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6話

「どういうことだよ!」


 俺は八つ当たりにも似た怒気を纏い、とある部屋の扉を乱暴に開け放った。


「おいおい、君が入って出る度に扉を乱雑に扱っていたら、いつか取れて飛んでいってしまうじゃないか」

「何だよニュースって! 全国区に上る話題にしては危険すぎるぞ!」


 死者の存在など世間一般に知られてはならない。

 彼らは勝手に迷い彷徨う魂の具現化した存在なのだから。そんな非日常が日常に紛れ込んでは――溶け込んではいけないのだ。

 姿こそ見え、一般人と何ら変わらず生活しているが、本性は生きている者からすれば化け物なのだ。知るのは俺のような――身勝手に、無責任に死を選ぶような人間だけでいい。


「待て待て。全国区とはいっても大々的に報道されているわけじゃあない。世間様はまだ未確認飛行物体や未確認生物を見かけた程度のノリだ。不思議なこともあるんだなぁ、と茶の間でせんべいを貪っている程度の騒ぎだよ」


 茶の間でせんべいって年齢層が限られすぎてないかという突っ込みをしているほど俺は野暮じゃない。

 ついさっきまでなかった窓ガラスを、どこから持ってきたのかせっせとはめていた土御門は、突然の再訪に一切動ずることなく、淡々と答えた。

 もっとも、大騒ぎと言っても汐子のように実際に接触するような奇行を犯す者はまだおらず、さらには何かの事件かどうかもわからず、被害も何も出ていないことから実体を掴めない状況だという。


「お前……調査はどうしたんだよ。窓を直してる場合なのか?」

「調査? ああ、大方予測はついているからね。万事順調さ」

「でもこんな大事になって……」

「気付くのが遅かったんだ。君が来た時は全て事後だったってことだろう? それに対する対処も何も、いくら『死神』と言えど、すでに死んだ者を葬れないのと同じだよ」

「大事だってわかって動き始めなくても良いのかよ?」

「君はテスト勉強がいくら切羽詰まってて一刻の猶予も許されないとしても、飲食の時間も削るのかい? どんな非常時にも行うべきことは変わらず行わなければならない。例外なんてないよ。霊だけにね。そうだろう?」


 ああ、失言だった。土御門の口車が発車してしまったのか、今回ばかりは完全に後の祭りだ。

 ……そもそも窓を直すことは行わなければならないことなのだろうか。


「要は結果だよ、結果。君の目にはこうして窓ガラスをはめている呑気な女子中学生にしか見えないだろうが、それで萌えるにしては君はあまりに過度のマニアックなシチュエーションを……じゃなくて、窓を直していても調査は続いている。待ち時間も調査のうちさ。結果さえ伴えば、言ってしまえば何もすることがない今は何をしていてもいいんだ。君の悩みの解決、つまり例の事件の実体さえ掴めれば、の話だけどね。生きている人間だって結果で大まかなところを判別するじゃないか。受験だって、勉強時間よりも絶対的な点数で決まる。スポーツだって努力の時間より能力に秀でた選手を選ぶ。同じだよ。今この瞬間が私の最善なんだ。断言できる。過程なんてどうだっていい。君に一刻も早く最新の情報を与える。その結果さえ君に伴えば、私の動向などどうだって良いだろう。現に君はここに突発的に再びやって来たみたいだけど、そうしなければ私の動向なんて知らなかったし知ろうとも思わなかっただろう?」


 こうして言いくるめられたように何も言えなくなってしまうのだから、余計に始末に負えない。口でこいつに歯向かおうなど、自分の論理的な思考を根底から揺るがされてしまうだけなのだ。


「まあ安心しなよ。私は失敗しない。失態なんて犯さない。順風満帆という熟語が擬人化したような存在だからね、私は」


 しかし、こうして汐子の言葉を聞いて激情に身を委ねた結果土御門の所に来てしまったのは、彼女の言う通り突発的な行動である。そんな中平然と佇む気味の悪い少女は果たして、何のどういった調査中なのだろう。


 探偵さながら足で情報を掻き集めていることはなさそうだが、そうすると一体、土御門は今何をしていることになると言うのだ。彼女を知る人間、もとい霊もごく僅かである。元来誰の手も借りなさそうな土御門のことだ。きっと一人で調査しているに違いないのだろうが……。


「まだ何か用があるのか? この女子中学生の姿ならいくらでも睨め回すといいぞ。ここは私と君の二人だけ……誰も止めやしない。ん? ああ、そうか。次のコスプレでも期待しているのか。まったく君も隅に置けない男だな。考えておこう。君を飽きさせないためにも」

「帰る」


 もう少し聞き出したいことはあったが、何しろ土御門がこの調子になるともう手はつけられない。


「またしばらくしたら来るから。それまでに何か進展しておいてくれよ」


 土御門はどこから湧き出てくるのかわからないほどの自信に満ち溢れた表情で、踵を返そうとした俺を真っ直ぐ見据えた。


「私を誰だと思っている? 今はめ終わった窓ガラスに誓って保証しよう。再訪時には必ず情報が入っている。間違いない。何なら一度部屋を出て扉を閉め、すぐに開けて再び入ってくるといい。すでに情報が入っているだろう」


 あまりにもくだらない発言に、反応などわざわざ返さない。ただ土御門が俺を見る目がやけに強く、それもなかなか離れないので俺も視線の行き場に困惑していた。

 土御門はそんな俺の胸中など露知らず、一言一句を噛み締めるようにして再度言う。

「私を誰だと思っている?」


 ――何だ。どういうことだ。

 打って変わって神妙な語調。まるで首筋を撫でられているような声色。背筋に虫が這っている不気味な感覚に襲われ、俺は生唾を飲み込む。

部屋自体が蠢いているみたいだ。土御門の様子に同調するように、突如不穏な空気が室内を支配する。

 土御門は、どういう回答を期待している?


「つ、土御門……由未」

「他には?」

「他?」


 その視線はぶれなかった。土御門は変わらず俺に穴を空けるのではないかと思うほど見つめているし、俺はその彼女の目に釘付けになっていた。

 離せなかった。離してはいけないような気がした。


「……死神」

「ふむ……」


 俺はほっと息をついた。土御門がどかりと小さな古い椅子に座るのを見る限り、どうやら今の答えで納得してくれたようだ。


「厳密には、私は死神と名乗っているだけだ……」


 独り言のように、ようやく目を離した土御門は虚空をぼんやり眺める。


「死神とは、冥府での魂の管理者のことを指す。なるほど、これはやはり私ではなく、君の方が適任かもしれない」


 完全に上の空だが、彼女の言葉は相変わらず意味不明で、不可解で、不明瞭だった。

 君とは俺のことだろうか。今思い浮かべている頭の中の人物だろうか。


 何にせよ、土御門はもう俺に何の関心も抱いていなさそうだった。呆けている状態からはっと我に返ると「何だ、まだ居たのか。君も暇な男だな」とか何とか不快なセリフが飛んできそうなので、早々に立ち去ることにした。

 やがて様子の変わらない土御門を尻目に、部屋を出て静かに扉を閉め、彼女の冗談に乗っかって再び開けて中に入ってやろうかと思ったが、思った瞬間に却下した。


 魂の管理者。土御門や朝日奈のような存在は実在の霊であり、それは生きていた頃の魂だとも言えなくはない。

 輪廻転生の輪を逸脱した存在――そう土御門がいつか言っていたように、彼らの魂は迷い彷徨っているのだ。


 その永遠の迷宮から抜け出す方法は、今のところただ一つ。生きている人間に噛みつき、血液から記憶から人格から全てを吸い上げ、その人間として余生を過ごして死ぬ。そして輪廻転生の流れに再び身を――魂を委ねるのだ。

 その魂入れ替え行為を、血迷ったことに合意の上で行い失敗して生き残った哀れな残骸がこの俺である。そして現状としては、その行為が集団的に近辺で行われているということ。


 俺は幸か不幸か、記憶の半分ほどを失っただけで命にも魂にも別状はなかったが、とにかく霊が見える存在として今回のケースを看過することはできない。勝手に殺して成りすまし、その後の人生をやり直すだなんて都合も虫も良すぎるだろう?

 いくら永遠に輪廻転生できなくても。永久にこの世界に縛られることになっても。

 それが人の命を奪っていい理由には、決してならない。

 ――もっとも、それを俺が言えたような義理でもないのだが。


「水瀬? 水瀬じゃないか」


 のろのろと足を進めて大学構内を出て、当てもなく歩いていた俺の背後から、よく響く低い声が聞こえた。振り向くと、短髪で爽やかな好青年が手を上げている。


「ああ、ちょうど探していたんだ。でも朝日奈もお前の居場所知らないって言うから困ってたんだけど、良かった。ちょっと付き合ってくれないか――高月」


 高月真守たかつきまもる。俺の半死半生に至る経緯を知っている数少ない人物、もとい霊の一人で、この辺りに常駐する幾人かの霊の中では最も親しい仲だ。

 朝日奈のように生前の知り合いでもなく、失った記憶で彼のことはごく少ない。記憶が曖昧なことをよく理解してくれていて、人当たりも良いので霊の知り合いの中では非常に信頼を置いている。きっと生前は多くの女の子にモテただろう。


「こんな真昼間にぶらついているなんて珍しいな。授業は……その様子だと、それどころじゃなさそうだね」

「……さすがに知ってるか」

「もちろん。僕の耳にも届いてるさ。霊が生きた人を襲ってるって」


 どうやら話は早そうだ。どこかで高月の知っていることを聞きたいが、いかんせん高月も霊だ。一般人には見えないし、これでは俺がただの変質者に見えてしまう。


 となれば、話し合う場所は限られる。


「水瀬、とりあえず歩きながら話そう。君の家に行くんだろ?」


 やはり、俺が感嘆の息を吐いてしまうほど話の早いやつだった。

 俺は周囲に人っ気が少ないことを確認しつつ高月と話し、早足で帰路についた。

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