第10話 強がり
あと30分切ったな……。
涼は廊下から見える教室の時計を見ながら思った。既に息は上がっており、体力的にしんどくなって来ていた。
嫌な予感すんだよなー
後ろから追ってくる兵士は4人。あれから何人か倒したものの、気付けば新たな追っ手の兵士が増えている状態が続いていた。生物室に兵士が来たことと言い、確実に何かあるはずだった。
そーいや、ヒカルたちに連絡いれてねぇや。
そう思った涼は角を曲がりながら、無線に手を伸ばした――が、目の前にいる人物を見た途端、その姿勢のままその場に立ち尽くした。まさに絶句状態の涼に、後ろから来た兵士たちが一斉に飛び掛かっていた。
「……」
廊下にうつ俯せにたたき付けられ、一瞬のうちに手足が兵士たちに押さえ付けられてもなお、涼は目の前の人物から目を反らすことはなかった。
「どうした? “最強の高校生”は、ハッタリか?」
そんな涼を見下すような視線で見つめながら声を出したのは、涼たち三人が兵役時代に訓練を受けていたときの長官――丸山哲治だった。
「初めて聞いた兵士の声があんたとは……。何が狙いなん?」
確か丸山ほどの地位にいる人間がこんなとこに参加することは出来ないはずだった――新人に近い兵士だらけだからこそ、涼たちは互角以上に戦うことが出来るのだった。
「ただの観戦だよ。本当は参加してもよかったんだが、さすがに許可が下りなくてな。大事な教え子がどれだけ強くなったか見届けに来ただけだ」
「へえ。てっきり俺らを外に出した責任問われて降格したんかと思ったわ」
精一杯の皮肉を込めて涼は言った。
「ふっ。強がるのもいい加減にしたらどうだ? その派手な頭といい、滑稽だぞ」
丸山は今度ははっきりと涼を見下していた。
簡単に挑発に乗りやすい涼はピクっと指先が動いたものの、それ以上体が動かせないことに初めて気付いた。同時にそれまで存在すら感じさせなかった兵士たちの力の大きさを改めて実感していた。事実、指先が痺れて来てるのが分かった。
強く抑えすぎだっての。
心の中で軽く舌打ちしながら涼は思った。
「ああ。強がりだよ。怖くてしょうがねぇよ。だがな、あんたらみたいに上から見下ろしてると、いつか足元から派手にすっころぶぜ」
言いながら何とか腕輪がついてる右手だけでも抜け出せないかと思った涼だったが、さすがに人数差がありすぎるため、全く持って動かせなかった。
「試してみるか」
そう呟いた丸山。涼はどういう意味か分からず言葉が返せなかった。
「お前らは下がってろ。市川と武村は生物室周辺にいるはずだ。そっちの援護をしてやれ」
丸山の命令に従い、涼から離れた兵士たち。涼がとっさに丸山から離れ、体勢を整えた時にはもう、廊下の遥か先に兵士の姿にあった。
ちっ、と軽く舌打ちした涼だったが、丸山のほうに向き直った時にはもう、丸山の姿は目の前にあった。
やっべ。
とっさに腕で体を庇った涼だったが遅すぎた。丸山の拳は涼の腕に当たったものの、涼は受け止めることが出来ず、骨まで伝わる鈍い痛みと共に、吹っ飛ばされていた。
慌てて立ち上がり、追い討ちをかけてきた丸山に向かって突っ込んでいた。いきなり間合いを縮められたため、丸山の攻撃は不完全燃焼で終わった。
そのまま丸山を突き飛ばすようにしながら間合いを取り、反動をつけ丸山に向かって飛び蹴りを食らわしていた。だが、涼の蹴りは簡単に受け止められ、体勢が崩れた涼の腰に丸山の踵が食い込んでいた。
「っ……」
重力による勢いに丸山の力が加わった踵落としを食らった涼は声にならない声を出しながらその場にうずくまった。
「腰を庇いながら戦ってるのがバレバレだぞ」
既にゼエゼエと息をしながら気力だけで何とか立ち上がった涼だったが、立っていることすらしんどく、思わず壁に手をついていた――腰の痛み以外にも、これまで兵士たちに食らった攻撃などが加算され、全身から痛みが伝わって来ていた。
「良かったな。私は第三者だからチップは持っていない。もう一度兵役をする心配はないぞ」
嘲笑と思われる笑みを浮かべながら丸山は言った。
「るせえ……元から戻る気ねえよ……」
息が荒いせいか、出て来る言葉も弱々しかった。
「萩原。我々が本気でお前ら三人を捕まえられないでいるとでも思っているのか?」
涼は何も答えなかった。出血しているわけではないのに、貧血状態のように頭がぼんやりしてきているのが、自分でも分かった。
「これがその答えだ」
丸山の声が近くで聞こえたのと同時に腹の辺りに感じる鈍い痛み。涼は既に自分が立っているのか、倒れているのかすら分からなかった。ただ丸山から後頭部直撃の攻撃を食らうと、自分の意識が飛んでいくのが分かった。
負けたくねえ……
そう思ったのと同時に涼の意識は完全に途絶えた。




