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最就話

 可愛らしい土偶がここにあったとしよう。そうしたらきっと私はその土偶を殴りつけ、愚かにも拳を痛めてしまうかも知れない。そんな私の愚かさが今私自身を苦しめているのだとしたら、その根性を一度師匠に叩き直してもらう必要がある。私の師匠は飄々としているがやるときはやる男なのだ。きっと道に迷うという愚行を犯したその精神を根っこから掻き回してくれるに違いない。

 しかし師匠は呼べば来るような異常者ではない。私が今ここで名前を呼んだ所で颯爽と現れるというようことはないだろう。

 困った。師匠を頼れないとなると、やはり他人を頼る他ないのだろうか。判らないことがあったら他人ひとに訊けば良いんだよ、とは塔子さんの言葉ではあるが、私は標くん以上に人見知りをするので、誰にどう声をかけたらいいのだか皆目見当もつかない。

 それに道行く人々は何だか慌てふためいていて、声をかけては何だか申し訳が立たないような雰囲気を出している。そもそも私は弁解が苦手なのだ。申し訳が立つ立たないに関わらず、そう言った状況に立たされれば泣くしかない。


 まあ兎に角だ。今は歩き続けるしかあるまい。真っ直ぐに歩いていれば正しい場所へと向かうはずだ。真っ直ぐ歩くのは好きではないのだが、状況が状況だけに仕方あるまい。

 商店街は慌てふためく人々ですし詰め状態だが、私一人が歩くのには然程苦労はない。中には体をダルマのように転がしている青年も見られるが、そんなものは視界に入れなければいいのだ。視界に入れなければ居ないのと同じことだ。青年の体は私の体をすり抜け、日常が続いて行くだろう。他の人間に関してもそうだ。視界に入れさえしなければ誰にぶつかることもない。だから私は上を向いて歩く。誰も視界に入れないように。

 狼狽えている街の人も私のことなど眼中にないようだ。今この道を歩いているのは私一人なのだろう。三百人、三千人という人の波が私の体をすり抜けて行く。

 やがて時計塔が見えてきた。天高くそびえ立っている。時計は雲に隠れているから時間は確認出来ない。

 年中曇っているこの街では時間を確認するのにも一苦労しなければならないのか。わざわざ時計の見える場所まで登らないといけないなんて難儀なものだ。


 人気が減ったのを確認すると、私は目を前方に戻す。戻して唖然とした。いつの間にか路地に入っていたのだ。真っ直ぐ歩いてきたつもりが、どうやら右に曲がり左に曲がり、世界を迂回してきてしまったようだ。私は方向音痴なのだろうか。いや、方向音痴ではない。これでも歌唱力には自信があるのだ。一人で合唱することだって出来る。そんな私が方向音痴などいうことは星が輝きだす程に不条理なことだ。だとするならば私は不器用なのかも知れない。友人達に対しては気兼ねなく口を開く割に赤の他人に対して必要以上に怯えるのは、不器用という不全が働いているが故の不備なのかも知れない。

 しかし方向音痴だろうと不器用だろうと、今の私がとんでもなく不細工なことには変わりがない。ああ参った参った。

 天を仰ぐと雲の切れ目から青い光が見えた。見えたとほぼ同時に私の体に何かが激突した。

 視界がゆっくりとブラックアウトする。なるほど、この感覚は死だ。最後に死んだのは何時いつだっただろうか。久しいな。

 きっと彼がやってきたのだ。『世間から求められる悪』がやってきたのだ。しかしこんな急に殺さなくとも、話す時間くらいはお互いあるだろうに。全く、何処までも臆病な殺人鬼だ。

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