第2話 救済
5分後。未来たちは3階にいた。一斉に逃げ出した生徒たちはそれぞれ部室や校庭や校舎内に別れたため、予想以上に校舎内にいる生徒の数は少なかった。事実未来たちがいる3階にも、10人ぐらいの生徒達しかいなかった。
「みんなどこにいるんだろうね」
とりあえず廊下の窓枠にもたれかかった所で友香はしみじみと言った。
「大丈夫。たった6時間だよ? 300人対30人だし、みんな逃げ切れるっしょ」
未来は他人のことを心配する余裕がなかった。とにかく逃げる。今の未来の頭にはそれしかなかった。
そのときだった。
「いやああー!!」
静まり返っていた廊下に女子生徒の叫び声が響いた。同時に曲がり角から姿を見せる女子生徒。靴から判断するに3年生だろう。
たがそれを追いかけて曲がり角を曲がって来た兵士は2人――上下青い服を着ており、体育館にいた兵士たちとは違うオーラがあった。
「助けて! 助けてよ!!」
どうしようか考える暇はなかった。女子生徒は後ろから来た兵士たちに取り押さえられ、兵士の1人が首から下げていた3センチ四方の黒いものを女子生徒の手首――腕輪だ。に差し込むと、それまで暴れていた女子生徒は動かなくなり、再び静寂が訪れた。それら一連の動作は一瞬の出来事だった。
そこから30メートルぐらい向こういる、呆然と立ち尽くしている2人に気づいた兵士たちはそのまま黙って近づいてきた。
幸いまだ冷静でいられた未来たちは一瞬顔を見合わせると階段のほうに逃げ出した――が、階段の踊場まで降りた瞬間。下から別の兵士2人が上がって来た。
「ウソ……」
隣にいる友香が震えているのが分かった。4人の兵士たちは至って冷静な目でまっすぐ未来たちを捕らえていた。
動けない、声も出せない。嫌だ。助けて。
そんな状況の中、兵士は未来の腕を掴もうとしてきた。その首にかかるチップが黒光りしているのが嫌でも分かった。
やられる――!
思わず身を縮めた未来の腕に触れるか触れないかまで兵士の腕が伸びて来た時だった。兵士は上から来た何者かに吹っ飛ばされていた。
「は〜い、こんにちは」
未来たちを庇うようにして兵士たちの間に入ったのは、市川晃だった。
間近で並んでみると165センチある未来より小さい。おそらく160センチあるかないかだろう。そんな小柄な晃が階段の上からの飛び蹴りで兵士を吹っ飛ばしたのだった。
しかし晃の乱入で一瞬止まっていた兵士たちは、我に帰ると一斉に晃のほうに襲いかかっていた。
未来は一歩も動けず、その場に立ち尽くしていた。が、晃は身軽に兵士たちの拳を交わしながら階段の上のほうを見ながら「手伝ってよっ!」と声を出した。
「ヒカルは女の子相手だとやたら燃えるんだなー」
笑いながらそう言ったのは萩原涼。隣りに武村隼人もいた。
2人は音もたてずに階段の踊場まで飛び降りると、隼人が晃に向かって「先行け」とだけ言った。
軽く頷いた晃は隙を見て戦闘から抜け出すと、涼と隼人が兵士たち全員を引きつけている中、友香の腕を引っ張り4階まで階段を駆け上がった。友香にしっかり腕を掴まれていた未来もそのまま引っ張られる形で階段を登って行った。
下の階で殴り合う音が聞こえなくなり、校舎内は再び静寂に包まれていた。最上階の一番端にある、普通の教室の1,5倍ほどの大きさの生物室に連れ込まれた所で晃は友香の腕を離した。
「ごめんねー。大丈夫だった?」
教卓の上に座りながら晃はにっこり笑って言った。
「ありがとうございました」
未来と友香は同時にそう言いながら頭を下げていた。
「い、いや、いいよ。オレらこれが仕事だし」
恥ずかしそうに顔を背けた晃だったが、ふいに向き直ると説明し始めた。
「オレらは君達を助けるために“これ”に参加したんだよ。より多くの生徒を助けるのがオレらの仕事。だからお礼なんかいいよ」
言葉使いも丁寧で髪も長め、おまけに背も小さいので女子と言ってもおかしくない気がした。
「あの、他の2人は大丈夫なんですか?」
友香が遠慮がちに口を開いた。言われてみればそうだった。“仕事”とか言ってたが、見た目からしても恐らく10代。訓練された兵士にかなうとは思えなかった。
「あぁー。大丈夫、大丈夫! あいつらなら4対2でもきっちり気絶させて帰ってくるよ」
「随分偉そうだな」
戸を開ける音と同時に声がした。見ると涼と隼人が立っていた。
「てへ」
頭を触りながらふざけそう言った晃。それを見た涼は後ろから「あほっ!」と言いながら晃の頭を叩き、バンと言う音が教室中に響き渡った。
「いってー。少しは怪我して来てよ」
心にもないことだろうが、晃は頭を抑えながら言った。
「残念ながら、怪我する前に敵サン気絶しちゃいました」
そう言った涼の手の中には例のチップが4つ握られていた。
「涼、そろそろ行くぞ」
ずっと黙っていた隼人が涼を促した。同時にそれまで笑っていた涼が急に真顔になって「はいよ」と言った。
先ほどの話の推移から行くと、他の生徒を助けに行ったのだろう。
ろくに話す暇もなく、教室を出て行った2人。未来たちはそんな様子をただ突っ立って見ているだけだった。
「市川君達って何者ですか?」
友香が聞いた。が、未来は次第に緊張の糸が途切れて来たためか、立っていることに疲れ感じ、近くにあった椅子を引き寄せて座った。見ると友香も同じようにしていた。
「ただの高校生だよ」
そんなはずないだろっ! と突っ込みたくなった未来だったが、未来が言葉を発する前に友香が続けた。
「私、聞いたことあるんですよ。元兵士が警察と組んで“これ”を邪魔してるって」
笑いながらごまかそうとしていた晃の顔が友香の言葉で一瞬険しくなったのが分かった。
「何それ? ってか、だめだわ。全然頭がついてけない」
未来は苦笑いしながら言った。先ほどまでは助けてもらったこともあり、ただ何となく相手の言うことを鵜呑みにしていたが、よくよく冷静になればなるほど、自分たちの目の前にいる人間のことが分からなくなっていた。
何か言おうと口を開きかけた晃だったが、ガラッと言う遠慮がちにドアを開ける音がしたのと同時に、3人の生徒が教室に入って来た。
それを見た晃は、未来たちには何も言わず、相変わらずのテンションで入って来た生徒たちに未来たちの時と同じような説明をし始めた。多分これから来るであろう生徒たちに毎回説明をしなくてはならないのだろう。
「ねえ、友香が知ってること聞かせてよ」
未来は友香の顔を覗き込みながら言った。
「うん。いいよ。ただ本当かは分からないけど……」
そう控えめに言うと友香は説明し始めた。




