第九話:ケモ娘と、過程と、いまと、これからと。
本日2話目です。
あのあと少し落ち着いたアコをおんぶして、道行く人に尋ねながら宿屋【月夜の光】亭に行き、3階の部屋を借りた時には陽がかなり傾きはじめていた。
部屋は一部屋だ。一泊と朝と朝夜のご飯つきで3銀貨と50銅貨。アコの分もついている。
着いた瞬間に小太りの気さくな女将にアルから話を聞いているからとすぐに一室貸してくれた。
彼女も獣人が不当に虐げられるのを気に病んでいる人だ。
外見などもあり獣人の奴隷などを雇うことはできないが、俺のように獣人の奴隷を連れた人も同じ部屋で泊まれるように配慮してくれてるとこのこと。
獣人のみに一部屋与えたとなると軍が反逆行為とみるらしく、同じ部屋に入れるだけに留めているらしいが。
同じ理由でベットも1つだ。
それでも、かなり異端視されてるみたいで住民からはいい顔をされないらしい。
しかし、宿は他の国からやってくる人が多くいるので問題ないと女将は笑っていた。いい人だ。
食堂では獣人が人と同じ机で食べることが許されていないので、ご飯は部屋に持ってくることができると聞かれ、それでお願いしますと言い、部屋にに向かったのがついさっき。
「アコ、落ち着いたか?」
「ごめんなさい…マスター。」
ベットにアコを座らせて、正面に椅子を持ってきて向かい合う。
「オレンジジュース、飲むか?」
「…。」
迷っているようだ。まだ、遠慮しているんだろうな。
オレンジジュースを出し、アコに渡す。
「慌てずちょっとづつ飲むんだぞ。」
「うん…。」
そういいながらチビチビとオレンジジュースを飲むアコ。
ダンジョン魔力は残り4か、壁すら出せなくなってしまった。いや、小さいのなら出せるのか?
いや、今はそんなことを考えている時ではない。
「アコは、俺のことが…怖いか?」
ビクッとアコが反応してすぐに反論する。
「ち、ちがうの…。マスターは他の人間と違って優しいし、こ、怖くないの。一緒にいて…安心…できるの。ずっと、いっしょにいたいとおもうの。」
その言葉を聞いてホッと安心する。
俺のそばにいるのが辛いわけではないようだ。
嘘をついているかもしれないが、俺にはそれを知るすべはないし、信じることしかできない。
「俺も同じだよ、アコ。俺もアコと一緒にずっといたいと思っている」
「ちがうの!」
アコがおおきな声を出す。
「な、何がちがうんだ?」
「ま、マスターは…アコが、アコがダンジョンコアだから一緒にいたいんだよね?」
「そんなことは、ないぞ」
そんな否定の言葉も、
今のアコには届かない。
どうすれば、この言葉を。
この想いを伝えられるのだろう。
こんなに近くにいるのに。
たかがちょっとの距離すら縮まらない。
「ごめんなさいなの…。アコ、実は嘘ついてたの…。」
「うそ?べ、別にそのくらいなんともないぞ、嘘なんて誰だってつくだろう?」
「ダンジョンマスターは…魔力を消費し、任意にダンジョンコアを…別のものへと、移し替えるかとが…できる…。」
「え?」
「3つ、3つあったの。ダンジョンについて知ってること…。ほんとは3つだったの…。」
「アコ…。」
「アコは…アコは、獣人だからマスターに迷惑かけちゃうし、アコがダンジョンコアじゃなかったらマスターに捨てられるんじゃないかって…。森のみんなみたいに…。1度離れたら…戻れないの。」
それで…悩んでいたのか。
繋いでいた手を離そうとした時も、
街で人が多くなると近づいてきたのも、
アコが服を買う時に1人になったがそのときずっと確認を取っていたのも、
心のなかはずっと置いていかれないかと、
捨てられないかと。
心配だったのか…。
ちょっと考えれば分かりそうなことだったのに。
人が怖いのだろうと勝手に思って考えるのをやめてしまっていた。
「アコ。」
「マスター、嘘つきなアコは、嫌いだよね…。」
「そんなことはないっ!」
アコを抱きしめる。
「俺が一緒にいたいのは獣人でも、人間でも、嘘つきでも、ダンジョンコアでもない。アコなんだよ。」
「でも、でも…っ」
右手で優しく頭を撫でてあげる。
「俺はアコのケモ耳が好きなんだ!俺はアコの人を思いやる心が好きなんだ!俺はアコのダンジョンコアになっても頑張ろうとしているところが好きなんだ!」
最初はケモ娘だったからかもしれない。
最初はダンジョンコアにしてしまった責任からだったかもしれない。
でも、最初なんてどうでもいいんだ。
大切なのは過程で、今で、これからなんだから。
「俺は、アコが、好きなんだ。」
一言づつ、噛みしめるように言う。
こんな近くにいる彼女の、
近くにあると願う心に届くように。
「何があっても、ずっとアコといるよ。」
「ますたぁ…」
「死ぬまで一緒だ。死んでも一緒だ。言っただろう?あ子はもう俺の家族だ。」
「ますたぁ…ますたぁ…!」
声を出して泣きはじめるアコ。
そういえば街中で泣いた時は声も殺していたっけ。
あんな時でも俺のことを思っていたんだな。
こんな小さな身体なのに。
こんなに柔らかくて、すぐに壊れてしまいそうで、軽いのに。
こんなに重たいものを抱えていたんだな。
「我慢せずに、言いたいこと、全部言おう?」
「ますたぁとはなれたくないのっ!」
「うん。」
ひとつ、またアコと近くなれた気がした。
「もうひとりぼっちはいやなの。」
声が小さなってくる。
「うん。」
でも、それ以上に心に響いた気がした。
「森に…帰りたいの…。」
「うん。」
もっと、近くに寄り添え会えた気がした。
心が、触れ合った。
《
ダンジョンコア[アコ]がダンジョンハートコアになりました。
ダンジョンハートコア所得により新機能が解放されます。
》
頭の中で流れるあの不思議なログも、今はどうでもよく感じる。
今はずっとこうしていたい。
*
どのくらい抱き合っていただろう。
すごい長い時間抱き合っていた気もするし、実はそんなに経っていないのかもしれない。
ただ、時間が経つにつれてだんだん恥ずかしくなってきて、恥ずかしくなればなるほど冷静にもなれて、ダンジョンハートコアだのなんだの色々大事なことを逃してしまったのではないかと心配になってくる。
「あっ…」
アコから離れると、アコが惜しむように声を漏らす。
顔が真っ赤だ。
まあ、人のことを言えないか、きっと俺もそうなんだろう。
そんなアコを見てたら余計に愛おしくなってまた抱きしめたくなる。
声に出したせいで、頭にあった理性が消えたのだろうか。
「アコ…。」
「ま、ますたぁ…」
アコの濡れるそんな声に湧いてきた恥ずかしさも、心配も、理性も吹き飛ぶ。
「カケルさーん。お夕食をお持ちしたのでドアの前においときますねぇ!それといくら宿だからといっても大きな声だすと聞こえちゃうのできおつけてくださいね。」
吹き飛ばなかった。
いや、むしろ無慈悲な女将の一言でいろいろと吹き飛んだ。
「ごはんに…しようか…」
「はい…マスター…」
「ふふっ」
「あはははっ」
お互い笑い出す。
二人で机と椅子を並べ、ご飯を取りに行く。
きっとこれからも、こんな過程と今を紡いで。
少し離れたりもするけれど、離れた以上に近づいて、またこれからを思い、お互いを想い、笑っていくんだろう。
やっぱりケモ娘は笑顔が一番ですね。