九話
とりあえず、あれから二日程経過した。
ルリティ山脈の1合目辺りを周辺に魔物と戦い続け、Lvが11まで上がった。
ここまで来るとロロの攻撃力不足が目立ち、由利にトドメを刺してもらっている。
「マスター、申し訳ありません……」
「大丈夫だ。ロロにはロロの戦い方がある。まあ、そろそろ新しい戦力が欲しくなってくる頃だけどな」
「というかお前は一体何者なんだ!」
ロロを慰めていると、由利が俺に問い詰めてくる。
「魔物使いだと言うのに、何故そんなに戦い馴れをしてるんだ。自分で魔物を切りに行くし、お前が攻撃した魔物は目に見えて動きが悪くなるぞ」
師匠から貰った剣で、魔物の急所を突きまくって弱らせたのがそんなに気に食わないのか?
「無職の時に経験を詰んだからなぁ……ダイヴ系ゲームの経験も生きてるだろうし」
「そりゃあ……分からなくも無いが、実戦で生かせるものなのか?」
「何言ってんだ? ダイヴ系ゲームは元々兵士育成シュミレーターだったじゃないか。これで運動の成績があがるのが実証されてただろ」
そう、俺達が元々いた世界ではダイヴゲームをするというのは頭の体操であると同時に、運動の経験を簡単に詰めるという利点があった。
俺はあまり好きじゃないが、鉄棒のさかあがりが出来ない子供に、専用のダイヴゲームをやらせて教えるという物がある。
肉体の重さが意図的にシャットアウトできるダイヴゲーム内でさかあがりの感覚を覚えさせ、現実でもできるようになったという。
「それは……そうだが」
「剣道か何かの心得があるのだろうけど、実戦だと型にだけ囚われたらそりゃあ動きも悪いさ、後、魔結晶のアシストにも頼り過ぎないようにな」
「う、うむ……」
納得が行かないというかのように首を傾げつつ、由利は俺について来る。
「手持ちを増やすか」
ロロの育成に専念していたいけど、確かにそろそろもう一匹、手持ちを増やしても悪くはない。
師匠の本に載っている増やし方を試す頃合ではある。色々と問題があるからこの国を出てからやりたいが。
「まあいいや、それより今回は大量に結晶が手に入ったな」
今回の狩りで手に入った魔物を光にかざしながら、俺は答える。
小型のサルのような魔物、ルキャの結晶。これはこの辺りでよく見かける魔物だ。ワーグルと強さで言えば同程度。
俺と同じような新米魔物使いが使う、魔物の中でも人気がある魔物だ。
動きが早く、それなりに強くなるし、扱いやすいのがその理由。
次に、中型のトカゲ、ゲガザーの結晶。
攻撃力はワーグルよりも低いが、耐久面はものすごく高い。ロロでは手も足も出ず、陽動に回るのが精一杯だった。
俺も急所を突かなければ弱らせる事すら出来なかっただろう。
「まさかレイバの結晶が手に入るとは思わなかったけど」
レイバとはルリティ山脈の4合目以上に生息する珍しい魔物だ。
この辺りになると敵も魔法の類を使用してくる。
師匠や魔物使いの学校で習う、魔物の属性で見ると、レイバは光属性の魔法を放つのだ。
しかも飛んでいるレイバには由利の剣も効果が無い。
「逃げるかと考えていた所を……まったく、変な手段を講じるから驚かされる」
手段が無いと嘆いていたから、魔結晶から弓矢を出して矢を放ったら、由利の奴、あんぐりと口を開け、呆れて俺を見ていた。
「飛行系の魔物相手に逃げるだけしか考えてない方がどうかと思うぞ」
あくまで魔結晶の恩威が受けにくいだけで、所持して使うことが出来ないわけでも無いのに。
とにかく、今のところ俺達の旅は順調だ。
「装備が豪勢なんだお前は! あの弓矢も相当な業物だろ?」
「貰い物だ」
「マスター……」
「大丈夫だ。もう少ししたらお前をもっと強くさせてやる」
魔石も結構集まってきている。そろそろ、あれをしなくちゃ行けないだろう。
「はい」
「安心しろ。アンデットにはさせない。絶対に……」
「はい……」
ロロは頑張り屋だ。俺の期待に答えたいと、精一杯努力している。
「頑張れよ」
由利もロロの頭を撫でて励ました。
ロロはコクリと頷く。
「かわいいなぁ、もう!」
由利はガバっと無理やりロロを抱き締めて頬ずりした。
「や、やめてください!」
嫌がるロロだけど、大切にされているのを知ってか知らずか、少し嬉しそうだ。
その日の夜。
山脈の休憩所で宿泊していた俺達、由利は部屋で剣を研いでいて、俺は風呂上りに火照った体を夜風で冷していた。
「ん?」
休憩所の茂みの方にロロらしき見慣れた影が入るのが見えた。
一体どうしたんだ?
後を追う。
すると茂みの奥で声が聞こえて来た。
「もう……会わないほうが……いい」
片言だけど、これはフラティアのタヌポヌの声だ。
茂みに身を隠して、中を覗き込む。
ロロがフラティアのタヌポヌ相手に話をしていた。
何処と無く、フラティアのタヌポヌの体がロロに比べて大きくなっているように見えるのは気のせいじゃない。
「でも……その、ボクは……」
「私、ね。自分が暴れている時の記憶が全然無いの、気が付いたら自分じゃない血がこびり付いてて」
「……」
「もう、自分、じゃない時の方が……おおくて、昔、からの友達だったあなたがご主人の近くにいるのはLvが近い、からよね」
「うん……」
「昨日、も、あったよね。どう、も記憶があやふや、で」
「うん、うん」
泣かないように堪えているロロはフラティアのタヌポヌの言葉に頷き続けていた。
「あり、が、とう。あなたがいたから、わた、し、怖くなかった。もう、だいじょう、ぶ」
笑った。と俺は感じた。
なんで、そんな不幸な未来しかないのに、笑えるのだろう。
ロロも嗚咽を抑えるように頷く。
「じゃあ、わたし……イク」
「あ、待って」
ロロの方がまだ話が終わっていないのか、呼び止めようとする。
「邪魔をスルナ!」
怒気に似た叫びを放ち、しまったと後悔するフラティアのタヌポヌ。
「ご、メン……実はね……もう、アナタが……誰だったのか……ぼんやり……なの……だから、バいばイ」
若干の腐敗臭を漂わせながら、フラティアのタヌポヌは走り去っていった。
……魔物使いの理不尽に強い憤りを覚える。
何故、師匠のモンスターはあんなにも師匠を慕っていたのに、世の魔物使いはこんな悲劇を当たり前だと見捨てるのだろう。
「う……ううううう」
ロロは蹲る様に地に顔を向けて嗚咽を漏らす。
俺の前では怯えはするけど絶対に泣かないロロ。
俺に……ロロの為にできることは無いのだろうか。
魔物使いのモンスターは、所持者の許可が無い限り奪うことは出来ない。
目の前で起こる悲劇をどうしたら乗り越えられるのか、考え、チャンスを模索する。
一つ方法があるけれど運が作用する。
しかも失敗する可能性の方が高い。
機会はいずれ訪れるだろう。
それまで、待つしかない。
俺は意図的に狩場に滞在するように心がけた。
由利は不満を述べたけど、フラティアとの遭遇を考えたら狩場で休んだ方が良い。
一週間後の朝。
ルリティ山脈の4合目辺りの魔物と戦える頃には由利がLv16と俺は16、ロロは15★になった。
★は何なのかと言うと、ロロの種族、タヌポヌのLvアップ限界の事だ。
ここから先は道具を使わなくてはいけない。
「そろそろボクもお役ごめんになります。思いのほか長かったですけど」
「何を言っているんだ?」
「え、でも……これより上になると、加工が必要になりますよ」
「するさ、ロロは何になりたい? ルビータヌポヌか? ダイア?」
「ほ、宝石加工!? お金がもったいないですよ!」
魔物に魔力の篭った宝石を付与する加工が宝石加工と言う。
宝石の加護でタヌポヌは体の構成が変わり、Lvの限界が伸びる。
「それともウッドか? あれは変異させるのに相当苦痛があるらしいからさせたくないけど、それとも引き上げをするか?」
「本当に……使役モンスターにさせないのですか?」
「ああ」
「ふふ」
そのやり取りを見て、由利が笑っている。
「私は、増毛剤を埋め込む加工が良いと思うぞ」
「ウールタヌポヌだったか? それって毛を売る用じゃなかったっけ?」
「もふもふ分が倍増だ!」
「戦闘力が今より落ちるぞ」
「もふもふだ!」
ダメだコイツ。ロロを抱き枕にすることしか考えてない。
まあ、話はそれたが、お金か……確かに今の俺達にはお金が無い。
由利は手に入れた魔物の素材を商人に売っているけど、俺は魔石を貯めている。
使わなければ減らないし、使い道は結構あるから貯蓄しているのだ。
このツアーが終わって町に戻った頃に由利の知り合いの商人に処分してもらえば良い。
「とにかく、ロロはこれから何になるか考えておけよ」
「はぁ……」
どうもロロは、強くなることに対して意志が希薄と言うかなんというか。
モンスターの意志を尊重する俺の認識は間違っているのか?
気にしてもしょうがない。選べないのなら選べるまで限界を引き上げる方法があるし。
後数日もしたら町に戻る。その間なにをするか。
「由利はどうする? このまま山を登って、もっと強い魔物と戦うか?」
「そうだなぁ……確か、町に戻ったら次の便は何時だったか」
「町に用事があるのか?」
「ああ、ここで売っている武器は高くて役に立たなくてな、装備の一新をしたい所だ」
映画館とか、遊園地の食べ物が高いのと同様の理由でここでは宿泊費以外は高い。
だからみんな、あんまり物を買わず、町へ戻って購入する。
「じゃ、しばらくは休むか」
「そうだな、最近戦いっぱなしで疲れた。少しくらいゆっくりしても良いだろう。確か、この近くに秘湯があるらしいぞ」
「お前も好きだな、そういうの」
「女はみんな温泉が大好きだ」
「はいはい」