七話
さて、不死化薬に関して説明しようと思う。
不死化薬、文字通りモンスターをアンデットに変える薬だ。
完全に加工が終了するまでの間、服用した魔物は徐々に自我が蝕まれていく。
但し、この薬によっての変化は他のモンスターに被害を及ばず、人間にも危害を加えない。
魔物使いの命令を素直に聞くモンスターが出来上がるのだ。
能力も、普通のタヌポヌの2倍は最低値として上昇する。
進行は個体差があるけど、普通に食事をする所に連れて来る事はなくなるほど、肉体が腐敗する。
あの様子だとどれくらいかかるだろうか。
できればロロと由利の為に顔を合わせたくない。
しかし、フラティアを責めるのはお門違いだ。
一般的な魔物使いはそういった薬などを用いる事が当たり前の職業だ。
野菜などを育てる際に薬を使うのと同じ様な物だと例えるのが適切か。
こういったこの世界の魔物使いを知ると多くの異世界人は魔物使いを辞めていく。
気持ちはわかるが、それでも俺は魔物使いを諦めきれない。
「だから魔物使いは嫌いなんだ! 命を何だと思っている!」
「魔物は命が無いって言う認識なのさ、家畜に同情してどうするってね」
由利の愚痴に俺は奴等の論理で答える。そう、この世界で魔物は無限にポップし続ける存在だ。殺しても尽きる事が無い。
ゲームだと未だに思っている来訪者も多い。
「違う! 魔物にも命があるんだ!」
そう言いながら何時の間にか由利はロロをギュッと抱き締めていた。
「さっきの子、友達だったんでしょう?」
「はい。魔物使いの学校で生まれた時からの幼馴染です……」
ロロは俺と出会う前の、経緯を話してくれた。
タヌポヌは卒業見込みの生徒が三年に進級するときに育てられる。
それから一年間、魔物使いの生徒達の練習用基礎教育教材として、戦闘訓練や体力測定、知能測定を得て、卒業時に進呈される。
さっきのタヌポヌはロロ達の中でも一番優秀な成績を収めたタヌポヌだったらしい。
良く遊び、良く学び、自らの一生の全てを学校の施設内で楽しみ、魔物使いに使役されて死ぬ。
これがタヌポヌの一生なのだ。
その中でも、ロロはあのタヌポヌとはいつも一緒にいる仲だった。
成績優秀な幼馴染と凡庸な自分、それだけ差があったのに、あの子は差別をしなかった。
「あの子の事、好きだったの?」
「そ、そんな関係じゃないですよ。友達です」
ロロはそう否定するけれど、思うところはあるんじゃないか。じゃないとあの子の不幸に心を痛めるなんてしないと思う。
「だけど――」
ロロが由利の口に肉球を当てて、黙らせる。
「ボク達、魔物は、死んでも同じ魔物に生まれ変わります。ですから永遠の別れじゃないんですよ」
そう、魔物は死んでも同じ魔物として別の場所に生れ落ちる。
これがこの世界の理にして、人間の生活範囲が限られている原因だ。
考えても見て欲しい、突然、住んでいる町に魔物が湧いて出たらどうする?
魔物を駆逐することは出来ない。
その地域にいる魔物の個体数に変動は無い。
これはどれだけ捕まえても変わらないのだ。
利点は、この世界の食肉は俺達の世界と比べてかなり格安だ。
しかし……その生まれ変わった魔物に前世の記憶は無い。
夢から覚めるかのように、同じ魔物だと分かっていても、覚えてはいないのだ。
「だからフラティア様を怒らないで上げてください。あの方は23456を強くしてくださっているだけなのです」
「……」
こうも頼まれては由利も次の言葉を発する事が出来なかった。
もちろん、俺だって口を挟む訳には行かない。
空気が重くなるなぁ……。
ふと、そこで町の掲示板に張り出されている広告に目が入る。
「お? 今の俺達に丁度好いイベントがあるぞ」
「なんだ?」
俺が指差すと、由利とロロが掲示板に目を向けた。
我ながら運が良いと思った。
『みんなで遠征に行こう!』
仲間が集まらず、Lvが上がらなくて困っている冒険者諸君に朗報だ。
近く、冒険者ギルドが主催する遠征があるぞ!
遠征とは遠くの狩場に、みんなで行くことだ。
行く先には宿泊施設や酒場も完備、是非振るって応募してくれ!
今回のコースはこれだ!
サフィエット湖とルリティ山脈周辺。
興味のある人は下記の日時に町の広場で集合だ!
サフィエット湖とルリティ山脈の周辺はちょっと遠いがLvを上げるには良い地域だ。
しかも休める施設が用意されているのなら悪い話じゃない。
掲示板を見て俺達は早速準備に取り掛かった。
その日時に、町の広場で参加申請をした。
後はギルドの用意した馬車に乗り、目的地に到着するのにあまり時間は掛からなかった。
「新米冒険者の皆さん。各自が自由に行動し、存分にLvを上げてください。始めに説明した通り、命の保障をするものではないので無理な狩りを行わないようお願いします。それでは解散です」
サフィエット湖に面した宿には冒険者が何時も冒険者が在留して、危険な魔物に対応できるようにしてある。
俺達は、ここを拠点にしばらくの間。Lv上げに専念するのが目的だ。
期日は2週間らしい。
2週間程すると帰りの馬車が来て、安全に町へ帰れる。
まあ、自力で帰ることはできるけど、ちょっと遠い。
ここから俺達がいた町への間には少し危険な魔物が住む地域があるので、新米はLvの高い用心棒がいる馬車に乗るのが良いだろう。
元気に振舞うロロと、なるべくあの時の事を忘れようとしている由利を気遣いながら、俺はこれから何を狩るかを考える。
「何を倒しに行きますか?」
「Lv4だからなぁ……」
「倒せる相手がいるのか?」
「魔物分布図をギルドの情報から移して来た。サフィエット湖近隣に生息するワーグル辺りが適度な強さと条件にあっているだろう」
ワーグルとは体が犬、顔がワニの魔物だ。
大きさは柴犬程度、凶暴な魔物で、アクティブ。
でも動きはそんなに早くは無い。危険なのはワニの噛む力をそのまま持った頭部だ。
「尻尾を噛まれないようにな、ロロ」
「はい!」
「由利、もふもふしすぎて顔を噛み切られないようにな」
「お前は私を何だと思っているんだ!」
さて、結構人混み溢れる宿泊地を後にして、俺達は気ままにワーグル探しに出かけた。
現在、封印石の数は14個。
魔石は6個、変換が終了し、売らずに残っている。
封印石を作るにのにも魔力を消耗する。魔石の魔力を解放すれば多少は回復するけど、もったいない。
ちなみにワーグルから取れる素材の中で良い値で売れる物は殆ど無い。
味もラスーカより悪いという始末なのが残念な所か。
あえて言うなら牙と骨かな。錬金に使うとか……。
それからしばらくして目的の場所に到着した。
湖が望めるのどかな街道だ。反対側にはルリティ山脈が高らかに聳え立っている。
「さて、と」
「バア!」
ワーグルが茂みから飛び出してくるなり、俺達に跳躍する。
サッと俺は避けながら魔結晶から剣を取り出し、追撃をかけて弱らした。
「ギャウ!?」
「由利のLvは聞いたけど、腕前はどれくらいなんだ?」
「腕前? 魔結晶のアシストが無くても剣の心得くらいある!」
そうそう、戦士系に所属すると魔結晶から動きの型を無意識に行えるアシストが設定できる。
Lvが上がるとこのアシストの補正も大きくなり、手軽に強くなれる。
「へぇ……お手並み拝見だ」
事前に魔結晶同士を共鳴させ、俺達は経験値を共有するパーティーを組んでいる。
共鳴とは、魔結晶同士を軽くぶつけて呼び起こす設定だ。
こうすることでネットゲームで言う所のパーティーを組める。
「見ているが良い」
もう一匹茂みからワーグルが現れて噛みかかる。
大口を開いたワーグルに由利は一閃、
顎から横に真っ二つに切断されたワーグルの下半分が不気味に走りぬけ、ぱたりと倒れた。
「倒しました! マスター!」
ロロもワーグルを尻尾で押さえつけ、息を止めた。
EXP15獲得。
「ま、これならそれなりにLvを上げられるだろ」
「回復魔法が使える奴がいないのがきつい所だがな」
「ゲームじゃないんだ。ダメージを受ける前提で戦えるか」
「あ……」
ロロの尻尾から若干血が滲んでいる。
「なんだ。怪我したのか」
「すいません。今度は失敗しませんから」
「大丈夫だ。落ち着け」
俺はロロを抱き上げて、尻尾に手を添える。
ふわりと手から光が溢れ、俺の魔力が低下した。
「こんなもんだろ」
俺が添えた手を離すと、ロロの尻尾の怪我は治っていた。
「モンスターヒーリングを取得したのか」
「金のかかる回復薬を使うより効率的だろ?」
実際の所、魔石への変換できる効率が下がるから一概に言えないけど、悪い方法じゃない。
モンスターヒーリングは、魔物使いが使用できる、言うなればモンスターにしか効果の無い回復魔法だ。
「ありがとうございます。マスター」
「どういたしまして」
とりあえず、由利が倒したワーグルは結晶にさせるのは無理だから、ロロが倒したのに封印石を使用する。
「よし、この調子でLvを上げるぞ」
「おー!」
「頑張ります!」
こうして俺達は今日一日ワーグルを狩り続け、俺とロロはLv7へ、由利はLv9まで上昇した。