第5話 守るから
「何なんだ。あの矢野っての。力ねぇくせにでしゃばりやがって、結局自分大事かよ。マジ笑えるな」
晃が教室を出るとイライラしている涼がいた。
「自分に似てるからか?」
そんな涼の様子を見た隼人がからかい気味に言った。
「似てねえよ! あんなのと一緒にすんな」
隼人の言葉を間に受けた涼は思わず声を荒げていた。
「俺はちゃんと守りきった。戦ってもない奴とは違う」
涼が念を押すように呟いた。
晃と涼は違う高校だったが、涼と同じ高校だった隼人の話だと、涼は共に行動していた何人かの生徒たちを自分が犠牲になってまで守り抜いたらしい。訓練を受けてなくても兵士とやり合える涼の実力にも驚いたが、何よりそこまで他人重視で考えられる涼の性格に驚いた。
「どした、ヒカル?」
涼が晃の方を見ていた。
「人は見かけによらないんだねって思ってさ〜」
晃が満面の笑みで言うと、涼から無言の拳が返って来た。
「それは晃にも言えるけどな」
隼人が笑いながら晃に向かって言った。
「ホントだよ。俺絶対ヒカルとは口喧嘩しねえ」
涼も笑いながら追い討ちをかけていた。
「ひどいよ〜。オレそんな冷たくないよ」
晃も笑っていた。いつも笑ってれば自分も相手も嫌な気分になることはない。そう思い生きていくうちに、嘘の笑みを浮かべることに慣れてしまった。ただそんな晃でも3人でいるときは本当に笑うことが出来る――だからこそずっとこのままでいたかった。
「……オレたち。逃げ切れるかな?」
生物室が騒がしくなっていた。おそらく机などを移動してドアを封じているのだろう。
だがそれと反対に晃たち3人は急に静かになっていた。
「大丈夫さ。いつも通りやれば逃げ切れる」
涼が晃の頭をポンと叩きながら言った。毎度そうだった。今度こそダメかもしれない。そんな不安を抱えながら何度も生き抜いて来た。それは今回も例外ではなかった。
「そろそろだな」
隼人がポケットから携帯を取り出しながら言った。と、ふいに後ろのドアが開く音とともに1人の生徒が身を乗り出していた。
「おい、何やってんだよ?」
バリケードとして使われている机の上に乗り、わずかに開いたドアの隙間から顔を出しているのは未来だった。
数分前。生物室内では晃が教室を出て行っても誰も動こうとしなかった。何となく気まずい雰囲気に包まれ、どうしていいか分からなかったといったほうが正解だった。
「とにかく机動かそうか?」
そんな空気を断ち切ったのは未来だった。
その言葉につられて教室にいた生徒たちは全員で机や棚を動かし、1つしかない入り口をふさぎ始めた。
未来は机を動かしながら考えていた。涼たちはどうなるのだろう。あと2時間、20人以上の兵士から逃げ切らなくてはならない。それは可能なのだろうか?
「あいつらの狙いはオレらだからね」
ふいに晃の言葉を最後に残した笑みが頭に蘇ってきた。こうして入り口を塞いでいる今、もう彼らに会うことはないのだろう。自らが囮となり自分たちを助けるつもりなのだろう。そんなことでいいのだろうか。自分はこのまま助けて貰うのが当たり前でいいのだろうか――違う。いいわけないじゃない。そんなのだめだよ。
気づくと未来は既に積み上げられた机の上に飛び乗っていた。
「未来ちゃん!?」
友香が驚きの声をあげていた。未来は2段重ねになった机の隙間を抜け、既に棚で塞がれていた入り口の棚を無理やり動かし開けた――あまりに突然の出来事で誰も止める入る者はいなかった。
「何しに来た?」
涼が怪訝そうな顔で聞いてきた。
「あんた達――捕まらないよね? 戻ってくるよね?」
未来は息を切らしていた。とりあえず飛び出してみたものの、相手を心配する言葉しか頭に浮かばなかった。
「当たり前だろ」
涼は即答した。隼人も晃もわずかに微笑んでいた。それは肯定の意味を表す意志のこもった笑みだった。
「あ、これ渡すの忘れてた」
涼がポケットからなにやら黒い物体を取り出し、未来に押し付けてきた――その時わずかに触れ合った手がとても温かかった。
「何これ?」
渡されたものは、小型ラジオのようだった。スピーカーのようなものと、ボタンが一つついているだけの簡単な仕組みの機械だった。
「無線だよ。何かあったら連絡くれな。そのボタン押しながら話せば俺らに繋がるから」
涼が未来に背中を向けながら言った。
「俺たちの会話も全部スピーカーから流れてくるが、必要な時はこっちから呼ぶからそれ以外は全部無視してくれ」
隼人が続けた。見ると涼たちも同じものをポケットから出していた。涼たちが持っているものはイヤホンと小型マイクがついており、3人とも右耳にイヤホンを、制服の襟に小型マイクをつけていた。
「戦闘中だったら無視するけど、気にしないでね。誰かは反応するからさ。いい? 関係ないときには全部無視してね」
晃が念を押した。ただその顔にはいつもの笑みはなく、真剣な表情だった。
「おら。はやくドア閉めろ。ちゃんと塞いどけよ? 時間稼ぎぐらいにはなるから」
涼が迷惑そうに言った。
「ありがと。絶対帰って来てよ」
未来がそう言うのと同時に、下の方から複数の兵士が上がってくる音がした。
「当たり前だって言ってるだろ? んな弱くねえよ」
涼がそう頷いたのを確認してから未来はドアを閉めた。いつの間にか隣に来ていた矢野と協力し、重い棚でドアを完全に塞いだ。
「びっくりさせんなよ。ご乱心かと思いましたよ」
机の間をすり抜けて戻った瞬間、笑いながら矢野が言った。
「残念ながら正気です」
未来はどっと疲れが押し寄せてくるのを感じ、スカートなのにも関わらずその場に寝転がった――下にハーフパンツはいてるけどさ。
その時ドアの向こうから物音がした。同時に和やかな雰囲気だった教室に一気に緊張が走った。
だがそれも長くは続かず、複数の人間が遠ざかる音と共に、静かになった。
「滝沢さん。残ってる兵士はいる?」
突然晃の声が先程渡された無線機から聞こえた。
「え、多分いないよ」
外が見えるわけではないが、物音1つしない廊下に複数の兵士がいるとは到底考えられなかった。未来は多少慌てながらも、先ほど渡された無線機のボタンを押しながら言った。
「そっか。分かった」
晃がそう言うと無線は切れた。晃の息は荒く明らかにどこかの廊下を走っているようだった――彼らが持っている無線機は作りが違うのだろうか。とてものんびり無線機を取り出して通話ボタンを押すことが出来る状況ではないように思えた。
無線が切れてからは誰も何も言わず、生徒たちは机がなくなった教室で椅子に座ったり、床に座ったりしていた。と、ずっと立っていた矢野がふいに口を開いた。
「俺。かっこわりぃけど、ここに奴らが来たら死ぬ気で守るから。ここにいる仲間は俺が守るよ。だから――」
矢野がそれ以上言う必要はなかった。教室中にいた生徒たち全員がニヤニヤしながら矢野の方を見ていたからだ。
「あんま1人で抱え込むなよ。俺だって力ぐらい貸すって」
「そうだぞ。全員で戦えば兵士の1人や2人余裕余裕」
3年生の男子生徒が言った。
「大丈夫だよ。みんなで守ろう」
友香が座ったまま矢野を見上げていた。矢野は涙目で「うん」と頷いた。




