金魚
金魚の歴史はなかなかに残酷だ。
僕は金魚です。
気付くと水槽の中にいました。
生まれたときからずっと水槽の中にいました。
僕の飼い主は小さな女の子です。
飼い主と言っても、実際に僕を世話するのは女の子のお母さんです。
水槽の水を取り替えたり、餌をくれるのはいつも女の子のお母さんです。
それでも僕の飼い主は女の子です。
女の子はいつも大きな黒い瞳で僕を見つめます。
そうすると僕は体中が真っ赤になります。
元から赤いので女の子には気付かれません。
僕は女の子が大好きです。
誕生日の日に僕をプレゼントとしてお父さんにねだった女の子の姿を、今でもよく覚えています。
やっとペットを飼うことを許してもらった女の子は僕を選びました。
犬や猫、鳥、今では本当にたくさんの可愛い動物が店先に売られているのに、女の子はデパートの地下売り場の水槽でうようよ泳いでいた僕を選びました。
一緒に遊べないし、歌を歌ってあげることもできません。
身体を触らせてその感触を楽しませることもできません。
僕は目で楽しむための観賞用の動物です。
動物と例えるのには違和感があるほど、僕達金魚というものは不自然な生き物です。
そんな不自然な生き物を、こんな可愛らしい女の子が欲しがるのは嬉しい反面少し複雑でした。
それでも今は感謝しています。
可愛い女の子、僕のたった一人の飼い主は、僕に餌をやるのを忘れたりするちょっとひどいところもあるけれど、僕は幸せです。
少し小さめの水槽の中が僕の世界です。
でも一匹しかいないのでとても快適に泳ぐことができます。
幸せだな。
幸せだな。
人間の手で改良されて生まれたペットはたくさんいますが、その中でも僕達金魚が一番古いのだと思います。
ずっとずっと昔にとある魚の変異種として生まれた僕達金魚は、それはそれは原始的な方法で身体を改良させられました。
小さくて脆い骨を曲げられたり取り出されたり切り取られたり、肉をもげられたり削がれたり足されたりと、それはそれは根気のいる作業で僕達は改良されたんです。
今ではそれもDNA一つを変えればいいのですから、時代の移り変わりというのはすごいものです。
僕達金魚は正式には魚ではなく、奇形魚です。
小さくて丸い体。
ひらひらとする布のような鰭。
どれも自然界の中ではなんの役にも立ちません。
むしろとっても邪魔です。
そして僕達金魚はとてもまずい生き物です。
栄養もほとんどなく、好んで食べるものはいないでしょう。
死んでも他の生き物達の血となって肉となって生きることもできないのです。
金魚というのは自然とは一切相容れない奇形の生き物なのです。
奇形の僕達を唯一求めてくれるのは人間です。
人間によって作り出された僕達の幸せは人間に飼われることです。
例えそれがどんなにひどい飼い主でも、僕達は幸せなのです。
長く生きられない僕達は、長く生きられる人間の姿を見ながら死んでいきます。
それが僕達の運命というものです。
僕は幸せです。
女の子は今日も僕を大きな黒い瞳で見つめます。
そうすると僕は体中が真っ赤になります。
元から赤いので女の子には気付かれません。
女の子がいつも僕を見るように、僕はいつも女の子に言います。
ありがとう。
僕を見つけてくれてありがとう。
「ねぇーお母さんー」
「何ー?」
「この金魚って元からこんなに赤かったけ?」
金魚の歴史=中国の歴史になるのかな。
ああいう残酷さがとても魅力的だと個人的には思う。