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「死んでくれ」
冗談でも口に出して然るべきでない、むしろこちらが叱るべきである台詞を、どうして外見が中学生の女子に面と向かって言われなければならなかったのか。
先月の半ば、梅雨の時期らしい鬱陶しく湿った雨に全身を打たれながら、下宿先のアパートの前で、一人の少女に、一介の大学一年生である俺は。
「それ以外に方法はないだろう」
これでもかと罵倒されていた。
「ま、例えあったとしても、死んでもらう方を勧めるけれどね」
文字通り、罵られすぎて倒れてしまいそうなほどに。
「私は君が大嫌いだから」
――と、このように字面だけを追うと、俺に対して哀れだ変態だと解釈されても弁解の余地はない。弁解どころか誤解が果てなく広がるだけだろう。
しかしあくまでこれは先月の出来事で、それはもうすでに過ぎ去った時であり場合である。しかし未だにこんな胸糞悪い夢を度々見るということは、あれから一ヶ月が過ぎたとは言え俺の人生で相当大きなターニングポイントだったということに違いはあるまい。
「……ちっ」
清爽とは程遠く、小鳥のさえずりすら煩わしくて耳障りに感じるほど目覚めは悪かったが、のそのそと起き上がり今朝も欠かさず洗面所の鏡の前に立つ。そして汗で湿ったパジャマの襟元を捲り、首筋を露わにさせる。
そこには、まるで吸血鬼に咬みつかれたような――そんな二つの丸い傷痕。
その傷痕を目に焼き付けるかのように凝視して、昨夜との変化がないことを確認する。
そうしていつも、実感するのだ。痛感するのだ。
それこそ本当に胸が痛くなるほど、強く、激しく、痛烈に。
「今日も――生きてる」
俺、こと水瀬薫の一日は、いつでも、どんな時でも――ここから、こうして始まる。




