第十二話:ケモ娘は運動神経がいいようです。
とりあえずおばさんが来たらさらに2日分ほど宿を借りよう。
2日分の銀貨7枚を用意して残りをしまう。
「帝都のダンジョン入ったらどうやってモンスターを倒そうかな。」
銀貨7枚を手で玩びながら呟く。
「最初の一回は落とし穴の前に扉を出して中に入ってから落とし穴の蓋がわりの床を外せばいいけど、2回目からはどうやって落とし穴に落とそう。」
「落とし穴の少し手前に入り口を出して、まっすぐ行くと落ちちゃうようにする…とか。」
「それだ!」
つい声を上げてしまった。アコはなかなか頭がいいな。いや、よく考えたらこのくらい考えたらすぐ思いつくのか。
どうやって穴を超えるか考えていたや。
「よし、早速作りに行こう。アコ、扉を出せ…」
最後まで言い終わる前に、女将の声に遮られる。
「朝食をもってきましたよ〜。ここに置いておきますね。」
「は、はーい!」
このタイミングよ。まあ、そろそろと言ってたから妥当ではあるのか…。
「まずはご飯にしようか」
「はい!マスター!」
嬉しそうにアコが応える。
部屋の外に出たらもう女将がいなくなっていた。
歳の割に動きが速い…
料金支払えなかった、あとででいいか。
朝食を部屋の机まで運び、並べる。
野菜のスープに、パンと、豆の煮物かな?なんか既視感がある。
しかし、いい匂いが漂って来て、それだけでお腹がすいてくる。
「いただきます。」
「い、いただきます。」
アコが真似をする。
こっちにはいただきますという文化はないのか、当たり前か。
質素だけれどやっぱり美味しいご飯。
アコも、はふはふと幸せそうにスープを飲んでいる。
「アコ、お昼はなにがたべたい?」
「え、えっと…な、なんでもたべるの!」
「遠慮なんかしなくていいよ、それに、俺がアコの好きな食べ物を知りたいんだ。」
「ま、ますたぁ…そ、その、お肉がたべたいの…。」
アコは顔を赤くしながら小さな声でそう応える。
「わかった、お昼はお肉を食べに行こうか。アコはなんの肉が好きなんだ?牛か?鳥か?」
「なんでも好きなの!でも、牛は食べたことないかも…。」
「牛を食べたことないのか?」
「集落にはあんな生き物いなかったの」
そうか、獣人族は基本狩りなどで食べているんだっけ。
畜産などはしないのだろう。
大きい魔物とか出るらしいらなぁ。
「牛丼が食べたくなってきたなぁ」
「牛丼?」
「ああ、俺の故郷の料理で、炊きたてのお米の上に牛の炒めた肉を乗せた丼だ」
「おこめ?」
「お米しらないのか?」
「しらないの…」
「なんということだ…」
なんということだ…
この世界にはお米がないのか!?
慌ててダンジョンの召喚リストを見てみる。
あった。
どういうことだ?
出せるものと出せないものの違いがよくわからない。
牛丼はだせるのか?
だせないなぁ…。
どういうことなんだ。
牛丼の調味料やらの一部がこの世界にないとか?
この世界にない…?
あ、もしかして召喚できないものってまだこの世界にないものなのか?
シャンプーやメロンパン、牛丼もまだこの世界では誰も作ってないから召喚できない。
この召喚って創造ではなく取り寄せなのか…?
まあ、創造でも取り寄せでもあまり変わらないか。
この気づきは大きいかもしれない。
今後この世界にないものがなんなのかわかったりするしな。
1人でスッキリと悩みを解決させてる間に、アコが朝食を食べ終わっていた。
「おっと、おれもとっとと食べなければ。」
「マスター、ゆっくりでいいの」
「おう」
おう、と応えながら食べるのが気持ち早くなる。
「よし、ごちそうさま。」
「ご、ごちそうさまなの」
ちゃんと真似するアコは順応性が高いな。
「とっとと片付けて落とし穴を試してみようか」
「わかったの」
ふたりでお皿をお盆に戻し、廊下の椅子に置いておく。
「よし、さっそく扉を出してくれ。落とし穴の20センチくらい手前な。」
「わかったの!」
アコがさっそく扉を出す。
「これはちょっと怖いな…」
目の前がいきなり落とし穴だ。
今は床があるから踏み外してもどうということはないが…。
ちょっと勢いがあればすぐに落ちてしまう。
ゆっくりと慎重に横に渡る。
「ふぅ、結構怖いな。アコ、来れるか?」
「いまいくの」
そういってピョンピョンっと簡単に扉から入ってくるアコ。
「アコはすごいな…。」
「んー?」
不思議そうにするアコの頭を撫でてやる。
「そういえばアコは弓とかは使えないのか?」
「つ、つかったことないの。」
「そうか。じゃあ、最初は石ころとかでいいか。扉を出したら、魔物の気を引くために石ころを投げて、魔物がこっちに向かってきたらすぐに扉の中に入るんだ。」
「わかったの」
「あと何回か練習してみようか。」
そのあと宿の部屋に戻り、石を投げる真似をしたあと扉の中に入るのを繰り返した。
扉の縁を掴めば渡りやすいのに3回目あたりで気づいた。
穴のそばにダンジョンにあった投げやすそうな石ころを集めておくことも忘れない。
「よし、こんなもんなだろう。最初の一回は床があるからまっすぐ走るんだぞ。」
「わかったの。」
いつもより自信ありげに頷くアコ。
ちょっとづつオドオドしなくなって来てるな。いいことだ。
「よし、じゃあ、探求者ギルドにいこうか。」
「はいなの!」
外套を羽織り、アコと手を繋いで部屋を出る。
まだ部屋の前にお皿を乗せたお盆があったので、それを運びながら宿の一階の受付に女将さんがいたので声をかける。
「女将さん、ごちそうさまです。」
「あら、カケルくん。わざわざありがとうね。」
「いえ、それと宿の部屋あと2日分確保しときたいのですが大丈夫ですか?」
「いいわよ、銀貨7枚ね。あそこの部屋でいいの?」
「はい、部屋はあのままでお願いします。」
「あなたたちが出かけてる間、部屋に入って掃除とかするけど問題ないかね。」
「はい、問題ありません。お願いしますね。」
そう言いながら銀貨7枚を女将に渡す。
残りのお金が銀貨7枚と銅貨77枚と気持ちよく揃う。
「では、いってきます。」
そう言い残し宿を後にする。
朝の喧騒がまだ少し残る街をアコと並んで歩く。
初めてのダンジョンへの期待と不安を胸に、でも、不思議と恐怖が湧いてこないのは、繋いだ手が暖かいからだろうか。