第3話 正体
世界中で相次いで起こる戦争により、日本も軍事力を求められるようになっていた。
かと言って高齢少子化が深刻なため、いきなり徴兵制をとるわけにもいかず、採決されたのが特別徴兵制だった。
高校生を半ば無理やり兵士にするという法令が採決されるほど、自衛隊が好き勝手出来るのも、時代の流れにより警察より自衛隊の方が優位な位置に立つようになったからだった。無論それを面白くない警察がルール違反にならないよう邪魔する手段として取られたのが萩原たちを使うこと。
彼ら3人は特別徴兵制に巻き込まれ捕まり実際に2年間兵役を受けた上で、警察に拾われ警察で特別訓練を受け、兵士を上回る実力を身につけた。そして19歳となった今でも転校生として高校に潜り込み、生徒を助けることを仕事としている――
これが未来が友香から聞いた話の内容だった。
「ってか、友香は何でそんなこと知ってたの?」
未来が素朴な疑問を友香にぶつけた。
「私のお兄ちゃんが警察官でさ、あの人たちと仲良いらしいから……」
恥ずかしそうに下を向きながら友香は言った。
「えぇっ! 友香の兄ちゃん警察官だったの!?」
思わず大袈裟過ぎるリアクションを取ってしまった未来。声が大きかったためか、教室にいた生徒たちが何人かこちらを振り返った――未来たちが真剣に話し込んでいる間に、教室の生徒の数は30人前後になっており、実験用の長机の上や、椅子などにそれぞれ座り込んでいた。
「何だ〜。関係者からの情報だったんだ」
急に声をかけられ、思わずビクッとなった未来達。もちろん声をかけて来たのは晃だった。が、いつの間にか帰って来たらしく、隣に涼と隼人もいた。
「すっ、すみませんっ。私余計なことベラベラと……」
未来達が涼たち3人に見おろされる格好になってしまったため、友香は余計重圧を感じたのだろう。長い髪を揺らし、頭を下げながら言った。
「あんたに責任はないさ。全部事実だしな」
隼人が苦笑いしながら床にドサッと腰を下ろした。それにつられて他の2人も腰を下ろした。
「なあ、ひょっとして梨田友香サン?」
涼が友香と目を合わせながら聞いた。
「そうですけど……。やっぱお兄ちゃん職場でも――?」
友香の言葉に答えるものはいなかった。ただ未来を含めた4人が一斉に笑い出した。
未来も友香の兄のことは知っていた。とにかく妹離れ出来ない兄で、未来自身、実は友香の父親なのではないか。と疑ったことがあるほどだった。
「うわっ、おまえ等兄弟かよ。何回妹の自慢聞かされたか……」
「オレ死ぬ前に一回は妹さんに会いたかったんだよね」
「でたらめだと思ってたが、そうでもなかったんだな」
涼、晃、隼人が友香を見ながら口々に言った。友香は恥ずかしさに耐えきれず、顔を真っ赤にしていた。
「ちょっとあんた達! 本人いる前で好き勝手言わないでよ」
「お前だって笑ってただろ?」
思わずフォローに入った未来だったが、涼にすかさず突っ込まれてしまった。それには返す言葉もなく黙り込んでしまった未来を見て友香は笑っていた。
「まあ、悪口じゃないよ。オレ警官は嫌いだけど、梨田さんは好きだよ」
晃がまとめ、他の2人も頷いたとこでその話は終わった。
「さてと、そろそろ3時間半か――来るかな?」
涼が立ち上がり、窓から外を見ながら先ほどより幾分か真剣な顔で言った。いつの間にか“これ”が始まってから3時間以上経過していたことに未来は驚きを隠せなかった。
「来るだろうな」
隼人も立ち上がっていた。
「どうしたの?」
思わず未来が口を開いた。先ほどまで静かだった教室も次第にざわついており、教室全体に不安の色が漂っていた。
「ヒカル。説明してやって」
涼がめんどくさそうに目立つ赤髪を掻きながらそう言ったのと、教室の後ろの方から「竹内!」という声があがったのはほぼ同時だった。
見ると教室中の殆どの生徒たちが窓越しに中庭を見おろしていた。
「なあ! あそこで兵士に担がれてるの、俺の後輩なんだよ! 助けてくれよ!」
先ほど声を上げた男子生徒――男子バスケット部部長の矢野。が、焦りの表情を浮かべながら涼の制服を掴んでいた。未来自身が女子バスケット部の部長ということもあり、何度も話したことはあったが、いつも穏やかで、とてもこんな大声を出すことがあるとは思ってなかった。
未来たちも窓に張り付く形で外を見ると、確かに中庭――L字型の校舎の中心。から、2人の男子生徒を両肩に乗せて体育館の方へ向かう兵士の姿が見えた。
「なあ、助けてやってくれよ。俺たちんとこ助けるのが仕事なんだろ?」
いつまでも何も言わない涼に向かって矢野は先ほどより大分落ち着いた様子で言った。
身長差のため、すがりつく矢野を黙って見おろしている涼と、その様子を立ったまま見守っている隼人と、座っている晃。その雰囲気からはとても先ほどまで爆笑してた3人とは思えなかった。
「ルール聞いてなかったん? 捕まった瞬間からあいつは兵士。俺らが助けるのは捕まってない奴だけ。捕まったら手は出せねぇよ」
ちらっと窓の外を見て状況確認すると、視線を戻し矢野の目をまっすぐ見ながら涼は冷たく言い放った。
「そんな……。じゃあよ、俺ら以外の奴はみんな助けて貰えないってことか?」
矢野が言った。矢野は普段から大人しい奴だったが、仲間のことになると怒鳴ることもある奴だと言うことを未来は思い出した。
「そうなるな」
涼が言った瞬間
「何だよそれ!」
「そんなの聞いてないよ」
「みんな助けてよ!」
と教室中から声が上がった。
うちら以外殆ど捕まる――それがどう言う意味か未来は考えていた。
2年である未来にとってもう二度と同じ仲間とバスケは出来ない。もう二度と同じ仲間と勉強は出来ない。それがどういう意味を示すのか、未来はまだ実感出来なかった。でも――未来は思った。こんな方法で自分だけ助かっていいのか? そんなの自分が逆の立場だったら絶対許せない。やっぱりみんな一緒に助かりたい――。
未来はそう思いつつもその思いを声に出すことは出来なかった。涼たちを責めることは未来には出来なかった。隣にいる友香も黙ったままだった。
しばらく生徒たちが騒いでいるのを黙って聞いていた涼だったが、ふいに矢野が制服を掴んでいた腕を振り払うと、2・3歩前に出た。
「うるせえんだよっ! 助かりてえのか、そうじゃねえのかはっきりしろよ! 不満な奴は出てけばいいだろ!? 甘ったれんじゃねえよ。助けて貰えることが当たり前に思ってんじゃねえよ!!」
同時に近くにあった椅子を思いっきり蹴飛ばしていた。椅子は教卓に当たり、かなり大きな音が響き渡った。
涼を落ち着かせようと止めに入ろうとした晃と隼人。シーンと静まり返った教室中の生徒達。そんな彼らの前に現れたのは、1人の兵士だった。




