十二話
俺は男と一緒にいる魔物と共に森の中を歩き、森の中に佇む小屋へと招かれた。
何故か部屋の真ん中に一本の剣が突き刺してある。
それから、残りの回復のポーションを飲み、傷を完全に治してから男に事情を説明した。
異世界からこの世界に来たこと。
自分が何の職業に就くかを隣町に付くまでに考えること、そして道を間違って、この森に来てしまったこと。
「あの……それで、逆に尋ねても良いですか?」
「ああ」
「あなたはなんで魔物と一緒に……魔物に命令できるのですか?」
「君は知らないのか? 私は魔物使いだ」
「魔物使い……」
ゲームとかでよくある職業の名前だ。この世界にもあるのか。
小屋の外の景色に目を向ける。
周りには、なんていうのだろう。この森には合わない、少しばかり異色の魔物達が共に生活している。
その中心に目の前の男がいるような気がした。
ガチャリと音を立てて小屋の奥の部屋の扉から、ミノタウロスを可愛くしたような外見の魔物が温まったミルクを持ってくる。
「ありがとうございます」
俺は若干の驚きと共に、魔物から差し出されたミルクを飲む。
ホッとした気持ちで男に顔を向ける。
「どうした?」
「……なんか、こう……なんていうのでしょう」
ここにいる魔物達は、自分の意思で男と生活しているように感じる。
「みんな、あなたを大切にしているような、優しい目をしていますね」
俺の返答に、男は年に似合わず、照れくさそうに顔を綻ばせる。
「そ、そうか? そう言われると嬉しいものだな」
照れている男を見て周りの魔物達も何処と無く笑っているように見える。
「貴様等、何をニヤニヤしておる!」
と、怒る男だが、魔物達は笑うのをやめない。
それを見て、何か温かい気持ちになった。
「とにかく、もう夜だ。朝になったら安全な場所まで案内しよう。それまではここでゆっくりとしていなさい」
「ありがとうございます」
俺は頭を下げて、感謝の言葉を紡いだ。
「……あなたは、この世界の住人なのですか?」
「いや……私も元、異世界人さ、帰らない選択を選んだ」
「そうですか……良ければ魔物使いとはどんな職業なのか教えてください」
「変わった奴だな、お前は」
俺は話を続けた。
自分でも不思議なほど、その人と気があった。
そして翌朝になった頃、魔物使いになってみたいと言う思いが湧き、男と寝食を共にするようになった。
魔結晶を確認すると、いつの間にか出ているスキル項目『魔物言語理解』を迷わず取得して、男と共にいる魔物達と言葉を交わし、男……いや、師匠に色々と教えてもらう日々を俺は楽しく過ごしていったのだった。
「その師匠はな……たぶん、まともな魔物使いじゃないんだろうなぁと俺も無職で弟子をしていた時に思った」
「はぁ……それは、ボクに優しくしてくれているようにという意味ですか?」
「半分は正解だな。残り半分はそのまんまの意味。気難しい人で魔物をどうすれば強くできるかを考えていた」
「……」
俺は師匠から貰った手帳をロロに広げて見せる。
「ステアを合成した時に使った魔法についても、師匠から貰ったこの手帳に書いてあったんだ」
「この手帳に書いてあったから……234……ステアを助けることができたんですね」
「ああ」
ロロは師匠から貰った手帳をマジマジと食い入るように見つめている。
「今の魔物使いには使うことの出来ない魔法の類や研究が一杯載っている。言い方を変えれば禁忌の書物だろうな」
「……禁忌……ですよね」
ギルドでしか許可されない魔物の合成を使用する事が出来る魔法。
ギルドの許可が降りなければ使えないはずの技術であるはずなのだからロロも驚き、頷くのは俺だって理解できる。
「ギルドの魔物合成は自我を所持する魔物への使用は認められない。だから、ステアを助けるにはコレしか方法がなかったんだ」
「ボクの頼みで無理をして頂き、ありがとうございます」
「言うな、なんだかんだ理由を付けて例えロロが嫌がっても俺はエゴで実行したはずさ」
「……」
ロロは何やら悲しげな目で俺を見つめる。
「マスターは本当、何を考えているのかボクには分からない事だらけです」
「そうか? 俺は仲良くしたいだけさ」
でも、とロロは続ける。
「ボクはマスターの為に、精一杯頑張ります」
「ああ、期待している。魔物使いはな、いかに自分の魔物に恩を売って、戦ってもらうかという職業だって師匠が言っていたからな」
「決定権はマスターの方にあるはずなのに、変な師匠さんですね」
「俺の師匠だからな」
「そういえば、そうですね」
ロロはペラペラと師匠の手帳を捲る。
「あれ? ここの文字……」
「ああ、そこは暗号で書かれていて読めないんだ」
俺の異世界言語のLvが低いのもあって、師匠の手帳の三分の一くらいしか読むことができない。
しかも、異世界言語以外の文字や魔法文字が使われていて、全部解読するのは時間を要する。
魔法文字とは特定の相手にしか読み取れない暗号みたいなもので、コレは魔力を使って暗号を解読することは可能だ。
ただ、色々と技術がなければ難しいそうだ。
「そ、そうなんですか」
ロロは魔法文字で書かれている所を凝視している。
「なんだ? 暗号解読にチャレンジしてみるか?」
「え……」
「今読めるところは大体、暗記したからな、興味があるなら貸してやるよ」
俺の顔と師匠から貰った手帳のページを交互に見つめながら、返答に困っていた。
「師匠の事だからな、仲良くなった相棒とじゃないと読めない、なんてページがあるだろうし、試しに読んでみろよ」
「は、はい」
「分かったら教えてくれよ」
「はい!」
ロロは頷くと師匠から貰ったノートを広げて、読み始めた。
……まあ、あの事を読めるとは思えないから大丈夫だろう。
翌日。
乗り合いの馬車が来るのは明日の為、本日は休暇にすることにした。
「うー……水をくれ」
由利は飲みすぎたらしく、部屋でぐったりとしている。
「ほらよ。まったく……」
自分がまだ未成年だというのに、酒を飲んで二日酔いとは呆れてものも言えん。
「少し散歩に行ってきますね」
ロロは日課にしている散歩に出かける。そんなロロの頭の上には昨日にはいなかったステアが乗っかっている。
「お? デート?」
「違います」
「一発カッコいい所を見せ付けろよ! ピンチになったらいつでも呼べ」
俺が親指を立てて応援すると、ロロは何故か溜息をする。
「話を聞いてませんね」
「この辺りの魔物に危険な奴は多いから気をつけろよ」
「何日、ここに滞在していると思っているんですか。大丈夫です。むしろステアの方が強くて助けられかねないです」
ロロのLvは15★、ステアのLvは26だ。
合成の影響で若干Lvが下がってしまったが、基礎能力に変化はあまり無い。
まあ、確かにステアの方が強いか。
「それに少し散歩に行くだけです、何かあったらすぐに帰ってきますよ」
「ま、がんばれ!」
再度、応援をする。
「そうだぞ! ロロ、男を見せるときだ!」
由利も寝っ転がりながらロロを応援する。
ここで女の子を笑わせなくて、何が男か。
「だから……そんな関係じゃないって言っているのに」
ボリボリとロロは不満そうに頭を掻いた。
うーむ……一体何が不満だというのだ。
ロロの考えが今一分からない。魔物使いとはやはり難しい職業だ。
「ユウ様」
ステアが両の翼をあわせて、上目遣いで俺に尋ねてくる。
「魔物と人間の恋って叶うと思います?」
「ん? 小説の話か? 叶うと良いな。俺は好きだぞ」
美女と野獣とか、そういうシュチエーションの恋愛話は割と好きだ。
「……ロロ、頑張れ。強敵だぞ」
由利がなにやら困った顔でロロにエールを送っている。
ステアの好きな相手は人間のご様子。学校時代にでも居たのかな?
ああ、だから、ロロは諦めているのか。
「頑張れよロロ。例え敵が強大でも、必ず最後には一途な想いが勝つんだ」
「マスター……あなたがそれを言うんですか」
何やらロロは呆れた口調で呟いた後、ステアを頭の上に乗せて部屋を出て行った。
「さてと……今日はどうしたものか」
結晶を魔石化させる作業は続行中だ。
難しい魔法を使った為に結構消費してしまった。
いずれは良く使う魔法になるはずなのだから熟練はしたい所だ。
だけど、最低35Lvくらいまで上がってからやるべきか。
しかし、ロロにしろステアにしろ限界は思いのほか早くやってくるから、Lv上げを考えると難しい所だな。
「ふむ……」
35まで上げるのが難しい。
だけど、これも中々楽しいものだと、考えながら笑みが零れる。
ただ、Lvを上げるよりもハードルが高い。
如何に仲間の魔物を強くして、自身の技術を向上させるか、本当、一緒に強くなっていく気がする。
「楽しそうだな」
「まあな」
「お前を見ていると、本当に羨ましく思うよ」
「なら今からでも遅くない。お前も魔物使いになれば良いじゃないか」
由利は俺に絡むくせに頑なに魔物使いになろうとしない。
「私自身がなる必要は無い。お前が私にとって理想の魔物使いをしてくれているからな」
「他力本願って知っているか?」
「なら、お前が魔物使いを教えてくれ」
「……教える程技術は無い。それに他力本願は痛い目を見るぞ」
「はは、何を言っているんだ」
そうだ。そういえば……この関係も近々終わるんだよな。
俺は由利をマジマジと見つめる。
「どうした? う……」
ゲロゲロと桶に嘔吐する由利。
顔は良いのに、色々と残念な女の子だ。
まあ、運が良ければ再会できるだろう。
その日の夜、酒場の方でざわざわと騒がしい喧騒が聞こえて来た。
俺はステアに頼んでどのような話をしていたかを聞いてきてもらった。
今は鳥類の魔物であるステアは、さっと飛んで酒場の屋根から耳を澄まして、覚える。
「あの、ユウ様……大変な噂が」
「ああ、思ったより早いな」
「ユウ様……申し訳ございません」
「何、好きでやったことだ。罪悪感は無い」
「ユウ様、私もロロも何があっても絶対に付き従いますからね」
「すまないな」
「それは言わない約束ですよ」




