二話
ゴトンゴトン……。
馬車が石造りの町並みを横切っていくのに目を向ける。
……もうログインしたという事なのか?
広場には大量のユーザーがごった返している。
「あれ? キャラクター作成は?」
「おれ、女の子キャラでやろうと思ってたのによ」
ログイン前に確認した時間は12時半、サービス開始して30分経過している。
ふと手に目を向けるとネット内のアバターでは無く、現実の俺の手があった。
?
おかしい。何かがおかしい。何故そんな直ぐに分かったのかと言うと。
俺のアバターは人型では無い。
ネット内の仮初の肉体であっても見慣れた物であれば違和感は無い。
なのに何故、現実の肉体が?
一体どうしてこんな事が?
「ユウ、大丈夫か?」
「ああ、アゾット」
俺の友人であるアゾットが……何やら焦ったような表情で俺を見つけて聞いてきた。
もちろん、この名前はハンドルネームで本名は知らない。
アゾットが言ったユウというのもハンドルネーム兼本名なのだが、まあアゾットとはリアルでオフ会した事もあるので、気にする必要は無いけど。
オフ会する位仲が良くても普通はそういうの教えないけどさ。
現に俺も名前や住んでいる場所までは教えていない。
「妙なシステムを搭載したゲームなのか?」
「いや、多分……これは」
そもそも、ダイヴゲームだと言ってもここまで鮮明に描写する機能はまだ科学が追いついていない。
ましてや風が受けるような感覚なんてありえない。
何が起こっている?
石畳の広場の先には巨大な城がそびえ立ち、遊園地とは思えない情景を醸し出している。
人混みを抜けるように俺は広場を出ようと歩き出す。
すると兵士のような人たちが通路を塞いでいた。
「ユウ、信じてくれ……これは間違いなく異世界だ」
「は? 冗談を言うのも大概にしておけよ」
昔からそういう夢を持っているような奴だったけど、これ幸いに演じているな。
「冗談じゃない。信じてくれ」
「ふむ……」
まあ、ある程度なら合わせてやるか。
状況判断的に夢のある展開ではあるし、このリアリティは確かに異世界へ来てしまったと思う程の精度がある。
「わかった。で、どうすればいいんだ?」
「ちょっと待っていてくれ」
アゾットは隠れるように俺を広場の隅に連れて行き、手のひらを上にさせて呟く。
「……力の根源足る剣の勇者が命ずる。理を今一度紐解き、我が剣をここに」
しーん。
しばらく何も起こらなかった。
「なんだその言葉?」
「ルールも違えば、剣も呼べないのか」
忌々しそうにアゾットは呟く。
だが……バチバチとアゾットの手のひらから剣が出てきた。
「よし……だが、理が違うようだ。力は出せないか」
ぶんぶんと剣を振るう。
「何それ!? ルール知ってるのか?」
俺も真似してみよう。
「えっと、力の根源足る剣の勇者が命ずる。理を今一度……なんだっけ?」
「無理だ。お前じゃ出てこない」
アゾットは剣を凝視している。
「……ステータス魔法も無いな」
「あるかよ」
ブレイブスターオンラインはそう言う設定でプレイヤーのステータスを確認できる。
視界の隅にアイコンがあるはずなのだが、このゲームには無いようだ。
ふと、ズボンのポケットが膨らんでいる事に気付いた俺はポケットに手を入れた。
「ん? これは……」
ポケットから水晶の欠片の様な道具が出てくる。初期装備か何か?
「わからない。様子を見るしかないな。何かあったら俺がどうにかする」
アゾットはそう言って剣を腰に差して腕を組んで待つ事を決めた。
こうなると梃子でも動かないから放っておくしかない。
「なんだ?」
「何かのイベントでしょうかこれは?」
ゲームの運営が手の込んだイベントでも開催しているのだろう。人々が騒いでいる。
俺も情報収集というイベント気分で近くの兵士に話しかけた。
「何を言っているんだ? まあ来訪者ならば仕方が無いだろう。やがて説明が入るので待っていてくれ」
来訪者?
「説明ですか?」
俺は振り返り、広場の方に目を向ける。
ぞろぞろと降り注ぐ光から人々が現れ、俺や周りの連中が最初に口ずさんだ台詞を連ねる。
ゲームにログインしたかのようにも見えるのだけど……。
「具体的には何時頃に説明できますか?」
「ああ、それはだな――」
「一体何の真似だ! キャラクタークリエイトもせずにいきなりこんな広場に押し込めやがって! ログアウトボタンも無いし!」
「だから近々説明をするから待っていろと言っているだろうが!」
俺が話しかけている兵士とは別の兵士とプレイヤーが言い争いを始めていた。
「ログアウト不可ですか? あの……あなた達は運営では?」
「ログアウト? 運営? 我等は国の兵士であるが……来訪者達は何の事を言っているのだ?」
???
ログアウト障害と言うのはダイヴゲームに時々起こる現象だ。だけど、現実からの接続妨害、最悪、運営からのサーバー閉鎖を行えば問題は無い。
もちろん、船酔いに似た気だるさが現実に戻った時に起こるのだけど、世界に閉じ込められるよりはマシだと言われている。
俺も一度経験した事がある。
この場合、ゲーム外の端末を呼び出して、回線をオフにすれば解決する。
俺は端末を呼び出すよう、意識する。
……端末が反応しない。
致命的なバグか?
ポケットに手を入れるとちくりと硬いものに当たった。
何だと思って取り出すと、さっきの兵士が持っていた水晶に似たアイテムだった。アゾットと話した時にも気づいていたがこれがステータス魔法と同じものを呼び出すカギか?
チクリ?
痛みまで内蔵されているのか? 良く出来ているなぁ。プログラムだけでも相当作りこまれているだろ
俺は水晶をマジマジと確認する。
色は緑。キーホルダーみたいで、紐が括り付けられている。
指で弾いてみた。
チカッと水晶が光り、ウィンドウが現れた。
うん。どうやらこれがステータスや設定を確認するアイテムのようだぞ。
ステータス
Lv1 無職
所持金銭
0
所持アイテム
なし
装備
皮の胸当て(初心者用)
布のズボン(初心者用)
スキル
なし
アイテムが無いのだから出す物も無い。
しかし、もったいぶったゲームだなぁ。
さっさとチュートリアルを始めれば良いというのに。
とりあえず、手に入った情報といえば、来訪者は俺達プレイヤーの呼び名。この世界は仕事が大量にある。俺達は冒険者に身を置いて、仕事の手伝いをするようになるだろうという話だ。
で、端末を呼び出すアイテムは魔結晶と名前で、来訪者は肌身離さず、持っているアイテムらしい。
試しに投げ捨ててみた所、フッと消えてポケットに入っていた。
その時の兵士の顔は若干笑えたけど。
で、兵士の持っている魔結晶はそれを擬似的に模した複製品だそうだ。
「ふわぁ……」
あれから2時間。
数えるのも面倒なくらい人が増えた。
いい加減、暇でしょうがなく、これは訴訟物になりかねない時間的拘束だなぁ……と思い始めた頃だ。
シュンと広場から新しいプレイヤーがやってきて、周りを確認するなり言い放った。
「お前らリアルで凄い事が起きてるぜ!」
してやったりみたいな顔をして告げる新規ユーザー達。
「何だよ?」
「人間消失現象だとよ」
「はぁ!? 順序を理解しろよ。お前だけの頭で解決すんな馬鹿!」
「うるせぇな。俺も試しにINして驚いてんだよ」
と、新たにやってきたユーザーが言うか言わないかの所でフッと、広場の明かりだと思っていた何かが消失する。
ユーザーは振り返り、それから順序を説明しだした。
曰く、ネットにダイヴしていた家族が目の前で消えた。
部屋でネットをしていた子供が鍵の掛かった部屋から消えた。
という証言が警察や関係各所、ネットの掲示板に殺到、緊急でネット内を始め、テレビでも騒ぎになった。
そしてユーザーの最後のログが、このエイウェリアオンラインにログインしたという記録だけなのだという。
で、このユーザー達は閉鎖する寸前に滑り込むようにゲームにログインを試行を試みたのだとか。
「はいはい、イベントワロス」
「ホントだって! 嘘じゃねえよ!」
「嘘ではないですよ」
それは随分前にログインし、何やら青い顔で俯いて壁に持たれかかっていた中年男性だった。
ゲームだというのに妙に暗い顔だったから俺も気になっていた。
「実は私……そのエイウェリアオンラインの開発兼、運営部長でして……サービス開始と同時にログインしたのですよ」
「うわ、運営詐欺?」
「ここで語ってどうするよ? 嘘じゃなくね?」
申し訳なさそうに自称GMだったおっさんは頷く。
「どうにか本社と連絡をしようと色々と試したのですが、どうも……本当の事でして、部下が後でここに落ちてきて、経過を聞いておりました」
うーむ……些か嘘臭いなぁ。
俺は兵士の方に目を向けるけど、兵士は何食わぬ顔でその騒ぎを聞き入っている。
暴動にならなければ良いなぁとか思ってるのだろうか?
「あのもったいぶったサイトもアンタが?」
「いえ……そのようなものは設置しておりません。部下も後になって見つけ、削除しようとしたが上手くいかないという話で」
「でも閉鎖できたんだろ?」
「さあ……ですが、先ほどから新たに人が来ていない所を見るに、サイトを削除したと思われます。そもそも、サーバーは封鎖したはずなのですが、ログインは続いていたそうで」
「「「……」」」
あたりに重苦しい空気が充満する。
その時だった。
『それでは来訪者の諸君、広場に一度集まってくれ!』
メガホンよりも大きな声が辺りに木霊した。
俺達は声の方に顔を向ける。
声の主はステージに立ち、マイクっぽい道具を片手に語りかけていた。
『君達もさぞ驚いているだろうと私達は思っている。だが、話を聞いて欲しい』
驚いているさ、妙なオープニングイベントにつき合わされているのだから。
まあ、ログアウト妨害というある意味、どうやったらできるのかわからない技術が組み込まれているみたいだけどさ。
『冷静に、あくまでも事実だけを私達は語ろうと思う。事情を察するに、どうやら遊びの募集に乗って君たちはこの世界に来てしまったようだ』
淡々とみんなが声に頷く。
ゲーム内イベント9割、本当の事を言っている1割って確率だな。
下手にうろたえると痛い目にあいそうだ。
『正直に言おう。ここは君たちからしたら異世界である。何の比喩でもなく、言葉その通りだ。そして君たちは元の世界に戻るための道具をこの世界で見つけなくてはならない』
なんかアゾットが言った通りになったなぁ。