで退院するそうですけど。お店に出られるのは、ちょうどクリスマスイヴの日ですね」


 12月24日。僕は朝一番で店の前に立った。まだ開いていない。しばらくすると、彼女がやって来た。

「ずいぶん早いんですね」

「うん!早く君のコーヒーが飲みたくて」

「コーヒーだけですか?」

「いや、君の笑顔が見たかった」

「私も葉月さんに会いたかったですよ。お帰りなさい」


 いつものようにゆっくりとした時間の流れ。彼女と居られる時間はもっとゆっくりでもいいとさえ思う。

「ねえ、亜子ちゃん」

「なんですか?」

「ここ、人手は足りているの?」

「ええ。でも、もう一人くらいは居てもらってもいいですよ。特に、力仕事が出来る人が居ると助かります」

「いい人が居るんだけどな」

「誰ですか?」

 僕は自分を指さした。

「離れていて判った。僕はずっと君のそばに居たいんだ」

「まあ!力仕事が出来そうには見えませんけど」

「こう見えても漢字検定二級だ」

「では、お給料は払えませんけど、それでもいいなら宜しくお願いします」




メリークリスマス!

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― 新着の感想 ―
[一言] まさか自分(?)が登場人物になるなんて思ってもみませんでした。ちょっとこそばゆい気分です。 時間と共に好きになっていく恋。 ずっと好きでいた亜子さんと一緒にいたい、そのために朝早くから待っ…
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