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Sabotage  作者: 紫苑
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第8話 侵入者

涼たちが去ってから30分以上経過していた生物室。何分か前の涼たち三人の会話は未来たちにも聞こえていたが、特に口を挟むような内容ではなかったので、未来は何も言わなかった。

それから数分した後のことだった。


ドン。と言うドアを叩く音が教室中に響き渡った。


一瞬にして静まり返る教室。未来は涼たちに助け出された生徒がドアを叩いているのだと思った――そうであって欲しかった。

再び叩かれるドア。それは叩くと言うより、ぶち破ろうとしているようだった。同時にそれは未来の想いは願望にすぎないことを告げていた。


「ど、どーしよう?」


ずっと隣にいた友香が小声で未来に話しかけて来た。

すっかり唖然としてしまっていた未来だったが目の前に置いてあった無線を手に取ると、すぐさま通話ボタンを押した。


「ねえ! 生物室の外に兵士がいる!どーしよ?」


言ってからもう少し自分を落ち着かせてから言えば良かったと後悔した。

少しの沈黙。教室中の生徒たちが無線に注目していた。

誰も反応してくれないんじゃないか。と未来が不安に思った時だった。

「悪い。反応遅れた。兵士何人だ?」

隼人の声だった。

「分かんない。でもさっきより静かになった」


え、静かになった……?


未来は自分の言葉に自分で驚いていることに気付いた。何で静かになってるの? 未来がドアの方へ視線を戻した時だった。


ガラスが割れる音と共にドアの上についている窓から兵士が侵入してきた。同時に響き渡る女子生徒の悲鳴。兵士たちは未来たちが必死で作り上げたバリケードの隙間を軽々とくぐり抜け、あっという間に生物室内に侵入してきた。


「おい!どーした!?」

「滝沢さん?」


隼人に続いて晃の声も聞こえた。

兵士の一人は騒いでいる女子生徒をみると真っすぐに突っ込んで来た。何も出来ずにそれを呆然と眺めていた未来。だめだ、やられる――! 未来がそう思った時だった。

何か物凄いスピードで白い物体が飛んで来たかと思うと、兵士の額に命中した。同時に響き渡る鈍い音。兵士は、うっ、と言う呻き声と共にその場に崩れ落ちた。一瞬遅れて床に落ちる野球の硬球。ボールが飛んで来たほうを見ると、先ほど矢野を励ました3年生の野球部員が投球した後の体勢のままニヤリと笑ってみせた。

「完璧。もうちょいマジで投げても良かったな」

そういえばあの人――未来はボールを投げた野球部員が、県内でもそこそこ有名な投手であることに気付いた。確か名前は岩井。

だが入ってきた3人のうち、残された2人の兵士たちは手前にいる生徒を無視して、真っすぐ岩井のほうへ向かった――奴らは強い奴から潰す主義らしい。

ボールは1つしか持っていなかったらしく、明らかに、やばい、と言いたげな表情を浮かべた岩井だったが、ふいに無視された集団の中にいた矢野が後ろから殴り掛かっていた。


「おい、何があった?」


隼人の声で未来の視線は兵士から無線へと移った。

「兵士が中に入ってきた。兵士の数は三人。でも今は二人になってる」

未来の現状報告を聞いた晃が驚いたように言った。

「こんな短時間で兵士気絶させられる人いるんだ〜。へへっ。オレらいらないな〜」

「そんなことないじゃない! お願い。誰かやられる前に来て!」

今はもう1人の野球部員を加わり、3対2で戦っていた。他の生徒は遠巻きに見ており、手伝う気はないようだった。

「1分で行く」

隼人は短くそう言うと無線を切った。

「冗談、冗談。オレもすぐ行くから」

晃もそう言うと無線は切れた。

未来はちらっと頭の隅で涼が一切会話に参加しなかったことを気にしたが、戦闘中なのだろう。と無理やり自分を説得せせ、視線を兵士たちのほうに戻した。

矢野たち3人は掃除用のモップを使い兵士たちを戦闘を繰り広げていた。兵士たちはゆっくり戦うつもりなのか、全力で戦っていないのは明らかだった。反面、矢野たちは兵士たちが時々繰り出してくる力をセーブした攻撃に避けることすら精一杯と言った感じで、一応攻撃はしているものの、あっさり交わされていた。やはり先ほどの不意打ちは幸運中の幸運だったのだろう。矢野たちがやられるのは時間の問題のような気がした。

「どうしよう……」

未来は誰に言うわけでもなく1人で呟いた。思わず友香の顔を見つめたが、友香もどうしていいか分からないようで、困ったような顔で未来のほうを見るだけだった。

どうすればいい? 今自分が矢野たちの間に入り込んでも邪魔になるだけ。それは充分分かっていた。でもただ見ているだけでいいの? 未来が悩んでいると、兵士の1人がいい加減うんざりした、とでも言いたげな顔で軽くため息をついたかと思うと、一瞬で矢野の間合いに入りこんだ。長いモップを持っている矢野は懐に入り込まれれば何も出来ない。兵士は飛び込んできたままのスピードで矢野の腹に向かって拳を突き出していた――例え素手だとしても何も出来なかっただろう。

矢野は無意識に口から出た「がはっ」という声と共にその場に崩れこみ激しくむせ込んでいた。その場に崩れこんだため、兵士が繰り出した全ての力が矢野の体内に吸収され、矢野は今にも意識を失いそうだった。


「矢野っ!?」


岩井が咄嗟に駆け寄ったのがいけなかった。先ほどの兵士は冷たい目で岩井のほうに視線を向けると、その場から回し蹴りを繰り出した。岩井はボキッという嫌な音と共に左腕を思い切り蹴られていた。思わずうめき声を上げながら腕を押さえその場に膝をついた岩井。兵士はそのままの顔めがけて蹴りを入れようと踏み出したのが分かった。

だが、岩井の顔に兵士を足がめり込む前に、それまで遠巻きに見物していた何人かの生徒が後ろから兵士に飛びついていた。全くの不意打ちで思わずバランスを崩した兵士。未来と友香もその場から飛び出し、それぞれ岩井と矢野のほうに向かった。


「全員で戦うんすよね。すみませんでした」


兵士に飛びついた男子生徒が岩井をかばうように岩井の前に立つと言った。それを聞いた生徒たちは全員兵士と向き合っていた。

2人の兵士は先ほどとは違い本気で戦う気になったらしく、見下すような視線を未来たちに向けていた。ふいに先ほど矢野たちに攻撃してきた兵士とは別の兵士が動き出した。思わず恐怖に身を縛られた生徒たちはその場から逃げることも戦うことも出来なくなった。それほど先ほどまで戦っていた兵士とは別人のような殺気を放っていた。

動くことも出来ない生徒の1人の顔面めがけ、兵士が拳を突き出す。今日何回目かの鈍い音が教室中に響き渡る――未来はそんな錯覚を見た。


だがそれは錯覚に過ぎず、兵士が伸ばそうとした腕はいつの間にか教室に入ってきた隼人によってがっしり掴まれていた。

「主役登場〜」

続いて晃も教室に入ってきた。未来は自分を含めた生徒たち全員の顔が安堵の笑みでいっぱいになるのが分かった。

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