第十七話:ケモ娘は物覚えがいいようです。
やってしまった。
つい流れで後戻りできないところまで来てしまった。
いや、後悔はしてない。
アコも幸せだった…はずだ。
隣ですやすやと眠るアコの寝顔を見る。
かわいくてつい猫耳を撫でしまった。
昨晩は夢のようだった。
この世界でアコと幸せに暮らす。
はっきりと目標がきまる。
あとは頑張るだけだ。
それにしても昨晩は俺がプレゼントを渡すつもりだったのに、アコの初めてというとても大切なものを逆にもらってしまった気がするな。
「んっ…ますたぁ…おはよぉ…」
頭を撫でていたら起きたのか挨拶をするアコ。
そこで、いっきに顔が赤くなり布団の中に潜る。
そんな反応をされたらこっちまで恥ずかしくなってくる…。
「お、おはよう、アコ。だ、大丈夫?」
「だ、だいじょうぶなの…」
「そっか、顔、洗っておいで。俺は朝食を、確認してくる。」
「わ、わかったの。」
…。
アコが布団から出てこない。
そんなに顔を見るのが恥ずかしいのか…。
先に布団から降りて、部屋から出て一階に行こうとしたらちょうど女将がご飯を運んでいた。
「おはようございます。」
「おはよう。昨日はお疲れだったでしょう?」
「え、あの、は、はい。」
女将は全てを知っている。こわい。こわいぞ。
「ラルの実はサービスだよ。あの子に食べさせてやりな。」
「あ、ありがとうございます。」
一個黄色い果物が料理とともにお盆に乗っている。
朝ごはんを受け取り部屋に戻る。
アコはまだ顔を洗っているようだ。
カラダを流してるのかもしれない。
アコは疲れてそのまま寝ちゃったしな。一応拭いてはあげたけど…。
朝食を並べ終えアコを待つ。
今日はダンジョン行こうか迷うな。
アコ、大丈夫かな?
大事を取って1日休んでもいいな。
そんな事を考えているとアコが戻ってくる。
「お、お待たせなの…」
この前買った白いワンピースを着ている。
今更だが、膝くらいまでスカートがあるので尻尾が外に出せなくて背中が妙に膨らんでいる。
アコの尻尾、触り心地がいいんだよな。
「朝ごはん、もう準備できてるぞ。」
アコのためにオレンジジュースを出してアコの席に置く。
「あ、ありがとうなの。」
まだ恥ずかしいのか、俺の顔をチラっと見てはそらしてを繰り返している。
アコはかわいいなぁ…。
「この果物は女将さんからアコにらしい。デザートに食べるといいよ。」
「マスターは食べなくていいの?」
「ああ、これはアコがもらったものだからな。」
「じゃあ、はんぶんこにするの!」
「いいのか?」
「マスターと一緒に食べたいの!」
天使かよ。
「アコ…ありがとな。」
「えへへ」
照れるアコがかわいすぐる。
アコと2人で朝食を食べ始める。
「アコ、今日はダンジョンを休もう。午前中は資料室に行って、そのあと町の探索をしようと思っている。」
「だ、大丈夫なの!アコは問題ないの!」
「いや、しかしアコに何かあったら俺はもう生きていけなくなる。」
「マスター…」
「昨日思ったより稼げたってものあるし、1日くらい行かなくたって大丈夫さ。」
「わかったの。」
ご飯を食べたあとお皿を片付けて宿を後にする。
ラルの実は、黄色いからレモンのように酸味があるのかと思ってたら、若干苦味があるけど甘いという謎の果物だった。
宿を出るときに、あと3日分部屋を予約しといた。
探求者ギルドに行く途中、お城の方から騎士隊ぽっい人たちがが歩いてくる。
みんなが道を開ける。
立ち止まって行軍見ているおっさんに話しかける。
「あれはなんの行軍なんだい?戦争に行くにしては少なすぎるが。」
「なんでも王都の近くで奴隷商の馬車が転倒したらしくてな、その商人の死体が食い荒らされていていたんだと。そして最近増えたゴブリンの目撃情報から、きっとそのせいだろうと問題になり始めて、こうやって討伐隊が組まれたんだ。」
すごい心当たりがある。
「なるほど。それは不幸な商人さんもいたもんですな。」
さも無関係に装う。
「でも、ゴブリンってだけであの人数が動くんですか?」
ざっと見ただけで20人くらいいる。
「奴隷商の運んでいた荷が問題でな。なんでも獣人の女だったらしい。」
獣人の奴隷が逃げたから始末しようということか?
「獣人だとなにかあるんですか?」
「ちがうよ、獣人の奴隷が逃げたってのも問題だが、ゴブリンの苗床になれるのが問題なんだよ。」
「ああ、なるほど。」
そういえば、ゴブリンは他の種族のメスを苗床にしても子供を産めると聞いたことがある。
獣人だから討伐隊が組まれたなんて胸糞悪い話じゃなくてよかったぜ。
「俺たちの金で食ってるんだからたまには軍にも仕事してもらわないとな」
そういっておっさんは街の中へと消えて行く。
まあ、なんにせよ俺のしたことがゴブリンのせいにされてよかったぜ。
少し手を握る力が強くなったような気がするアコと一緒に探求者ギルドへと向かう。
*
「おはようございます。資料室、使わせてもらいますね。」
「おはようございます。朝から熱心ですね。」
軽く朝の挨拶をしながら受付を通り過ぎて階段を登り資料室に入る。
「おはよう、アニー。」
「おはようなの。」
資料室に入り机仕事をしていたアニーに挨拶をする。
「おはよう、アコちゃん、それと…あら、そういえばわたし、あなたの名前聞いてないわ。」
俺よりも先にアコに声をかけるあたりこいつの獣人好きもなかなかだ。子供好きなのかもしれないが。
「そうだっけ?俺は橘カケルだ。よろしくな。」
「ふふっ、ほんと今更ね。改めて、アニー・ブラウンよ。よろしくね。」
そういって俺たちは昨日と同じ席へと向かうでアニーが声をかけてくる。
「あら、アコちゃんなにか変わった?」
なっ…
「えっ…あ、あの…」
アコの顔が真っ赤になる。
「あらあら、カケルくんってばこんな小さな子供にも手を出すなんて、お盛んなのね。その右腕につけてるかわいい腕輪で買収したのかしら。」
ぐうの音も出ない。
「アコ…もう大人だもん。」
アコが消えそうな声で反論にならない反論をいう。
そういえばこの世界の成人は12歳らしい。なんとロリコン歓喜な。
俺にはあまり違いがわからないのだが、やっぱり女同士にはわかるものがあるのだろうか…。
「昨日はダンジョンにもいったんでしょう?アコちゃん大丈夫なの?」
「今日は大事をとってお休みだよ。午前中は資料室で、午後は街を見て回るつもりだ。」
「そうなの。」
「ああ。ところで、ダンジョンの5階層あたりまでを詳しく書いた資料はあるか?」
先に席に座ったアニーに問いかける。
「それならそこよ」
そういってアニーは指で本棚を指差す。
「あったあった。ありがとな。」
著アニー・ブラウン。
やっぱアニーが書いてるのか。
「ええ。」
「ここの資料は全部お前が書いているのか?」
「そうよ。この資料室自体は前からあったけど乱雑に紙に情報を書いて無作為に束ねているだけだったの。2年前にギルド職員として働いてたわたしが時たま暇つぶしに読みながらまとめていたら、それを見たギルドマスターに今の仕事をもらったの。」
「本を読むのが好きなのか?」
アニーがこちらを向いて応える。
「ええ。でも、いくら紙が安くなってきたからといってまだまだ高級品よ。本なんか年に1〜2冊買えればいい方だから。つい読めるものは読んでしまうのよ。あなたたちのように本や資料を読みにくる人はあまりいないからこうやって足を運んでくれるのは、わたしとしては結構嬉しいのよ。」
人がいないなとは思っていたが、俺のように資料を読むのは少数派なのか。
「それに、アコちゃんにこれから本を読む楽しさを教えられるしね。」
そういってアコに向かって笑顔を向ける。
「アコ、がんばって文字を読めるようになるの!」
「アコちゃんは飲み込みが早いからすぐに読めるようになるわよ。さっ、昨日の続きをしましょうか。」
「がんばるのっ!」
アコとアニーの声を聴き流しながら俺も資料を読み始める。
意外と少なめだ。まあ、一番最初の層のことなど特に書くこともないのだろう。
実際1〜4層の情報ではこれといって珍しいものはなかった。
5層はボス部屋のみで、ボスはキングボア。
昨日行った食堂の名前だ。ここからきてるのか。
キングボアは体長3メートルを超える巨体に、前方に伸びた1メートルほどの二本の牙が特徴らしい。
攻撃は突進と、牙を振り回しての打撃のみらしい。
これも落とし穴に落とせば問題ないだろう。
魔石は10センチ近くの青色らしい。
今までの魔石は赤色だったので全て赤色なのかと思っていた。
キングボアの魔石は銀貨20枚ほどで取引されるらしい。ミノタウルス5匹分か。
これは美味しいのでは?
そこでものすごい情報を見つける。
ボスを倒すとすぐに下層につながる階段のある部屋に行けて、部屋を出るとすぐにボスがリポップするらしい。
復活には時間がかかると思っていたが…。
「なあ、アニー。このキングボアなんだが普通のパーティが倒すのにはどのくらいの時間がかかるんだ?」
「キングボア?そうねぇ…、オーソドックスな5人パーティなら1時間ってことじゃないかしら。元々の巨体に前方には牙があって必然的に前衛は後ろに回りこまなきゃならないのよ。魔法使いがいればもうちょっとあるはずだけれどもそれでも30分以上はかかるはずよ。」
「時間がかかるってことはこいつの部屋は人が並んでたりするのか?」
「そんなことはないわ。キングボアを安全に狩れるのならさらに下層に行った方が美味しいもの。いくら値段が高いからって大きいからその分生命力もあるのよ?5層を初めて通過するひとたちがちょくちょくいるくらいじゃないかしら。」
「なるほどな」
もしキングボアを落とし穴にはめるだけで倒せるのであればかなり美味しいのではないだろうか。
魔石があれだけ大きいのであれば、ダンジョン魔力もかなりもらえるはずだ。
「なぁに、あなた、昨日ダンジョンに入ってもうボスのことを考えているの?ダンジョンでそんな甘い考えをしていたら死んじゃうわよ。」
「そんな死に急ぐようなことはしないさ。でも、ボスは意外と早く行けると思うぜ。一階層だって昨日の1日で終わったしな。」
「そんなに早く終わったの?あなたたち2人だけでしょう?あなた見かけによらず実は強かったりするの…?」
「まあ、そんなもんだ。」
ちょっと喋りすぎたか?
「この資料も読み終わったし、次は王都のダンジョンではなく、ダンジョンそのものについての資料とかないか?」
無理やり話を切り替える。
「さすがにそれはないわ。いくらラーカイル王国がダンジョンで大きくなった国だからと言っても、王都のダンジョン以外には国内にはほかのダンジョンはないもの。いえ、なくなったってところかしら。」
「なくなった。」
「ええ。ちっさいダンジョンはあったらしいのだけど、国が軍隊を出して駆除してるのよ。」
「国が?」
「ええ、だから、国の資料館にはあるかもしれないけど、そんなもの私たちじゃ見れないわ。」
「そうか。ほかの国にはたくさんあるのか?」
「たくさんあるわけではないけど、そこそこあるみたいね。ラーカイル王国のダンジョンほど大きいのは私は聞いたことがないけれど。」
わりかしダンジョンマスターというのはたくさんいるのだろうか?
国がダンジョンを駆除しているのは、王都のダンジョンを成長させるため…?
「ダンジョンってのはどうやってできるか知ってたりするか?」
アニーに確信的なことを聞いてみる。
「とりあえずこのはなしはご飯の時などにしましょう。アコちゃんが退屈で死んでしまいそう。」
「えっ、あ、あの、私のことは気にしなくても、大丈夫なの…。」
アコが気を使ってくる。
これは申し訳ないことをしたな。ついボスモンスターの話で我を忘れ気味になっていた。
「すまないな、アコ。」
「ま、マスターは、大事な話をしていたと思うから、大丈夫なの。」
いい子だ。
「じゃあ、この国の本とかはないか?王都のでもいいが。」
「それならあるわよ。そこの資料ね。」
「ああ。」
アニーが教えてくれた資料を持ってきてまた読み始める。
このラーカイル王国は元々小国だったと聞いていたが本当に小さな国だったらしい。
当時は今の1/10の大きさもなかったのだという。
当時の王はもう没していて、今は10代目。ダンジョンを出た当時の王は8代目らしい。
たった3代で10倍もの大きさにしたのか…。
この王都は山の麓に城を構えている構造で、山から半月を描くような形になっているらしい。
城から貴族街、商店街、市民街と波紋のように広がっていき城壁がある。
北の一番大きい街道には城壁を超えてもしばらく街が続くらしい。
ダンジョンは商店街にあるらしい。
城の近くまで行ったと思っていたがまだ近くがあるのか。
山を越えると海があるとのこと。
他には特にこれといった情報はなかった。
なんかあらかた読みたい資料は読み終わった気がする。
次に何の資料を読もうか考えながら、頑張って文字を覚えているアコと、文字の発音を教えているアニーを眺める。
しばらく眺めていたら、アコとアニーのささやかな声と木漏れ日の音の中に静かな可愛いお腹の音が鳴り渡る。
アコが顔を真っ赤にして俯く。
アニーが苦笑しながら提案する。
「ちょっと早いけどご飯にしましょう。」
「そうだな。アコのお腹が怒ってる。」
「ま、ますたぁ…」
「お腹が減るのはいいことだぞ。」
「アコちゃん、昨日はお疲れだったもんね、お腹くらいすくものよ。」
さらにアコが顔を真っ赤にする。
「ふ、ふたりとも、や、やめてほしいのっ」
アコが恥ずかしながらも必死の抵抗をする。
「はははっ、じゃあ、いうか。」
アコの手を取り外套を被せて外へ出る。
探求者ギルドを後にして街を歩く。
「アコちゃん、覚えるの本当に早いわよ。この調子ならすぐに完璧に読めるようになるわよ。もう簡単な本なら読めると思うわよ。」
「おお、そんなに早く覚えられるのか。やっぱりアコはすごいな。」
アコの頭を外套越しに撫でてあげる。
「マスターのお役に立てるようにがんばるのっ!」
アコが可愛く小さめなガッツポーズを取る。
ここにも似たようなポーズがあるんだな…。