十一話
宿に戻ってからの出来事はこの際、スキップすることにする。
由利が俺を疑った事を深く謝罪した後、終始ご機嫌でギャアギャア騒いでうるさかったからだ。
自慢話を酒場の連中にする事は無かったが、ロロやステアに食べ物をたらふく食わせたがる。
一応、健康維持も魔物使いの役目なので、変に食べさせすぎても困るわけだけど。
と、注意したら、
「今日くらいいいじゃないか」
とか言って、ロロに酒まで飲ませようとする始末。
「タヌポヌにはやっぱり酒が似合うと思わんか?」
「信楽焼きから連想しているな、お前」
「おう!」
「や、やめてください。ボク、お酒嫌い」
「ほら、ロロも嫌がってるだろ、やめないか」
「なんだつまらん」
とか言いながら今度はステアに絡もうとする。
が、ステアは何時の間にか俺の肩に乗り、酒のビンをラッパ飲みしている。
「す、ステアさん?」
「あら? ユウ様、飲んではいけませんでした?」
「いや、ダメじゃないけど」
「私、お酒大好きなんですよ」
鳥なのに表情が分かるくらい、ヘロヘロになりながらステアは俺に向って微笑んで酒飲みを続行した。
「ま、問題が起こらない範囲で楽しめよ」
「はーい! ユウ様ありがとう~」
スリスリと俺に頬ずりをしてからステアは由利と宴会を続行した。
まったく、さっきまでの暗い雰囲気は何処へ行ったのやら。
「……マスター、本当に、ありがとうございます」
そんな様子を見ていたらロロが俺の隣に座って、ボソっと言った。
「はは、これが俺の仕事だからな」
「尋ねたかったのですが」
「ん? なんだ?」
「どうしてマスターはボクにそんなに優しくしてくださるのですか?」
本当に、疑問です。
そんな顔を浮かべ、透明な瞳でロロは俺を見上げる。
俺はロロの頭を軽く撫でて、夜の月に目を向けながら呟いた。
「俺には師匠がいるんだ」
師匠と会ったのは今から二ヶ月くらい前だったか。
避難所生活も二週間目に突入した頃、精神衛生上の理由で俺は別の町へ移動し、そこで就く職業を決めようと城下町を後にした。
城下町の門を潜り抜け、見渡すは平原だった。
大抵、ダイヴゲームで初めての戦闘フィールドは草原だ。
王道通りと言ったらそれまでだろう。
支給品の地図を魔結晶から取り出して広げる。
次の村、そして町へ行くには全行程で一日ほどの道のりである。
道なりに行けば思いのほか早く到着するだろうとの事だ。
だから道なりに歩いていると魔物と遭遇する。
カビパラのようなネズミの魔物だった。
……。
魔物は俺を見ても何の反応も示さず、草を頬張っている。
「なんだかなぁ……」
ノンアクティブという類の、攻撃を加えない限り先制攻撃してこない魔物だろう。
魔物を倒すと経験値が手に入ってレベルが上がるとか、当たり前の事を初日に説明された。
だけど……敵対意識の無い魔物に攻撃するのも気が引けるなぁ……。
無意味な虐殺はやめておこう。
カビパラっぽい魔物を無視して俺は先を急いだ。
「あー……うん。迷った」
道なりに進んでいたのだけど、途中で道が二つに分かれてからそれらしい道を歩いて、気が付いたら何処なのか分からなくなってしまった。
もう、日が暮れそうで、辺りは何時の間にか木々が生い茂っている。
いや、別に俺は方向音痴って訳じゃない。
なんか地図とは違うんじゃないか?
と何度も首を捻っていたのだけど、今になって気づいた。
行こうとしている方角の城門を……間違えた。
予定通りに進めたら、今頃は村の宿泊施設で休んでいたはずだったのに。
俺の馬鹿!
ガサガサと物音がする。
咄嗟に剣を魔結晶から取り出し、臨戦態勢に入る。
「フウウウウウ……」
猫のような犬のような魔物が敵意むき出して草むらから飛び掛ってきた。
「ワシャアアアアア!」
鳴き方も猫と犬を混ぜたような変な声だ。
動きは早い!
だけど見る限り敵は一匹。
群で来られたら困ったけど、今のところは問題なさそうだ。
「シャアアアアン!」
猫のような犬のような魔物は俺に向って跳躍し、爪と牙を突き立ててくる。
俺はサッと敵の着地地点を予測してしゃがみながら剣を前に出し、魔物の跳躍を利用して開かれた口に剣をねじ込んだ。
「ワシャ!? グ――ガ!?」
ブシュっと音を立て、剣で猫のような犬のような魔物を串刺しにした。
じたばたとしばらく暴れていた魔物だったが、やがてピクリとも動かなくなった。
ピコーン!
魔結晶が点灯する。
串刺しにした魔物の死骸を剣から抜くように捨て、俺は魔結晶を弾いた。
ステータス
無職 Lv3
EXP57獲得とログのような表示が現れて俺のレベルが3に上昇した。
ふーん。
ダイヴ系ゲームの経験が多少なりとも役に立つものだ。
まあ、普通のダイヴ系ゲームだったらさっきの攻撃で串刺しになんかできず、システムが指示したダメージを敵に与える訳だけど。
見る限り、どうも迷い込んだ場所は序盤では厳しい場所のようだ。
一匹でこれだけの経験値を得るとなると逆算も簡単だ。
俺の目的はレベル上げじゃない。
むしろ、転職を考えるに、上がったレベルが無駄になるんじゃないか?
「そういえば敵のドロップとかはどうなるんだろう?」
俺は猫のような犬のような魔物の死骸に目を向け、死骸を漁る。
生温かい。先ほどまで生きていたのを理解させる。
そうだ……なんか淡々と魔物を殺したけど、生き物を殺すなんて体験は初めてだ。
すると途端に心がチリチリとざわめく。
ゲームでも、夢でもないんだ。
ピコーンと魔結晶が反応するので弾く。
魔物?の死骸を獲得しますか?
はい いいえ
システムメッセージが現れた。
俺は恐る恐る、はい、を選択する。
すると魔結晶から淡い光が魔物の死骸に向けて投射され、魔物の死骸は霧散した。
魔物?の死骸を獲得!
と、アイテム項目に魔物の死骸が追加された。
?の意味は俺が何の魔物なのかを理解していないからだと勝手に推測しよう。
ともかく、ここで一泊するという選択は些か俺のレベル的に危ない気がする。
「早く森から出ないと」
既に僅かにしか残されていない道の名残を頼りに来た道を戻る俺。
だけど不運と言うのは重なるもので、来た筈の道でさえ見失ってしまった。
「おかしいな……本格的に迷ってきたぞ」
道の名残だった形跡も僅か、自分が今、何処にいるのかすら分からない。
やばい。
出てくる魔物の遭遇率も低くは無い。
今の所一匹ずつ遭遇しているけれど、いつ群に出会っても不思議ではない。
そうなったら確実にアウトを宣言できるほどに敵から得られる経験値が高い。
現在、無職Lv15、着実にLvが上がるけれど、焦燥感が際限なく湧いてくる。
くそ! 早く、早く森を抜けなければいけないのに!
「ワニャアアアアアアアアア!」
「ガラガラガラ!」
「グワアアアア!」
犬のような猫のような魔物に尻尾の長いトカゲのような魔物と小さな熊のような魔物が睨みあっている所に遭遇した。
「ゲ!?」
魔物達はそれぞれを牽制する状況から、目的を俺に切り替えてジリジリと距離を詰めてくる。
状況的に戦えない数ではないはずだ。
剣を取り出し、構えて、魔物の出を伺う。
「グアアアアアアアア!」
小熊のような魔物が先に突っ込んでくる。
俺はその突進をかわし、後ろから剣を――
「ワニャアアアアアアア!」
猫のような犬のような魔物がその隙に来て、攻撃のチャンスを失う。
くそ!
連携されたら攻撃をする暇がない。
ザリ……
え、
と、思ったのも束の間、一瞬の隙を突いて小熊のような魔物の爪が腕を掠った。
軽い一振りだと言うのに肉が裂け、痛みが体を突き抜ける。
「ぐ、ぐうう……」
さらに利き手だったのが運が悪かった。
剣を取り落としてしまう。
「ガラガラガラ」
尻尾の長いトカゲがドカドカと走ってくる。
俺は痛みを堪えながらトカゲの頭を蹴り上げて怪我をしていない方の手で剣を拾い上げる。
形勢は不利だ。
Lvも足りない。負傷している。
回復のポーションを魔結晶を弾いて取り出して流れるように避けながら飲む。アセロラみたいな味がする。
痛みが和らぎ、徐々に傷が治っていくのを確認したが、魔物の攻撃を避けきれず右足を負傷。
「く……」
闇雲に剣を振っても毛皮で弾かれ、魔物の防御力に手も足も出ない。
柔らかい部分にしか攻撃が入らず、会心を狙うしかないのに……逃げるにも回復が追いつかない。
勝利を確信したのか魔物達が笑っているような気がしてくる。
そしてトドメとばかりに三匹は跳躍し、俺に降り注ごうと――
「ドメディ! 切り裂け」
声がしたかと思うと、俺の前に黒い影が一瞬にして現れ、魔物たちを一閃する。
バシンと大きな音がしたかと思うと、俺を狙っていた魔物達が弾き飛ばされていた。
即座に起き上がった魔物達は俺の目の前にいる影を一目見るなり、怯えて逃げ去っていく。
「い、いったい……」
影に目を向けると、それは大きな熊のような……フクロウのような魔物だった。
確か、オウルベアとかそんな名前の種類の魔物だ。他のダイヴ系ゲームで似た魔物を見た覚えがある。
「危ない所だったな」
声のほうに顔を向けると、白髪の……なんていうか渋い初老の男が立っていた。
オーバーオールを着込み、牧場でも経営していそうな佇まいだ。
「あ、ありがとうございました」
「ドメディ、戻りなさい」
「ホウ」
初老の男の指示を受けてオウルベア? は男の後ろに回る。
「君は……こんな所で何をしていたのかね?」
詰問するような口調で男は俺に尋ねる。
「み、道に迷ってしまって」
「そうか……見たところ、多少は戦いの心得があるように見えるが職業は何かね?」
「む、無職です」
「無職!? 無職でこんな所に迷い込んだのかね?」
男は驚いたかのように声を上げて、傷が治りつつある俺に近づく。
「とにかく、安全な場所に移動しよう。話はそれからだ」
「はい」
良かった。なんか優しそうな人で。




