第7話 そんなはずはない
「どうだ? 大丈夫か?」
無線を通して隼人の声が聞こえた。晃は後ろを振り返り、兵士との距離が離れていることを確認すると、マイクのボタンに手を伸ばした――晃たちの無線は小型マイクの隣に通話ボタンがついていた。
「こちら晃。まだ大丈夫だよ〜。何かいつもより兵士少ない気がする」
「マジで? 俺、何か大変なんだけど」
涼の声だった。心なしかいつもより息が乱れているような気がした。
「作戦変えるか?」
いつもながら隼人の息はほとんど乱れていなかった。
「なーに言ってんだよ。そこまできつくねえよ」
涼が笑っている顔が晃の頭に浮かんだ。
「そうか。んじゃあな」
お互いのんびり話していられるほど暇ではない。三人は同時に無線を切った。
晃はまたちらっと後ろを振り返った。まだ一度も追い付かれてないため、戦闘は行われていなかった。
それでも兵士たちは一定の距離を保ちながら追って来ており、晃の体力も確実に減っていた。
戦いたくないんだよな。
晃は一階へとつながる階段を駆け降りながら思った。ここまで遠回りをしながら階段を降りて来たが、一階まで来た今、外しか逃げ道がなかった。しかし外と言っても、校舎の周りか校庭しかなく、下手をすると両方から挟み打ちされる危険性があった。
戦いたくない。戦えばどちらかは必ず負けるから。かといって、人を傷つけたくないほどお人よしでもなかったが、負ければ地獄行きという賭けに勝ち続けることが晃にとってプレッシャーであった。
まあ、そんなことも言ってられないよね。
晃は一階にある職員室に入るとそのままドアを閉めた。もちろんそのままやり過ごそうなどとは思ってなかったが、一瞬でも時間稼ぎになれば良かった。
晃が何か対策を考える暇もなく、兵士はドアを蹴り破って入ってきた。
四人の兵士たちは晃の姿を確認するなり、同時に殴り掛かってきた。晃は当然のことのようにそれを交わすと、右側にあった机に飛び乗った。一人の兵士がそれを予想して足を掴もうとして来たが、晃はたまたま机の上にあった重しとして使っていただろう石を軽く蹴り上げると、そのまま思いっきり兵士の顔面目掛けて飛ばした。石を飛ばされた兵士は、額から血を流しながらその場に膝をついた。だが晃が直接攻撃してくると予想していたのであろう別の兵士が、机に飛び乗りそのまま突っ込んで来た。それを机から飛び降りて何とか交わした晃。体勢が崩れていたらモロに食らっていただろう。
晃が床に飛び降りるのと同時に、勢いが止まらなかった兵士も机から派手に落ちていた。咄嗟に目の前にあった椅子を掴みそのまま投げると調度起き上がろうとしていた兵士の腹に直撃し、兵士はそのままうずくまったまま動かなくなった。
あと三人……
多少息を切らしながら立ち上がった晃。残りの三人の兵士たちとはお互い一歩では間合いに入れない距離を置いていたので、立ち上がった瞬間攻撃されることはなかった。
石をぶつけられ額が切れた兵士は、派手に出血しており、片方の目はつぶられていた――こちらは楽勝だろう。しかし残りの二人は息一つ乱していなかった。
どうしようか一瞬迷った晃の耳に、聞き覚えのある声が飛び込んで来た。
「ねえ! 生物室の外に兵士がいる! どーしたらいい?」
「え……?」
晃は思わず声を出してしまった。そんなはずはない。今まで兵士たちはオレたちのみを狙っていた――出来るだけ多くの戦力をオレたちを捕まえることにかけるためだ。それでも毎回追いかけてくる兵士の数は四・五人。それは今回もあまり変わってはいない――となると普段残ってる生徒を捕まえてる兵士が生物室に行ったのか。
とにかく行ってみますかね。
晃がそう思ったのと、腹の辺りに強い痛みを感じ後ろへ吹っ飛ばされたのは同時だった。
それもそのはず、無防備になっていた晃を兵士たちが見逃すわけなかった。
幸い後ろに障害物がなかったため、涼のように二重のダメージを受けずに済んだが、床とのあいだに生じた摩擦熱で手足を擦りむいたようだった。
だが晃は兵士たちが仕掛けて来た二撃目を床を転がって交わし、そのまま入ってきたドアと反対のドアから職員室をあとにした。




