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閑話

 フラティア=オディラクスにとって、魔物使いと言う職業は家業であった。

 元々貴族の家柄であるのも然ることながら、家業として定着させたのは家長である祖母の影響が大きい。

 当然、両親も魔物使いであり、彼女にとって魔物を使役するというのは息をするのと同義であり、未来永劫変わらない事象だと信じて疑いようがなかった。

 そしてフラティアは祖母の事をとても尊敬し、慕っていた。


「お婆様、お加減はいかがでしょうか?」


 学校を卒業し、Lvもある程度上がってきたフラティアは一度、家に帰郷して祖母へ挨拶をした。

 祖母の若かりし頃の写真はフラティアと瓜二つ、唯一の違いは髪の色、シルバーブロンドで、フラティア自身、自分の髪の色も祖母に似て生まれたかったと嘆いた物だ。

 そして、今の容姿はというと、足腰の少し不自由な50代の女性と言った面持ちだ。

 常に笑みを忘れないその顔には笑い皺が刻まれていて、フラティアもそういう風に歳を取りたいと思っている。


「ああ……ティアね。大きくなって」

「お婆様、少し前にあったばかりですよ。そんな直ぐには大きくなりません」

「何を言っているの……成長したでしょ? そうねぇ……今はLv28辺りかしら?」

「!? さすがはお婆様ですね。正解ですわ」


 温和を絵に描いたような、にこやかに笑う祖母をフラティアはとても尊敬している。

 御歳60を越える祖母は若かりし頃に足を悪くした所為で杖で支えながら歩いている。


「あら、ごめんなさい」


 立ち上がって、歩こうとする祖母を付き添いの魔物が介助をしていた。

 鎧騎士の魔物で、パッと見は部屋の飾りにしか見えないが、何かあると祖母を第一に動く。

 魔物は無言で祖母が転ばないように手を伸ばしていた。

 フラティアはその魔物に自然と目が行き、考える。


「お婆様、一つ聞いてよろしいでしょうか?」

「何かしら?」

「その魔物はお婆様が所持なさっている魔物ですわよね」

「ええ」

「傀儡化は施しているのですか?」


 その問いに祖母はにこやかに笑みを浮かべる。


「どうしたの? 今更」

「いえ……ふと気になりまして」


 尊敬する祖母であるが、最近フラティアは疑問に思う所が多々ある。

 学校で学んだ知識を総動員すると、今の動作には疑念が浮かんでしまうのだ。

 傀儡化した魔物は主の命令を受けない限り動かない。

 しかし今、鎧騎士は祖母の命令もなく介助したように見えたのだ。


「あら……」

「え?」


 祖母が瞳を大きく見開いてフラティアを見つめる。


「なんでもないわ。所でどうしたのかしら? まだ修行中でしょ?」

「あ、はい。今回は任務の途中で寄っただけです。すぐに出発いたします」

「そう……寂しいわね」


 祖母の住む家はエミセルン王国の中にある大きな屋敷だ。

 代々貴族の家柄で、魔物使いとして財を成すオディラクス家はそれだけ金持ちであった。

 だからこそ、家系の者は商売に精を出し、財を成そうとする。

 フラティアの両親もそうだ。

 今頃、どこかで商談や依頼された魔物を捕獲する仕事をしているだろう。

 だから滅多に屋敷に戻ってくることは無い。


「まあ、由緒正しきオディラクス家だからしょうがないわね。私もそうだったわ」


 祖母も若かりし頃は凄腕の魔物使いとして、業界に名を馳せていたらしい。

 そんな祖母には大きな謎がある。

 祖父の存在だ。

 両親も祖母の婚約者に付いて何も知らない。

 祖母曰く、冒険者をしている時に愛し合った相手で、死んでしまった。

 とは言うが、祖母は時々遠い目をしながら庭先で空を眺めている。

 フラティアは、未だに祖母は亡き祖父を思っているのだろう。


「お婆様」

「何かしら?」

「私は魔物使いになりました。そして少しずつ、お父様やお母様に近づいている自信があります。その自信と確信の元でお尋ねしたいのですが」

「ええ、私が答えられる範囲でなら幾らでも教えましょう。フラティア」


 学校で学び、自ら努力し、教えられた事が全てだとフラティアは必死に勉学に勤しんだ。

 級友との関係も良好。優等生とまで言われる実力を卒業前から身につけていた。

 卒業の二ヶ月前に異世界から来訪者が現れ、学校にスピード入学してきた。

 もちろん、来訪者がこの世界出身の人間よりも成長が早いのは百も承知で受け入れている。


 しかし、その来訪者の大半が魔物使いと言う職業を見限り、学校を中退する数は数えるのもウンザリするほど。

 正式な魔物使いとして卒業したのは数えるくらいだ。

 この世界出身の人間からすれば根性が無いと断言できる。

 フラティア自身、やる気がないのだと興味を失った。


 だけど……ただ一人、フラティアにとって、気に食わない相手がいる。

 その日はまた、新しい来訪者が入学してきたと内心事務作業でフラティアは学校案内をしていた。

 優等生だったフラティアはそんな雑務を色々とこなしていたのだ。


「へー……ここが魔物使いの学校かー」


 キョロキョロと、来訪して一ヶ月以上も経って入学してきた無職の少年。

 他の中退者とは異なる無職からの入学、時期外れもはだはだしい。

 この少年を見た瞬間、フラティアは祖母から教わっていた魔物使いの直感と言うものを確信した。


『私達の家系は凄腕になる魔物使いと言うのをね。なんとなく分かるのよ』


 今までフラティアはそんな直感が働いた事も無く、立派になったといわれる魔物使いと顔を合わせても感じたことの無い感覚を、その少年から感じ取った。

 目の前に居る。見習い魔物使いの来訪人は自分にとって生涯のライバルとなる。

 人当たりの良い彼女にしては珍しく敵意を抱いた。


「あら、お上りさんがここにいるわ」


 無意識に出た敵意ある言葉に彼女自身も驚きを隠せなかった。

 それまで、箱入りお嬢様であったフラティアにとって他者を貶すという行為はした事が無い。


「魔物使いは厳しいわよ。今回の来訪者の殆どが一ヶ月しか在学期間が無いというのに直ぐに自主退学したのよ」


 なのに……そう、見ているだけでスラスラと言葉が自然と紡がれ、自分では無いかの様にその少年に悪意を当ててしまう。

 口にした瞬間大きな罪悪感に襲われるも何故か訂正する事が出来ず、更に悪意ある言葉が吐き出される。


「アナタは卒業できるかしら?」


 別段彼が何かしたわけでもなく、己が卒業までの間に目立つ行いをした訳でもない、たった一月の間柄だ。

 なのにフラティアはその相手から目が離せずに居た。

 会う度にLvを競い。所持する魔物すらも競う。


「野蛮人、まだその程度のLvなの?」


 けれどその相手はフラティアなど眼中に無いかのように己の道を気ままに歩き続けた。

 何故だろうか。その歩みをフラティアは眩しいと感じる。

 来訪者のはずなのにフラティアよりもLvの上がりが悪く、連れている魔物も貧弱なのに、だ。


 今にして思えば、ライバル意識があったのだろう。

 自分勝手な考えではあったが、高い能力を秘める来訪者であり、自分が本能的にライバルだと認める相手が、ああも遅いLvの上がりと連れる魔物の貧弱さに、歯痒さを覚えたのだ。

 その想いが空回りし、気が付けば遭う度に小言を言ってしまう。


 しかしフラティアの言葉は彼には届かず、卒業時に配布されたタヌポヌを笑顔で撫で回すその姿に、胸の奥で何かがざわめいた。

 卒業まで授業で育て上げた一番優秀なタヌポヌを最適格で加工した自分よりも、もっとタヌポヌを使いこなしている。そんな焦りがフラティアにはあった。

 そして、その彼は加工したタヌポヌを譲って欲しいと土下座した挙句、咄嗟に出た絶対にしないであろう、足を舐めろという命令にまで従って懇願してきた。


 正直、彼の行動に失望半分、疑い半分だった。

 何か裏があるだろう。次に会った時に確認を取ろう。

 そうフラティアは彼に舐められた足を眺め、頭をブンブンと振った。


 だが、渋々渡した翌日の夜……フラティアは彼が賞金首になった事を知り、何かの間違いだと後を追った。

 禁呪を使ったという理由は聞いている。

 だけど、何故かそれは悪い事に思えなかった。


 とりあえず話をして、ギルドに同行してもらおう。

 自分の家の権力さえ使えば命までは奪われないと考えていた。

 どうしてそこまで擁護するのかと問われればフラティア自身も良く分からない。

 ただ、とても後味が悪いので、後悔しないようにと行動したまでだった。


 そして……彼と遭遇し、所持する魔物と目が合った時、胸のざわめきは強くなった。

 トサカを持った白いカラスのモンスター、チェスバヌ。

 そのモンスターと視線が交差した。

 ただそれだけなのに……自分が戦力外として譲ったアンデットタヌポヌが被ったのだ。


 魔物は野生動物。知恵も言葉も無い。

 勝手に行動されては困るから洗脳し、駒とする。

 魔物とはそう言う生き物であると教わった。

 それが当たり前だと思っていた。


 魔力で使役する配下であるはずなのに……自らを慕っているかのような、それでいて自分が知らずに罪を犯しているような違和感が拭えなくなった。

 目を瞑ればあのタヌポヌとチェスバヌが重なって浮かぶのだ。

 まるで哀れむように……。

 おそらく……彼が行った禁呪によって生み出された魔物は……。


 彼の死を聞いたのは翌日の事だ。

 ギルドに提出された魔結晶をフラティアは本人であるか、顔を知っている魔物使いとして召喚され、触った。

 確かに……彼の記録であると感じ取り、フラティアは証明をした。


 こうして正式に彼……禁忌の魔法に手を染めた魔物使いであるユウ=ミウラは正式に死を認定された。

 そして、次に降りた仕事にフラティアは更なる疑問を募らせた。


「あの野蛮人の魔物の捜索……ですか?」


 魔物使いが死んだ場合の魔物とは大抵の場合、魔結晶内に残っている。

 例外として傀儡化を施していない魔物を死ぬ前に解放していた場合だが、その場合は野良魔物として近隣で騒ぎになる。

 そして、野良魔物は賞金が掛けられ、冒険者に処分されるのが通例だ。


「ああ、魔物使いギルドからの勅命だ!」


 ギルドの上級魔物使いである男性がフラティアに向けて叫ぶ。


「おそらく所持していた魔物はタヌポヌ、チェスバヌだと思われますが……」


 タヌポヌは育成した個体であるが野生でも確認されている。

 チェスバヌに限ってはタヌポヌに比べて少々Lvが高いがやはりありふれた魔物である。

 探せというのは砂漠で落とした宝石を見つけろというくらい困難なものだ。

 しかも、その宝石は勝手に壊れてなくなってしまう危険性を孕んでいる。

 既に壊れて失われた宝石を捜し続けるなど、不毛としか言いようが無い。


「もちろん、全ての魔物をチェックするというのは不可能だ。だが、だからこそ、フラティア=オディラクス。奴の所持する魔物を見たことがあるお前にこの任務は降りたのだ」

「はぁ……」

「とにかく、お前の任務はユウ=ミウラが所持していたと思わしき魔物の捕縛、もしくは抹殺だ」


 フラティアは渋々……ギルドの任務を承諾した。

 一応困難な任務なので報酬の支払いもある。

 その報酬もまたフラティアは疑問を抱いた。


 ――特級魔物使いに昇給。


 破格過ぎる。

 あまりにも破格な報酬に疑問はますます膨らんでいく。

 一つ下の上級魔物使いになるのに普通の人間で10年近い魔物使いの経験が必要だ。

 もちろん祖母などの例外はあるが、平均的に見ればそれが正しい形だ。

 現にフラティアの両親は上級魔物使いになるのに、10年以上掛けている。


 特級ともなれば、相応の活躍を行い、認められなければならない。

 それには所持する魔物の強さもさる事ながら、人間性や経歴、経験などあらゆる審査が必要となる。

 にも関わらず、魔物使いになったばかりの者の任務の報酬にしては異常な程優遇されている。


 最初、フラティアは自分が貴族の出であり、偉い祖母の孫だからと能力にそぐわない不名誉な扱いとも思ったが、魔物使いギルドの反応を見るに、そう言う訳でも無さそうだ。

 フラティアは祖母を前にここ数日間の出来事を思い出しながら言葉を発した。


「では尋ねます。今の魔物使いは……正しいのですよね?」


 フラティアの問いに祖母はパチパチと瞬きを繰り返し、首を傾げながら聞き返す。


「どうしたの? 急に?」

「いえ……」


 ここ最近、魔物使いギルドの動きがおかしいとは口が裂けても言えない。


「ただ、なんとなくですわ」

「そうね……アナタは魔物を何だと思っているのかしら?」


 祖母の優しげな問いにフラティアは顔を上げて答える。


「思い通りに動く、駒ですわ」

「ええ……その通りよ、私達魔物使いは魔物を駒として、磨き、より良い駒を見つけて使役する。そして依頼された物を調達するのが仕事よ。過去の罪は既に清算されているわ。だから禁忌に触れるものは断罪される」


 食べ物一つだってそうである。

 牛乳はウシ型の魔物から採るし、肉だって魔物から得る。

 生活の基盤として役に立つ燃料である魔石だって魔物使いが生産する物の一つだ。

 特に魔石の調達は魔物使いの生活に密接なものである。


「何を悩んでいるの? さあ、アナタの仕事をおやりなさい」

「……はい。変な質問をしてもうしわけありません」


 一礼してフラティアは部屋を後にした。

 そうだ。何を迷っているのか……魔物使いとは魔物を使役する職業。そして商売をして財を成す。

 それ以上でも以下でもない。

 下手な戦士や魔法使いよりも役に立つ魔物を使える職業なのだ。

 フラティアはそう自分を納得させると己の職務を全うする為、歩き出した。


「その返事では……真実を話すわけには行かないわねぇ……」


 祖母の漏らした言葉は、フラティアの耳には入る事は無かったのだった。

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