三話
始めはみんな信じなかった。
当たり前だろう。幾らなんでも凝り過ぎのイベントだと思う。
しかし、異世界の役人は淡々と事情の説明と生活保護の猶予を設け、この世界の仕組みを話していた。
この世界は現在、異世界からの流入者を善意的に受け入れる土壌が存在する。らしい。
とりあえず、突然の事実を受け入れられるだけの期間として三週間ほどの食料と住居の援助を約束すると言うのだ。
そして、その間に嘘ではないことを理解し、この世界で生きるために様々な職業に就くことを勧めてきた。
さらにチュートリアルとして魔結晶の使い方を説明してくれた。
魔結晶とはこの世界に異世界人が流れ着くと自然と所持する便利な道具で、異世界人=俺達はこの世界の人間よりも全てにおいて才能が高いらしい。
魔結晶はその才能の管理と肉体を数値化して見せてくれるのだそうだ。
俺は魔結晶を弾いてステータスを確認する。
そしてスキルの項目に手を置いた。
別のウィンドウが表示され、スキルを確認する。
無職
剣修練
異世界文字理解
スタミナアップ
etc……
全部を見る前に割り振られた避難所で配給の食べ物を分けてもらう。
あれから1日。
皆がヒソヒソと、これって本当の事なんじゃないか?
と、信じ始めている。
確かに一日中ログインしていたら家族に怒られるし、警察や関係会社がログアウト不可の状況に何か手段を講じる。
信じるか信じないかは別にして、俺は自分の頬を抓って痛みを感じ、ダイヴゲーム独特の痛くない肉体とは何か違うのだと理解していた。
一部の人々は夢の異世界なんじゃないかとワクワクした顔付きで避難所に隣接する仕事斡旋のギルド員に話しかけていた。
アゾットはいつになく緊迫した表情で職業に付いてレクチャーを聞いていた。
チュートリアルで、役人は俺達にこう説明した。
『君たちは現在、無職という状態だ。城下町の外には危険な魔物がウヨウヨとしている。そんな敵に少しでも戦える手段としてギルドの承認を得て、職業に就くといい』
で、ギルド員に連れられて行った連中が帰ってくるなり。
「見習いに転職できたぜ!」
と、ハイテンションで言い放った。
何でも、無職の状態には無かったスキルが項目に現れ、ステータスも変動したそうだ。
とりあえず、ゲームっぽく説明しよう。
転職によって、例えば戦士ギルドに行くと、戦士に転職できる。
だけど、やっぱ魔法使いになりたいなぁ……なんて思った場合、魔法使いに転職することも可能だ。
もちろん、ペナルティが無いわけじゃない。
戦士の時に得たスキルや経験の殆どを犠牲にして魔法使いになるらしい。
でだ。まあ、オンラインゲームの常識なのだけど、魔法とかは魔法使いになったら使えるようになったらしい。
転職後、一ヶ月はギルドの寮で講習を受け、正式にその職業に就くそうだ。
だけど、大抵のユーザーは避難所で今後の推移を見守っている。
嘘臭い話だったもんなぁ……。
やりすぎで社会問題になりかねないのに騒ぎに便乗する奴もある意味凄い。
俺はアゾットに本名を教えた。だが、アゾットはまだ俺に本名を教えてくれない。
「勇、俺は……こんな馬鹿げた異世界召喚を終わらせるために出る。ついて、こないか?」
「んー……考えさせてくれ、まだ本当かどうか理解が追い付いていないんだ」
ログアウト制限で驚かせるという仕様をしたゲームが無い訳ではない。現在では違法と言われているシステムで数分を一日と錯覚させ、さも一カ月近くゲームの世界に閉じ込められたとか言う過激なゲームがあったのだ。
もちろん、脳への負荷が大きすぎて即刻サービス停止。逮捕者が出た。
無理やり、それを誘発させるコンピューターウィルス内臓のゲームだったのなら、今、そう錯覚させられている可能性も否定しきれないのだ。
もちろん、これは言い訳に過ぎない事くらい自覚はしている。
「またソロプレイで勇者をやりたいのか? いや、初めてで不安だから俺もって所か?」
「いや、仲間を募って行く、俺は仲間を失うような真似は絶対にさせないし、仲間を信じて行く。出来ればと誘っただけだ」
「……珍しいな。どうしたんだ?」
アゾットは一年前まで基本ソロで遊ぶプレイヤーだった。
正直な所で言えば変にゲームの知識を備え、小さなギルドで後輩育成をしながら上前だけを撥ねる、少々問題のあるワンマンタイプだった。
後輩が育ちきると新しいギルドを作って新しい後輩を作る。
良く言えば初心者育成、悪く言えば自己満足の激しい。自慢癖のある自称クールの中二病患者だ。
しかし、何があったのか、一年前の事、後輩を育成しきると、その後輩とギルドを大々的に拡張して、ゲーム内でも有名なプレイヤーに昇りつめた。
ブレイブスターオンラインの個人デュエルランキングのトップ帯に何時も入るようになり、人とのつながりも強く、一言でいえば魅力的に成長した。
今では大きなギルドのマスターとして信頼も厚い。
そんな引く手が尽きないアゾットが事もあろうに俺に頼るとは。
「俺はそんなに強くないぞ」
「嘘付け、最強の一角は未だにお前だろ、俺はお前のおべっかを信じない」
「ゲーム違いだよ。ブレイブスターならお前に個人デュエルで勝てる見込みはない」
「ブレイブスターならな。お前はそれよりも難しいゲームで上に居るだろ」
「御世辞はそこまでにしておけ。そもそもこの体じゃ無理だし。で、俺に何をさせるつもりなんだ?」
「くだらない異世界召喚を終わらせて皆を帰還をさせるんだ」
あー、結局は勇者様をやりたいのね。
全然変わって無いな。
「世界を救うなんてやってられるか、自分の世界は自分で守れとは思う所もある。けど大体の理として、やる事をやらないと帰してくれないだろう。だから一刻も早く世界を救う」
「どうしてそんなにやる気なんだ?」
どうせ勇者様をやりたいんだろうけどさー。
「……実は昔、俺は別の異世界へ召喚された事があるんだ。この剣はその時に使っていた物だ」
何を言っているんだ?
じゃあ異世界を救った勇者で今回は二回目だと?
よくもまあそんななりきりプレイが出来た物だ。
正直、呆れてくる。
だけど、ちょうど一年前……人が変わったようにアゾットはゲームプレイが変化した。
しかも状況的にも嘘を言える雰囲気じゃない。
本当、なのかもしれない。
「それに、昔言われたんだ。俺が愚かにも突き進んだ所為で失った人たちの分まで俺は贖罪をしなくてはいけない。だから……この世界の人々も、元の世界の人々も出来る限り救いたい」
「……」
本気で言っているみたいだけど、やっぱり少し気になるな。
気にしたらダメだ。
もしかしたら本当なのかもしれないし、今は現実的にありえないとか、バカにする様な状況じゃない。
「勇、もしもお前が何かに選ばれたとしても浮かれちゃいけない。異世界と言うのは夢だけでは存在していないんだ」
アゾットの奴、どうしても信じさせたいようだなぁ
信じてやりたくもあるけど、俺は俺の楽しみ方をしたい。
「悪い。俺は俺独自で頑張ってみたい」
「……そうか。無理を言って悪かったな。お前なら、別の視点で物を見る事が出来るかもしれない。考えの押し付けは良くないから俺もこれ以上は言わない。また会えたら話をしよう。」
そう言ってアゾットは旅立っていった。適応が早い奴だとも思うと同時に、世界を楽しんでいると羨ましいと感じた。
それから三日経った頃。
さすがにおかしいだろ? 本当の事なんだよな?
と、大半のユーザーから不安が爆発しだした。
「現実に帰して!」
「俺には大事な仕事があったんだ! 早くログアウトさせろ!」
避難所で騒ぎ出した連中が現れ、他のユーザーに迷惑掛け始める。
すると兵士が飛んできて、避難所に隣接された隔離施設、まあ牢屋っぽい所に収監されて、頭を冷し経緯を待つ。
俺は初日に知り合った兵士から、ある程度、事情を教えてくれた。
「信じられないのは無理も無いけどさ、俺達からしたら異世界人って羨望するくらい成長が早いんだよ」
「そうなの?」
「ああ、例えば俺は兵士だけど、普通は何年も修練して兵士って職業に体がなるんだ。なのにお前等は1週間で変化しちまう」
「ふーん……そうなると異世界人が有利なんじゃないのか? 国を支配する奴とか犯罪者になるやつとか多そうだけど」
「逆もまた然りだろ? そういうのを取り締まる連中にも異世界人を使うわけ」
「ま、そうだよな」
とにかく、異世界人であるユーザーはこの世界に元々いる連中よりも成長が早いらしい。
「なんていうかさ、お前等も手馴れた感じじゃないか?」
もしも、と仮定して俺は兵士に聞いた。
「ああ……俺達からしたら異世界人って結構な割合でくるんだ。確か……20年前にも一度あったらしいな、俺は小さかったから良く覚えてないけど」
「へー……」
自分でも気のない返事をしているとは思う。
「その20年前の連中は?」
「ん? この町にも結構いるぞ? 半数以上は元の世界に帰ったらしいけど」
「そういえば、朝の講習で妙なおっさんが本当の事だとか演説してたなぁ……」
何か、前の帰還アイテムでは俺達は帰れない。その理由として、帰る世界が違うからとか言ってた気がする。
「俺の爺さんは40年くらい前の異世界人らしいけどな」
「ああ、残留組の子孫って奴?」
「そうなる、まぁ、魔結晶を上手く使えるのは一代限りだけど」
この世界で生まれた人間は異世界人としての技能を持たない普通の人間として産まれるらしい。
一代限りの高性能という訳か……なんてのは問題じゃない。
ゲームっぽい異世界にどうやって馴染み、残留するか帰還するかを考えなくてはいけないのだ。
というのを考えるにも、この世界のどこかにある元の世界へ帰還アイテムを見つけなければ話にならない訳だけど。
とりあえず、俺達の行動の指針は帰還アイテムの発見が第一目標となっていくのに時間は掛からなかった。
初日からこの世界が本物であると受け入れて職業に就いた者は現在、ギルドの運営する学校で基礎知識を勉学中だ。
入学から一か月のスピード転職で、直ぐ楽しい異世界ライフとは誰が言ったっけ。
で、俺はどうしたかと。
異世界に来て一ヶ月。
色々あって弟子入りして、師匠と呼び慕う人が出来、森の中で生活していた。
やがて、俺が師匠と同じ職業の魔物使いになりたいと師匠に頼むと、師匠は何やら複雑な顔つきで目的の町まで案内してくれた。
「この町にあるギルドに申請すれば近場の魔物使い専門の学校へ案内してくれるだろう」
「あの……師匠は?」
「ワシは帰るだけさ、そうだ。お前にコレをやろうと思っていたんだ」
師匠はそう言うと、魔結晶から一冊の、手書きのノートを俺に手渡す。
「ここには魔物使いとして必要な基礎知識やワシ独自の研究をある程度記載している」
「あ、ありがとうございます!」
「魔物使いになり、自らの相棒と共にワシの所へ来れるだけの腕前になったら、そのノートより高度な技術を教えてやろう。その時まで、しばしの別れだ」
俺は精一杯、手を振り、師匠との別れを惜しみながら魔物使いギルドの門を叩いた。
そうして一か月。
俺は師匠から教わった技術と、ギルドの技術の差異に疑問を浮かべながら、無事、学校を卒業することとなる。
ちなみに入学初日、学校の入り口にある大きな水晶を使って、俺は転職を済ませた。
俺の所持する魔結晶に水晶から滴る雫を浸らせると、魔結晶が淡く光って、転職が完了する。
ステータス
見習い魔物使い Lv1
所持スキル
魔物言語理解 Lv1
異世界文字理解 Lv1
この二つは無職の時に習得した。無職時にこのスキルを取得するのには随分ポイントが必要だったけど、困ってはいない。
さて、ここで学んだ基礎知識を思い出しておこう。
魔物使いとは商人系の派生職であり、魔物を使役して戦う職業だ。
商人系とは、職業の系統を表す、大きな目安だと思ってくれれば問題は無い。
動物に例えると哺乳類とか、その辺り。
どういう仕事かというと、食肉業者が近いだろうか。
主な仕事はこれから嫌になる程やる事になるから、今は思い出さなくても良い。
他に戦士系、魔法使い系がある。
これが三基礎系統と呼ばれる基礎職業だ。
マメ知識として基礎職業内の転職の場合、引き継げるスキルがかなり多く、Lvも下がらないものが存在する。
前に知った話だと、戦士から魔法使いに転職する場合、系統が異なるためにLvが大きく下がるというペナルティが合ったわけである。
俺の場合は無職でそれなりにLvを上げていたけど、魔物使いになったら1Lvに戻った。
まあ無職はどの職業にもなれるけど、どの職業にも繋がらないから、そういう物なんだろう。
現に周りの連中は皆Lv1だ。
そして今日、俺は魔物使いの学校を卒業する。
師匠と分かれて一ヶ月、色々とあったわけだが語る時が来たら話すとしよう。
尚、卒業式は早々と終わった。
「え~本日、君たちは魔物使いとして社会に羽ばたくわけだが――」
学校入り口で今日、卒業する生徒を集め、講師たちが毎日卒業する生徒達へ、半ば作業とも言える通過儀礼を述べていた。
今日の卒業生は俺を含めて3人。
みんな異世界人でスピード入学の後、スピード卒業をする同級生だ。
昨日は、この世界で生まれた生徒達の卒業式があった。
なんていうか昨日の方が卒業生も、卒業式自体も明らかに大きかった。
まあ、異世界人じゃない連中は学校を卒業する前に三年間も必要らしく、校舎や講師にも愛着があるのだろう。
「では、これより最終手続きを行う。では一人ずつ前へ」
それぞれ、転職儀式に立会い。大きな水晶から滴る雫を魔結晶に染み込ませて、転職は完了した。
ステータス
魔物使い Lv1
「それでは、新たなる魔物使いに祝福と卒業時の魔物を授与する」
完全に転職を終えた俺は、相棒となる魔物を今か今かと待ちわびた。
そして、校舎の、魔物養育舎から首輪で繋がれた魔物が三匹。俺達の方へと連れられてくる。
「え~……この魔物は契約モンスターである。君たちはこの初心者用に生み出されたモンスターを学校で学んだ知識を駆使して、使役モンスターにするよう頑張るように」
契約モンスターとは魔物使いによって調教が完全に済んでないモンスターの呼び名……と学校は説明している。
この契約モンスターを使役モンスターに変える事が魔物使いとしての第一歩……であるとか。
連れられてきたモンスターに目を向ける。
学校の授業で教わったモンスター知識によると、タヌポヌと呼ばれる。タヌキのようなアライグマのような大きな尻尾がトレードマクのモンスターだ。尻尾を除いた全長は60cm前後。大きな尻尾を伸ばすと1mくらい。
見た目は三頭身で、二足歩行で歩く。
ふわふわの毛並みと、ずんぐりむっくりの体形がいかにも鈍重そうで、愛玩用の色が濃い。
尻尾はシマシマで、ファンシーなレッサーパンダとアライグマとタヌキの可愛い所を混ぜた感じ。
なんとも可愛い見た目をしたモンスターである。
俺と同じ卒業生が、貰うモンスターを見て、ちょっとがっかりしている。
なんでだ? これから苦楽を共にする仲間だぞ?
「ポン!」
変な鳴き声だ。
実は卒業前から知っていたんだよね。
魔物養育舎には在学中に何度か見に行く機会があった。
講師が指を鳴らすとタヌポヌが結晶石に変化する。
「では君たちに、この初心者用モンスター、タヌポヌを贈呈する受け取ってくれたまえ」
結晶化したタヌポヌを貰った。
俺は魔結晶を弾き、アイテム欄にタヌポヌの結晶を入れる。
ピコンと魔物使いに転職した時に出来た項目が開かれる。
使役モンスター欄
○ ○ ○
タヌポヌを登録しますか?
俺は迷わず『はい』を選択。
使役モンスター欄
● ○ ○
タヌポヌの登録が完了し、貰ったタヌポヌは正式の俺のモンスターとなった。
この登録、それは魔物使いとして、モンスターが倒した時に得られる経験値を共有するのに使うのだ。
もちろん、命令やその他、様々な技能にも使われる。
「あ、モンスターの召喚は学校を出てから行うように」
講師の説明に従い。卒業式が続行される。
とはいえ、
「これにて解散!」
割と直ぐに、卒業式は終わり、俺は学校を後にした。