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Sabotage  作者: 紫苑
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第9話 本当の強さ

「はいはい。下がって下がって」

晃は目の前に殺気を放っている兵士がいるのに、まったく気にしないといった感じで生徒たちのほうに向かってにっこり笑っていた。その能天気とも取れる態度が生徒たちの恐怖を取り去った。言われるがままに教室の後ろのほうに下がった生徒たち。未来は左腕を押さえたままでいる岩井を気づかい手を貸そうとしたが、「大丈夫。ありがと」と言い断られた。見た目ではよく分からないが、あれだけ強く蹴られれば骨が折れていてもおかしくないはずだった。大会が終わっていたことが不幸中の幸いだろう。

一方矢野は2人の男子生徒に肩を貸されながら何とか教室の後ろまで下がっていた。相変わらず苦しそうに呼吸をしている矢野。そんな矢野を友香が心配そうに見ていた。


「たいしたもんだな。1人もやられなかったのか。というよりあんたらも落ちたな」


隼人はどことなく口元に笑みを浮かべており、その横顔がかなり頼りがいがあるように見えた。

晃も隼人と少し離れた位置で、もう一人の兵士と対峙していた。兵士も迂闊に飛び込んで来ることはなく、静寂した空気が流れた。

だがそんな静寂を破ったのは、廊下から聞こえた何人かの人間の足音だった。

その足音に気を取られドアの方に視線を向けた二人の兵士。向き直った時には目の前に晃と隼人がいた。晃が繰り出した飛び蹴りと隼人が繰り出した顔面へのパンチは正確に兵士にヒットした――先ほどまで一発も当たらなかった矢野たちの攻撃が嘘のようだった。

晃の攻撃を受けた兵士は膝をついたものの、すぐに立ち上がっていたが、隼人に眉間の辺りにパンチを食らった兵士はその場に倒れ込んでいた。

だが、先ほどの足音の主――複数の兵士が教室に入って来ると隼人は軽く舌打ちをした。その音がやけに教室中に響き渡ったため、一瞬気まずそうな顔をした晃が隼人のほうに両手を合わせながら口を開いた。

「ごめん! 全員巻けなかった」

「いや、悪い。俺のが多く連れて来てる」

隼人は苦笑いに似た表情を浮かべながら言った。

次々と教室に入って来た兵士たちは、教室の状況を確認するなり、隼人たち二人を取り囲んだ。二対二の状況から二対五になっていた。

それを見た二人の空気が一気に変わったのが分かった――それは未来が生物室を出ていく涼たちに会った時の二人の空気に似ていた。

先に飛び出したのは晃だった。晃は正面にいた兵士の顔面に向かってパンチを繰り出した。不意打ちでも何でもない攻撃はあっさり交わされ、正面にいた兵士はバランスが崩れた晃に向かって足をかけていた。ここで晃が倒れ込めば、そのままリンチされていただろう。だが、晃は先読みしていたのか、兵士の足を交わしながら地面に手をつきその場に逆立ちするとその勢いのまま、別のほうから飛び出して来た兵士もろとも両方の足先が兵士の顔面に食い込んでいた。

すかさず体勢を整えた晃は何歩か下がり兵士と距離を取った。だが、横から来た別の兵士を見るなりその顔に焦りのようなものが浮かぶのが分かった。

だが反対側から来た隼人によって兵士が突き出した拳は交わされていた。がっ、という音。何故か攻撃した兵士のほうが顔をしかめていた。よくよく見ると、隼人は腕輪を使い拳を受け止めており、兵士の第一関節が隼人の金属製の腕輪に綺麗に当たっているのが分かった。

凄い……

未来は圧倒されていた。決して余裕ではないのだろう。二人共ここまで走って来た時の疲労がプラスされ、静まり返った教室に晃の荒い呼吸音が響いていた。がしかし、確実に数の差を埋める戦いをしている。実際兵士たちの動きが鈍くなっているのが分かった。


未来はふと後ろを振り返り矢野のほうを見た。矢野は床に寝転がったまま、目の上に腕を乗せていた。意識があるのかは分からなかったが、骨が折れているかもしれない岩井よりも、強い力で攻撃を受けたのだろうと言うことを踏まえると、大丈夫なのだろうか。と一瞬不安になった。


がたっという椅子がズレるような音を聞き、再び晃たちのほうに視線を戻した未来。見ると、三人の兵士が床でうずくまっている中、二人の兵士たちが入ってきた入口から外に出ていくとこだった。

追おうとした晃を隼人が無言で制した。

「いいの?」

しんとした教室に晃の声が響き渡った。

「後始末あるだろ。それに罠かもしれない」

言いながら教卓の中から手錠を取り出し、何時間か前同様手際よく兵士の自由を奪っていた。


「大丈夫?」

数分で作業は終わり、足で教室の隅に兵士を追いやると、晃は矢野のほうに近付き言った。大分落ち着いて来ているものの、まだ息が弾んでいるのが分かった。

「肋骨折れてるかもしれないな。血とか吐いてないよな?」

隼人が言い、すぐさま矢野の隣にいた友香が頷いた。

「ごめん……俺、役に立たなかった……」


矢野が目から腕を外し、天井を見つめながら言った。しばらく誰も何も言わなかった。迂闊に「そんなことない」などと綺麗事を言ってはいけない気がした。

だが、そんな沈黙を晃が破った。


「ねぇ、ホントの強さって何だと思う?」


晃は立ったまま、矢野のほうを見ていた。

「……守りたいものを守る力のこと」

少し間を置き、矢野が僅かに晃のほうに顔を動かしながら言った。

「力ねぇ……」

晃はため息混じりとも取れる調子で言い、続けた。

「オレらの中で、体力的にも技術的にも1番強いのは隼人なの。でも、三人で勝負すれば涼が勝つ。何でだと思う?」

誰も答えるとこが出来ず、何となく気まずい雰囲気が流れた。なんか言わなきゃ、そう思った未来は咄嗟に頭に浮かんだことを口に出した。

「容赦しないから?」

同時に隼人が「ははっ」と笑う声が響いた。

「確かに容赦はしないけどさー」

晃も笑っていた。

「じゃあ何でなの?」

率直に考えたとは言え、馬鹿にされたような気がした未来はイラッとしながら聞き返した。

「涼は精神的に1番強いんだよ。だから力で負けてても勝てる。最後の最後で一歩踏み出せるかは力じゃないんだよ。本当の強さは“気持ち”なんじゃないかな」

晃は矢野を見ながら言った。しかしその目は遠くを見つめているようだった。

「確かにな。力なんてのは、いくらでも手に入る。お前は気持ちがあるんだから、充分強いさ」

「ま、涼は認めないだろうけど」

隼人と涼が口々に言った。先程までの緊迫した空気が嘘のように、穏やかな空気が流れていた。


「さてと、そろそろ行くね」

ふいに晃が口を開いた。

「え?」

てっきりこのままここにいると思い込んでいた未来は思わず声を出していた。

「言ったでしょ。ここじゃ戦いにくいって。大丈夫、また危なくなったら帰ってくるよ」

晃は久しぶりの笑顔で未来に向かって言った。

にしても、あと30分を切っている今、わざわざ囮になる必要があるのだろうか。未来はそう思いつつ、曖昧な返事とともに頷いていた。

そして晃たちは、入って来たときと同じように身軽に机を飛び越え、外に出て行った。ただ、何となく兵士と戦っていたときとは別人のような頼りない背中が、未来に不安を残していた。


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