六話
酒場に顔を出すと俺達と同じように異世界から来た冒険者が昼食を取っていた。
みんなこの世界での生活に慣れ始めているのか、顔色は思いのほか悪くない。
ただ、ガラが悪い連中が増えだしているという噂が、結構飛び交っている。
席に座った俺達は店員を呼んで早速注文する。
「えっと、ランチ定食Bを」
「私はA」
ロロには俺が作り置きしておいた焼き鳥と露店で売っていた果物を与える。
パクパクとロロが食べるその様子を楽しげに見つめている由利。
「な、なんですか?」
「いや、ゆっくり食べてくれ」
「見られていたら食べにくいです」
ロロも馴れてきたのかハッキリと言うようになって来た。
昨日は常時怯えっぱなしだったので、いい傾向だと思う。
しばらくすると注文したメニューが運ばれてくる。
俺達はそれを食べながら、これから先の方針について、一応話し始める。
「俺とロロは8Lvくらいまであそこの森にいる予定だ、由利、お前のLvは?」
「6だな。次の狩場は知っているのか?」
「前衛系は知らんな。死ぬリスクを考えないなら知っているが」
「何処だ?」
「リースリカ大森林」
俺が師匠と出会った森の名前だ。
本来は相当高Lvにならなきゃ入るだけでも危険な森で、夜、中級者程度の冒険者では魔物にやられて全滅する。
名前を語るだけであたりが静まり返った。
「大森林って――」
無謀な挑戦を考えてると小声で聞こえてくる。
ああ、冒険者の地図には危険区域と書かれていたな。みんな知っていたか。
王都エルミセンから歩いて半日で行くことが出来、太古の遺跡が眠っているとも囁かれる大森林だ。
奥へ行けば行くほど高Lvのモンスターが出現し、行ったら帰れないと言われている。
「あそこでなら一週間でそれなりに上がるぞ」
「死ねと? 私に死ねと言っているのか?」
「腕さえ良ければ入り口辺りで魔物と戦って、一時間もあれば15は楽になれる」
俺がそうだったように、戦い方さえ知っていればLvはメキメキ上がる。
命の保障は出来ないけど。
「マスター、まさか……」
次はそこ?
と不安そうに震え上がるロロに俺は優しく微笑み返す。
「ヒィ!?」
おや、肯定だと受け取られてしまったのか?
「行くわけ無いだろ? 死にに行くようなもんだ」
「おい……」
由利が半眼で俺を睨みつけてくる。
「ロロが」
「え!? ボクだけなんですか!?」
「俺は大丈夫だし」
「なんなんだその無意味な自信は」
一応、そこで一月生活していたのだけど、説明する必要は無いか。
「あら? そこにいるのは野蛮な異世界人ではありませんこと?」
と、話を遮って酒場に入ってきたのは俺が魔物使いの学校に入ってからの一か月、妙に突っかかってきた女こと、フラティアだ。
職業は俺と同じ魔物使い。この世界出身の貴族。
努力家で学校の主席。スピード卒業する俺達異世界人とは違って、完全なエリート層と言う奴だ。
顔は由利といい勝負ができるくらい整っていて、髪の色はストロベリーブロンド、肌は白く。黙っていれば美人だなと思う女の子だ。
年齢は……幾つか知らない。とりあえず俺と同じくらいだろう。
何やら装飾品が目立つドレスを、学校にいるときは着ていた。
今は、動きやすいラフな皮の胸当てとデニムのズボンを装備している。
だけど、見た感じ、安い皮じゃなくて、希少素材の皮っぽいな。間違っても普通に売られているような皮を使っていないのだけは分かる。
「……何?」
この女、たった一ヶ月だったというのに俺に妙に絡んできたのだ。
「うわぁ……フラティア様だ」
ロロが惚けるように声を漏らす。
何かコイツ、変な人望があって学校でも人気があったらしいんだよなぁ。
「そういえばアナタも学校を卒業しましたのね。どう? Lvはいくつまで上がりまして?」
「4だ」
面倒だなぁ……別に俺は世界を救う勇者でも、異世界から来た難民を元の世界へ帰す為に戦う救世主でもない。
「な……なんですって、昨日卒業してもう4ですって?」
「そういうお前は何Lvだよ」
「7ですわ」
「十分じゃないか、何をムキになっているんだ?」
「ムキになどなっておりませんわ!」
由利が、惚けているロロをテーブルに乗せて尻尾をモフモフしだした。
退屈なのだろう。
俺もコイツの相手なんてさっさとやめたい。
ふと、視線を下に向けるとフラティアの足元にタヌポヌがいた。
ロロと比べると毛並みや骨格のつくりが良い。
「それ……」
「あら、気付きまして? 私が学び舎から譲り受けた最高品質のタヌポヌですわ」
ロロが惚けから立ち直り、フラティアのタヌポヌに話しかける。
「23456!」
「あ、23466……」
ちょこんと着地したロロはフラティアのタヌポヌに近寄る。
何だろう……フラティアのタヌポヌの調子が悪そうに見えてきた。
「金に物を言わせて良いモンスターを買うかと思ってたけど、支給されたモンスターを使ってるんだな」
嫌な予感がする。
「ええ、支給されたモンスター以外で他人から譲り受けるという行為、私のプライドが許しませんわ」
「そんなもんかねー……」
なんとなくだけど、酷い状況になりつつあるような気がした。
「大丈夫?」
「大丈夫よ。これくらい。フラティア様に選んで貰ったんですもの、精一杯、私の一生を賭けて奉仕しないと」
このタヌポヌの足取りが気になる。
「おい。このタヌポヌに何をしたんだ? 見たところ、使役モンスター化させていないように見えるのだが」
「最初は色々と魔力を使う仕事が多いでしょう? ですから従順なタヌポヌなら使役化させず、加工をして、他に魔力を回すべきですわ」
「……何をしたんだ?」
凄く、嫌な返答が飛んでくる。それだけは分かった。
いや、知識としては知っている。知らないはずがない。
俺は安易に剣を抜こうとする由利の柄を掴んで妨害する。
由利が殺気を放ちだす。
「不死化薬を服用させましたわ。結晶化すると加工が途中で止まってしまうのが難点ですわね」
「!?」
由利が驚き、そして怒気を噴出させようとする。
だから、由利の耳元で囁く。
「ここでアイツを殴ってもお前が牢屋にぶち込まれるだけだ。良いから落ち着け」
ロロも由利が怒っているのを汲み取って抑えるように頭を下げる。
「……」
由利はブスッと不機嫌に顔を背ける。
俺はフラティアの方に顔を向けて頷いた。
「そうか……まあ、そういうのがベターだもんな」
「色々と加工するのは良いのですけど、タヌポヌじゃ土台が悪いですもの。アンデットタヌポヌが一番強くなるのは教科書通りですわ。よろしければ薬を分けますわよ?」
「いや、俺はこのタヌポヌを独自に育てあげたいんだ」
「あらあら、さすが野蛮な異世界人は無謀な挑戦をするのがお好きなようね」
妙に機嫌良く、フラティアは笑いながらメニューを注文し、席に座る。
「23456……」
「う……さ、アナタも自分の主人に尽くしなさい。それが私達の役目なんだから」
フラティアのタヌポヌはそう言うとロロを俺の方へ行くよう押しのけて、フラティアの元へ歩いていった。
「そこに居るのは勇じゃないか?」
声を掛けられ、顔を向けるとアゾットがそこに居た。
なんか身なりが凄く良くなっている。
「久しぶりだな」
「そうだな、調子はどうだ?」
「ボチボチって商売じゃないからどうでも良いな」
アゾットはロロに目を向ける。やはり雑魚とか思っているのだろうなぁ。
「魔物使いになったのか、勇らしいな」
「ああ」
「あ……あ」
フラティアが絶句した表情でこちらを見ている。
「た、確か今回異世界に来た来訪者の中で有名なアゾット様では無くて?」
「そうだけど? なんだ」
さも当然のようにアゾットは認める。
「そんな有名人が何故、こんな野蛮人と話をしているのですか?」
「野蛮人って勇はそんな酷い奴じゃないぞ?」
あー……これ以上の厄介事を持ってこないでくれ。
と言いたかったがアゾットはやめない。
「なあ、今からでも良いから俺の仲間にならないか?」
「冗談、俺は俺らしく、お前が世界を救ってくれるのを待って、自分のペースで生きて行くさ」
「そうか……残念だ。お前が居たらさぞ戦いが楽になったと思うのに」
「魔物使いに何を期待しているんだ」
「お前なら魔物使いでも強くなると信じている」
「はいはい。そういや、何Lvになったんだ?」
「ああ、Lv63だ。まだ先は長そうだよ。この世界の魔物はポップし続けるから上りが早い」
「その程度なのか? リースリカ大森林に行けばもっと稼げるぞ」
「凄いな。あそこを勧めてくるとは、やはり俺の期待は外れてない」
「抜かせ、Lvなんかよりも大切な物があるだろ?」
「まったくだ。Lvがいくら高くても、他に大事な物なんて幾らでもある。特にこの世界は」
と、他愛ない雑談をしているとアゾットの仲間が呼んでいたので、アゾットは軽く挨拶をするだけで立ち去って行った。
フラティアが悔しそうに俺を睨んでいる。
「……」
俺達は、精神的に悪いので足早に酒場を後にした。